トヨタの2021年3月期 第3四半期決算。コロナ禍をトヨタはどう戦ってきたのか。出てきた答えは意外なものだった。
トヨタ自動車は2月10日、2021年3月期 第3四半期決算説明会を行い、営業利益が1兆5,079億円となったと発表した。
あわせて、通期の営業利益見通しを2兆円に上方修正(第2四半期時点の見通し+7,000億円)した。
<決算の内容についてはこちら>
登壇したのは、近健太CFO(Chief Financial Officer)と長田准CCO(Chief Communication Officer)。
決算説明後に行われた記者からの質疑応答で2人が何度も繰り返した言葉がある。それが「当たり前のことを当たり前にやった」だった。
新型コロナウイルスが経済に与える影響は大きい。しかし、トヨタの昨年10~12月の営業利益は9,879億円。前年同期と比較して3,478億円の増益となった。
にもかかわらず、質疑応答で営業面や原価改善の努力を聞かれても、“飛び道具”のような特別な活動は出てこない。あくまで「当たり前のことを当たり前にやった」という――。
トヨタがコロナ禍で取り組んだ“当たり前”とは何なのか。浮かび上がってきたのは、「コミュニケーション」というキーワード。質疑応答での近、長田 両執行役員の回答を通じて、その中身を紹介していく。
550万人の努力
その言葉は最初の質問への回答にさっそく表れた。
――今期の受け止めと、原価改善の努力の評価は?
近CFO
原価改善については1,850億円。毎年、年間3,000億円程度(の改善)を目指しています。この1,850億円は資材の高騰などの影響を除くと実質では約2,000億円なので、普通の期よりも若干少ない状況です。
通期で見ると百数十万台、連結販売台数が減少しています。現場や仕入先の皆さんの頑張りはあるものの、前半期に稼働が落ち、台数が少ない分、(原価改善の効果が)出にくくなっています。
ただ、全体として第3四半期の受け止めを説明すると、第1四半期では営業利益139億円、第2四半期5,060億円、第3四半期9,800億円と徐々に回復してきています。
これは期首から(トヨタ・レクサス グローバル)販売800万台、営業利益5,000億円という基準を社長の豊田(章男)が示して、ステークホルダーの皆様と一緒に、当たり前のことを当たり前に、ただただ一生懸命頑張った成果だと思っております。
事前に豊田と話をした際も、ステークホルダーや自動車産業にかかわる550万人の皆様に、ぜひ感謝を申し上げてほしいと承ってきました。
これはリーマン・ショックの時からずっと続けてきた努力であり、また、この1年、改めて当たり前のことを見返してやってきた努力。その成果が出た決算ではないかと思っております。
コロナで変わったコミュニケーション
金額としては大きな上方修正だっただけに、記者からはその具体的な取り組みについて質問がなされた。
――今期2度目の上方修正の要因を具体的に
近CFO
これは一言では言い表せません。私どもだけではありません。販売店やサプライヤー、輸送業者、またガソリンスタンド等で働く方々が、「経済を復興させるんだ」「それが自動車産業の使命だ」とやってきた結果だと実感しております。
「当たり前のことを当たり前にやった」ということですが、今年9車種、昨年10車種、予定どおり新車を投入してきました。当たり前のようにローンチすることも、本当に大変だったと思います。ただ、実際にそれができました。
また、春先、日本などでは稼働がない中で、非稼働日に集中的なVA(Value Analysis:図面や仕様書の変更、製造方法の能率化などを行い、コストを低減する活動)、社内、仕入先で原価改善のネタ探しをやったり、マスクやフェイスシールドをつくったりと仕事をしてきました。
その結果、年後半に稼働が戻ってきたときに固定費がリーンな状態で高稼働を続けることができました。
その間、「経済を止めない」という気持ちで、防護服の工場に生産性の支援に行ったり、ワクチンの冷凍庫のネック工程を支援したりとワクチン接種の効率化にも取り組んでいます。
アメリカやイギリスではワクチン接種が始まり、その会場で行列ができたりしているので、トヨタが得意なTPS(トヨタ生産方式)の考え方を導入して、整流化する支援をしたり、さまざまな努力を続けてきました。
そう言うと、近は販売面での補足を長田に託した。
長田CCO
コロナになって、世界全体でどのぐらいの販売が見込めるのか当初はよく分かりませんでしたが、社長の豊田が期首に5,000億円、800万台といった基準となる数字を出しました。
私が担当する日本(の販売機能)でも、地域ごとに、あるいは個社の販売店できちんと基準の(販売予測)台数をつくり、毎週、ローリングをして、販売や在庫との関係がどうか丹念に見ていきました。
当たり前のことですが、しっかりやってまいりました。
もう一つ、クルマによって売れ行きは違うので、工場によっては、売れないクルマ、売りにくいクルマをつくっているところもありました。なるべく工場ごとの稼働差をなくしていこうと、販売施策をこまめに考え、増販をかけたりもしました。
コロナ禍にグローバル全体で進んだのが、オンラインでの販売です。非接触でどれだけお客様にリーチして、ご注文をいただけるのか、また、金融商品をどう結びつけて、お客様にお求めやすいサービスを提供するか考えてきました。
また、お客様がメンテナンスや点検にいらしたときに消毒を行い、安心してお帰りいただくことも、全力を挙げて全世界の販売店で対応してきたと思います。
お客様が何を望み、気にされているか一人ひとりが考え、少しずつ行動できたのがこの期間だったと思います。
それから、従業員やステークホルダーの活動に対して補足をすると、一番大きかった要因の一つはコミュニケーションの仕方が変わったことではないかと思います。
