トヨタのプレジデントが語る"私のキャリア" 山本シンヤ氏インタビュー

2023.10.23

今年、新たに"プレジデント"となった3人を、自動車研究家 山本シンヤ氏が直撃! 第1弾は佐藤恒治社長編。これまでのトヨタマン人生を掘り下げた。

豊田章男会長、佐藤恒治社長による新たな体制となり、方針を発表した4月のメディア説明会。出席した記者から電気自動車(BEV)を中心に、発表内容についての質問が相次ぐ中、最後にこんな質問が投げかけられた。

「新体制は“チーム体制”と語っていますが、それぞれいろいろな個性があると思います。佐藤社長は『クルマをつくることが大好き』と言っていますが、他の皆さんはどのようなクルマ好きなのか教えてください」

登壇していた中嶋裕樹、宮崎洋一 両副社長がそれぞれのクルマ愛を語った後、佐藤社長は「是非、特集いただきたいのですが…」と切り出し、役員が自らの愛車を展示して、新入社員を迎えた入社式のエピソードを披露。

「一人ひとりがそれぞれのクルマ愛を持っている会社です。そういう多様性の中からイノベーションは生まれると思います」と話した。

このちょっぴり毛色の違った質問をしたのが、自動車研究家の山本シンヤ氏。新チームの個性や人となりに注目して、新たに“プレジデント”になった3人へのインタビュー企画の提案があった。

既に、雑誌やウェブでも一部記事になっているが、今回、トヨタイムズにも特別に寄稿してもらうことに。

初回は佐藤社長編、第2回はBEVファクトリー加藤武郎プレジデント編、第3回は水素ファクトリー山形光正プレジデント編。

長年、トヨタを取材し続けてきた同氏ならではの見方も交えながら、3人の個性やクルマ愛を余すことなく掘り下げてもらった。

新たな組織を任された3人を直撃

(以下、山本氏執筆)

1月26日、トヨタは41日に佐藤恒治執行役員が社長に昇格する人事を発表。47日、新経営陣による新体制方針説明会が開催された。

方針のテーマはズバリ「継承と進化」である。その本質は豊田章男氏が14年かけて浸透させてきたトヨタイズムを大切にしながら、実践のスピードを上げることだ。

その実現に向けて、社内の組織体制も大きな変革が行われた。その一つが「BEVファクトリー(515日付)」、「水素ファクトリー(71日付)」と呼ばれる2つの専任組織の新設だ。

どちらもワンリーダーの下で、「開発・生産・事業」全てのプロセスを一気通貫で担い、スピーディな意思決定と実行を行うことを目的としている。

この専任組織のかじ取りを行うのが、BEVファクトリー・プレジデントの加藤武郎氏、水素ファクトリー・プレジデントの山形光正氏である。

BEVファクトリー加藤プレジデント
水素ファクトリー山形プレジデント

実はこの3人に共通するのは「新たな組織を任された」ということである。もちろん、副社長や執行役員もさまざまな役割が与えられているものの、“明確”に新たな組織を任されたのは、この3人だけだ。

だからこそ、私はこの3人に興味があり、インタビューをお願いした。各々がトヨタに入社以降「何を経験してきたか?」を聞いていくと、豊田氏が彼らに新たな組織を任せた理由が見えた。

まずは、3人の“これまで”を聞いていただこう。

予想外の配属先

佐藤氏は大学時代にディーゼルエンジンでメタノールを燃焼させる環境影響を研究。今で言う「カーボンニュートラルの技術」の先駆けだが、そんな使命感もありトヨタに入社。

当然エンジン部を希望したが、配属されたのはそれとは全く畑の違う技術管理部だった。

インタビュアーの山本氏(左)と佐藤社長

自分の夢とは全く違う部署だったので、しばらくはショックでした。当時はエンジンにしか興味がなかったので。

技術管理部はモノづくりではなく仕事の仕組みを変えるのが主だった。ただ、佐藤氏はその時に出会った先輩たちに「クルマ全体を見る楽しさ」を教わり、次第に仕事に対する価値観が変わったそうだ。

この仕事を通じて、トヨタがどういうメカニズムでクルマをつくっているかが理解できました。

「調達ってこういう仕事をしてるんだ」、「営業ってこうやって仕事をしてるんだ」、「トヨタってこうやってクルマをつくってるんだ」と、自動車会社の仕組み全体が理解できたのは大きな学びでした。

実はこの時の上司は、佐藤社長就任に合わせて会長を勇退したエグゼクティブ・フェローの内山田竹志氏だった。

内山田さんは当時管理部署で技術部門の業務改革リーダーをしており、私はそこに配属されました。

内山田さんはセンサーを鈍らせないように週に23回、競合他社を含めていろいろなクルマに乗るのがルーティンでした。

そのクルマを取りに行くのが私の役目。それを口実にテストコースでもいろいろなクルマに乗せてもらううちに、「自分もこんなクルマをつくってみたいな」と思うようになりました。

人生を変えた「CE目指したら?」

内山田氏は佐藤氏のそんな気持ちを察知していたのか、ある時このように伝えたという。

「多分、エンジンは向いてないから、チーフエンジニア(CE)を目指したらいいんじゃない? CEを目指すなら車両運動性能を理解しないとダメ。だから、その基本をシャシー設計で修行してきたほうがいい」

佐藤氏は、この時のやり取りを今でも鮮明に覚えているという。

そのときは「異動先まで決めてしまうなんて!!」と思っていました(笑)

ただ、今思えば、あの一言が自分の人生を変えたと言っても過言ではありません。

その後、実際にシャシー設計部に異動。最初は小さな部品の設計だったが、ここでモノづくりの面白さを学んだ。

次第に大きな仕事を任されるようになるが、あるクルマのサスペンションロアアーム(足回りを構成する骨組み部品)を設計し出図した後に、現場から呼び出された。

現場に行くと、20人ぐらいの熟練の親方たちが待ち構えていて、「この図面を書いたのはお前か? この通りに溶接してみろ」と。そこで気がつきました。「あっ、溶接記号が間違っている」と。

恐らく、現場での図面修正はモノづくりでは良くあることだが、トヨタの現場はそれをせず、設計者に「気づき」を与えたのだ。

「この図面が俺たちの全てでモノづくりの基準となる。お客さまの安全を守る部品を、中途半端な気持ちで書いてはダメだ!」と言われました。

ここで図面に想いを込めるということを学び、最後は「人がモノをつくる」ということを、身を持って理解しました。

また、先輩たちから「カローラのロアアームにブッシュ(ゴム製部品)を打って4本持ってこい」とか言われたことも……。

工場の中を走り回ることで、「こうやってブッシュを打つ」、「モノを持ってくるのに、会社にはこういうルールがある」ということが分かったし、ロアアーム4本が重いので、「これは軽くしないと」と思うようになった。

今思えば、「リアルなモノと触れ合って、モノづくりを学べ」という先輩からのエールでしたね。

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