自動車の中で日増しに重要性が高まるソフトウェアとコネクティッド技術。生き馬の目を抜く競争でトヨタはどう戦っていくのか?
8月25日、クルマの“つながる化”を推進する「コネクティッドカンパニー」のトップを務める山本圭司CPIO(Chief Product Integration Officer)がトヨタのソフトウェアとコネクティッドの取り組みについて記者会見を行った。
いずれも、自動車の中で役割と存在感を加速度的に増しており、新たなプレイヤーが参入するなど生き馬の目を抜く戦いが繰り広げられている領域だが、トヨタにおけるその取り組みは、あまり知られているとは言えない。
トヨタはソフトウェアやコネクティッドの技術開発にどのようなスタンスを取っているのか。そして、トヨタに強みはあるのか。山本CPIOのプレゼンの内容を紹介する。
進化を続けてきた自動車
今日のクルマづくりは、自動運転、電動化、つながる化など、さまざまな領域に目を向けなければならない時代を迎えています。
また、ソフトウェアが商品力を左右する重要な要素となり、ソフトウェアを得意とするさまざまなプレイヤーが自動車業界へ参入しているのは、皆さまご存じの通りです。
本日は、「トヨタはこれからのクルマづくりにどう挑もうとしているか」、という点を中心に、お話をさせていただきます。まず初めに、クルマの開発の歴史を振り返りたいと思います。
今日のように、経済を支える基幹産業となるまでの過程で、クルマは変わり続けてきました。
オイルショックや排ガス規制、交通事故の増加、高齢化などの社会課題に直面しましたが、その都度クルマは進化し、社会課題を解決してきました。
例えば、鉄に加え、アルミや樹脂が採用されることで、軽量化が進み、メカニカルが電子制御に変わることで、燃費性能や安全性能が向上し、快適性も格段によくなり、クルマの価値そのものも向上しました。
現在では一台のクルマに50個を超えるECU(Electronic Control Unit)が搭載され、1000個もの半導体が使われています。
さらには、社会はインターネットの時代に突入し、つながることが当たり前になりました。クルマにも通信機が搭載され、電子化はさらに進み、ソフトウェアのサイズも大規模になっています。
トヨタは「原理原則にこだわり、まずやってみる」
さて、トヨタにはクルマづくりを行う上で、長年に渡り引き継がれてきた基本姿勢があります。それは、原理原則にこだわり、クルマづくりにおいて重要な要素は、まずは自らやってみて手の内化をするということです。
例えば、トヨタは創業当初から必要に応じ、さまざまな生産設備を内製化してきました。
余談になりますが、先のルネサスエレクトロニクス様の火災復旧では、私たちの工機部門が壊れた設備の図面を複製し、一から製作するというお手伝いをしました。
また、90年代にはECUの内製設計にも取り組み、電子工場、半導体工場、電池工場を立ち上げました。これらが、プリウスの商品化につながったことは言うまでもありません。
近年では、FCスタックや、水素タンクなど、水素関連技術の手の内化を進め、現在は水素エンジンへの応用にもチャレンジしています。モリゾウこと社長の豊田が自らハンドルを握りレースに参戦していることは、皆さまご存じの通りです。
このように、トヨタはいつの時代にもリアルにこだわり、クルマをつくってまいりました。原理原則を追求し、手の内化を進めることは、トヨタの基本姿勢であることが、お分かりいただけたと思います。
さて、CASEの時代、私たちが注目していること、それは携帯電話の変遷です。ショルダーフォンがフィーチャーフォンに変わり、スマホへと進化してきた中で、電話というコモディティ化された商品が情報と連携することで、新たな体験価値を生み、あっという間に世界に広がりました。
それを支えているのがソフトウェアとコネクティッド技術です。クルマも同様に情報との連携を進め、ヒト、モノ、コトの移動を通じて、お客様へ新たな体験価値や感動を提供することを目指してまいりたいと思います。
そのために、ソフトウェアやコネクティッド技術も手の内化を進めてまいります。
だからこそ、TRI(Toyota Research Institute)やWoven Planet、Toyota Connectedを設立し、e-Paletteの開発や、実験場としてのWoven Cityの建設、そしてAreneプラットフォームの開発などにも取り組んでいるわけです。