特に経営トップである社長の豊田が、オンラインの環境で従業員、ステークホルダーの皆様とのコミュニケーションを相当変えてきました。
そう言うと、長田はコロナ禍で大きく変わったコミュニケーションの実例を挙げた。そして、それにより、世界中の従業員をはじめとした関係者が、心ひとつになっていったと説明した。
例えば、4年に1度、海外の販売代理店や主要事業体のトップを招待して、トヨタの中期戦略を説明してきた「世界大会」。
これまでは、会場のキャパシティで1,000人程度しか参加できなかったが、社長の豊田によるプレゼン映像を収録・配信したことで、一般の従業員を含む5万人が視聴できた。
長田によれば、「従業員一人ひとりが、この先トヨタがどう変わっていくのか理解できた」ことで、今、自分たちが足元で懸命に取り組んでいることの重要性を再認識。
コロナ禍で先の見えない不安を抱えながらも、「足元の仕事に落ち着いて取り組むことができた要因になったのではないか」と語った。
また、リモートでのコミュニケーションができるようになったからこそ、年初に自動車産業で働く550万人を対象にメッセージを発信するといったアイデアが生まれたという。
2050年カーボンニュートラルの実現など、トヨタだけではなく業界一丸となって乗り越えるべき課題も増えてきている。そうした課題に“心ひとつに”取り組むためのコミュニケーションができるようになった。
半導体不足に生きた仕入先との関係
世界的な半導体不足が産業界に影響を与えている。パソコン、ゲーム機などの巣ごもり需要が急拡大し、車載品を圧迫する懸念も出ており、一部の半導体メーカーが値上げを考えているという報道もある。
しかし、トヨタは通期の世界販売台数(トヨタ・レクサス)を11月の第2四半期決算で示した台数から30万台引き上げ860万台とする計画だ。記者からはトヨタへの影響を問う質問が出た。
――他社は半導体不足の影響が大きいなか、なぜトヨタは限定的なのか?
近CFO
半導体が世界的に逼迫している状況は、当社も同様です。ただ、それによる足元の大きな減産はありません。
ただ、やはりリスクはあるので、週次、月次で一次サプライヤーだけでなく、半導体の製造会社を含め、コミュニケーションをしながら状況を見極めています。
見通しについては、夏ぐらいまで続くという声もありますが、調達部署やサプライヤーに確認しているところでは、そこまでいかないのではと感じております。
(2011年の東日本大震災で)供給が途絶えてしまったことを踏まえ、2次以降のサプライヤーを含め、初動として、どこにリスクがあるか見える化する取り組みを続けてまいりました。
また、今回、仕入先の方々に状況を確認すると、トヨタはある程度シュアな(確度の高い)生産計画を向こう何カ月、長いものでは3年提示をします。
それを長年繰り返して、仕入先とコミュニケーションをしてきたことが一つ。
2つ目はBCP(事業継続計画:緊急事態に損害を最小限に食い止め、事業を継続・早期復旧させるための対策を取り決めておく計画)の対応として、半導体については、1~4カ月程度の在庫を保有していたこと。
3つ目は、本当に逼迫している中で、しっかりと一次メーカーよりも先の仕入先も含めて、緊密な連携をしています。
調達本部に聞くと、逼迫しているときには1日10回ぐらい電話会議をやるなどコミュニケーションをとってきました。
シュアな発注をずっと続けてきたことも、厳しい状況になったときの仕入先との関係のベースにはなったのではないかと思っております。
このほかにも、記者からはコロナ禍でのサプライヤーとの関係の変化について質問があった。近は「こんなこと言っていいのかな」と前置きをして、サプライヤーとのコミュニケーションであった、あまりに具体的なやりとりに触れた。
――コロナの影響で例年とは違う1年になった。サプライヤーとの関係はどう変わってきたか?
近CFO
サプライヤーとの関係は今まで、基本一次サプライヤーがメインでした。その先に関しては一次サプライヤーにお任せして、見ていただいていました。
今年は、サプライヤーも非常に厳しい状況です。稼働も低くなったときもあれば、ものすごく高負荷のときもあったので、ティア1(1次仕入先)を通じて、約一万社のティア2(2次仕入先)と、事業や収益状況を確認しました。
これが、サプライヤーとの関係で変わってきたことです。
あとは、トヨタから過度に高い品質要求をしていたようなところもありました。私どもから(要求)しなくとも、仕入先でトヨタに納めるということで、すごく良いものだけを選び、ちょっとの傷でも納められないということもありました。
ただ、トヨタの技術員が現地現物で足を運び、今まで弾いていた部品でも「これなら大丈夫です」と確認することをやりました。
今までトヨタの社員は、サプライヤーから顔も見えない「怖い人たち」だったと思いますが、顔が見えたことで安心感があり、原価低減活動にも拍車がかかったと感じる部分はあります。
2011年の東日本大震災。工場は止まり、生産はストップ。再開したのはそこから1カ月以上がたってからだった。
当時の教訓を生かした調達網の改善の成果が10年後、コロナという危機の中で表れていると言えるかもしれない。
今回の決算では、生産、販売、調達、トヨタのさまざまな機能とつながるステークホルダーが、平時からコミュニケーションを大事にしてきた姿が見えてきた。
そして、それはコロナで途絶えるどころか、むしろ加速しており、トヨタは長い時間をかけて築いてきた信頼関係を武器に、この危機に立ち向かっているようにすら映る。
それを言葉にすると「当たり前のことを当たり前にやる」ということなのかもしれない。今回の決算は、その難しさと価値の大きさを再認識する場となった。