大切にしたいヒューマンコネクティッド
それでは、ここからはコネクティッドやソフトウェアに関する取り組みをご紹介したいと思います。
トヨタはこれまでに、日、米、欧、中を中心に1000万台に及ぶレクサス車、トヨタ車をコネクティッド化しました。
トヨタが目指すコネクティッドカーとは、クルマを単にインターネットにつなげることではありません。ヒト、モノ、コトの移動を通じて、お客様に感動体験を提供すること。トヨタが大切にしたいのは、ヒト中心の発想、つまりヒューマンコネクティッドです。
そのために、お客様との接点となるコールセンター、そしてさまざまなサービスを提供するトヨタスマートセンター、クルマから集まる車両情報を利活用する、トヨタビッグデータセンターを自らが構築し、さまざまなサービスを提供しています。
またモビリティサービスを提供するためのMSPF(Mobility Service Platform)を構築し、サービス事業者様との連携も進めています。
東京オリンピック・パラリンピックの選手村に導入したe-Paletteで目指したことは、クルマと情報の融合、街と協調するモビリティです。すでにオリンピック開催期間中に、34000人ものアスリート、大会関係者の方々にご利用いただきました。
e-Paletteは自動運転が可能な電気自動車ですが、私たちが開発していますのは、自動運転技術やBEV技術ばかりではありません。私たちは、TPS(トヨタ生産方式)の考え方に基づき、e-Paletteを効率的に、そしてムダなく、正確に運行するための、運行管理システムを開発しました。
クルマを遠隔で監視し、周辺環境や乗客数に応じてジャストインタイムで運行を行うもので、いわゆる街と協調したモビリティです。これらすべてがトヨタが培ってきたMSPF上で実現されたものです。
今後、これらの取り組みが、ロボタクシー用途として米国で開発中のシエナAutono-MaaSにも応用されるとともに、MSPFは自動運転車に限らず、通常の商用車や物流にも活かされていくと思っています。
このように、コネクティッドカーやつながる技術はさまざまな領域へと応用され、つながる先も、ヒト、クルマ、街、そして社会へと広がっていきます。
トヨタはそこから集まるお客様の情報、クルマの情報を大切に扱い、お客様の幸せのために、社会の発展のために活かしていくとともに、移動をコアとした体験から新たな価値を創造してまいります。
まもなく販売を開始する新型NXは、その通過点でもあります。実は、マルチメディアシステムとコネクティッドサービスは4年ぶりのフルモデルチェンジを迎え、新型NXに搭載されます。
私たちがこだわったのは、情報の現地現物、地域に根差した製品開発です。国や地域によって、道路事情やクルマの使われ方は異なり、グローバルワンパッケージで地域に展開するのは限界があります。
地域に合った製品を考えるのに、コネクティッドの技術が役に立ちます。新型NXでは、お客様や社会の期待にお応えするために情報の現地現物という考えの下、地域ごとの開発に取り組みました。
もちろん新しいNXは、OTA(Over The Air)によるソフトウェアのアップデートも可能です。刻々と変わるお客様や市場のニーズを反映したクルマづくりを目指してまいります。
カーボンニュートラルにも貢献する通信技術
また、地域ごとの特徴をデータとして正しく理解することで、カーボンニュートラルにも貢献してまいります。
具体的には、クルマの省エネ化、省資源化を進めてまいります。
少し話題がそれますが、市場のコネクティッドカーから、日本の場合、HEV(Hybrid Electric Vehicle)は走行時間の半分でエンジンが停止しており、それがPHEV(Plug-in Hybrid Vehicle)では80%にもなることが分かります。
つまり、HEV、PHEVは、エンジンとモーターを切り替えて制御を高度化することで、さらに環境に優しいクルマへと進化させ、HEV、PHEVの選択肢を広げることができます。
具体的には、走る場所、走る時間などを考慮して、リアルタイムでHEV制御を変えるというアイデアがあります。この技術のことをジオフェンス技術と言いますが、この実用化を進めてまいります。
また情報の現地現物で集めたデータで、クルマの健康状態を電子カルテとして見える化します。
カルテに基づき適切なメンテナンスを行うことで、クルマを長くお使いいただくとともに、バッテリーのリサイクル性やリユース性を高め、省資源化や循環型社会に貢献します。
量産へ導く18000人のソフトウェア人材
ここからは、これからの自動車産業、クルマの可能性についてお話をしたいと思います。
トヨタが目指すサステイナブル&プラクティカルなクルマづくりとは、時代の要求や環境変化に柔軟に対応し、クルマの新たな価値をあらゆるお客様に「量産」という手段でお届けすることです。
トヨタでは量産のことを号口と言いますが、私は、根っからの号口屋です。新しいアイデアを製品化する仕事が大好きです。
若いころは、朝から晩まで実験室にこもり、はんだ付けをしたものです。
私が担っているCPIOの役割は、トヨタが培ってきたリアルなクルマづくりに、世界中で走るコネクティッドカーの情報とソフトウェアの力を足し合わせ、新しいアイデアを量産に導くことです。
そして、もっといいクルマづくりを地域に根差したものにします。
私は、ソフトウェアは、アイデアをタイムリーに製品化する実現力を持っていると思います。
そのために、Woven PlanetやToyota Connected、海外の開発拠点と連携し、グローバルで3000人規模のソフトウェアの開発体制を構築し、全世界でソフトウェアの開発を進めてまいります。
グループ全体では18000人の規模になると思います。もちろんトヨタ自動車にも、ソフトウェアの内製開発を担うチームを強化してまいります。
そして、Woven Planetで開発を進めている車両ソフトウェアプラットフォームAreneは、ハードとソフトを分離し、現在のすり合わせ開発を見直します。
これにより、ソフトウェア開発はより生産的になり、品質も向上し、開発のリードタイムも短くなります。
Areneにより、お客様に新しいアイデアをいち早くお届けするとともに、製品化の醍醐味を共有できる仲間を世界中に増やしていきます。
クルマの用途は、乗用車、MaaS、商用車と幅広く、展開される地域も拡大しています。ニーズはますます多様化し、クルマの使われ方も千差万別です。そこには、人々の困りごとや社会の課題、そして笑顔や喜びもあり、必要とされる技術開発があります。
テクノロジーにイノベーションが合わされば、さらにクルマの価値は高まっていくと思います。自動車産業はまだまだ成長産業です。私は、これからのクルマづくりにわくわくしています。
いつの時代も変わらないトヨタのこだわり
本日のまとめとなります。
ヒトの移動と地域社会との共生を成し遂げないといけないのが自動車産業だと思います。未来のために、そして子供たちのためにトヨタが目指すのは、「全ての人に移動の自由を」そして「感動体験の提供」。それは「幸せの量産」に根差したものです。
トヨタはいつの時代でも手の内化にこだわり、リアルにクルマをつくってきました。移動できるからこそ体験できる感動を、リアルなクルマとソフトウェアの力とを掛け合わせ高めていきたいと思います。
そしてクルマの枠を超え、街づくりや社会全体のプラットフォームづくりにも関わり、社会の発展に貢献してまいりたいと思います。これからも、リアルな世界でクルマづくりに挑むトヨタを応援いただけますと幸いです。
会見後の質疑でトヨタの強みを聞かれた山本CPIOは「コネクティッド基盤の手の内化」と「販売店とのネットワーク」の2つを挙げた。
コネクティッド基盤が手の内にあることで、市場のニーズを反映した仕組みをタイムリーに入れられ、販売店とのネットワークがあることで、世界中のお客様と「リアルな接点」を持つ現場と連携して困りごとを聞き、お客様に寄り添った情報やサービスの提供ができる。
つまり、それは、トヨタが掲げる「もっといいクルマづくり」をより地域に根差したものにし、よりタイムリーに行っていくことができることを意味している。
ソフトウェアやコネクティッドといった比較的新しい領域でも、トヨタが長年にわたり築きあげてきたお客様との「リアル」な接点、「リアル」なクルマづくりがトヨタの競争力を支えていく。