強くなったトヨタ、カイゼンの底力とは 2020年度中間決算を読み解く

2020.11.10

7-9月で5060億円の営業利益を残し、通期見通しを上方修正したトヨタの中間決算を、自動車経済評論家の池田直渡が読み解く。

11月6日に発表された第2四半期の決算は少なからぬ驚きをもって報じられた。

5060億円の営業利益を残し、さらに新たな通期見通し利益を2.6倍の1兆3000億円へと大幅に上方修正したのがその主だった理由だが、果たしてその真相は。

豊田社長自らが登壇し、改めて創業以来のトヨタのフィロソフィーについて語った記憶に残るだろう決算を、自動車経済評論家の池田直渡が読み解く。

トヨタはコロナといかに闘ったか

トヨタ自動車の2021年3月期 上半期決算が発表された。そこで明らかになったのはトヨタの驚異的な回復力である。

2020年のコロナ禍は、人類に与えられた大試練として長く歴史に残るだろう。2021年期が始まった4月。筆者は大恐慌の予感に恐れ慄いていた。

これは大変なことになった。街には失業者が溢れ、経済は焼け野原に近いことになると思った。

世界の自動車メーカーのうち何社かは持ち堪えられずに倒産するところが出てくると覚悟したし、さしものトヨタも大幅な赤字を免れる術はなかろうと確信していた。

写真/前田晃 photo/Akira Maeda(MAETTICO)

世界を見舞ったあの規模の災厄に対して、多分それは妥当な予測だったはずだ。先進各国経済のロックダウンなど人類史初のことである。世界経済を強制停止した代償は、高く付く。

普通に考えて、何の準備もなく突然営業がストップし、固定費のみ継続発生する第1四半期は目を覆わんばかりの大赤字は避けられない。

高い代償を支払ったロックダウンによって、コロナの流行が上手くコントロールできたとしても、第2四半期はせいぜい赤黒トントン。

通年決算は、その上半期で空けた大穴を第3四半期と第4四半期で埋め切れるかどうかの勝負になる。

もちろん全てはコロナの終息次第とはいえ、それはかなり厳しい綱渡りになると予想していた。

しかしトヨタは驚異的に強かった。なんと悪夢の第1四半期(4-6月)を営業利益139億円の「黒字」を保ったまま切り抜けるあり得ないミラクルを見せると、第2四半期(7-9月)の営業利益では咋対比76.8%5060億円まで一気に反攻してみせた。

こんな結果をいったいどこの誰が予想し得ただろうか?

5000億円の黒字見通しを早くもクリア

時間軸を戻って、2020年3月期の決算発表の時、まさに世界経済が嵐の直撃を受けている最中にトヨタの超強気な見通し発表は、経済界を驚かせた。

余談だが、確かにトヨタは何もなければ2.5兆円くらいの利益を出すので、発表翌日の新聞の見出しにつけられた「トヨタの利益80%ダウン」というゴシップのような見出しは、算数としては間違っていない。

しかしコロナ下での5000億円黒字宣言を本当にそう分析したのだとしたら経済担当としての見識は素人以下に思える。

さて、本題に戻る。

トヨタはその超強気見通しを四半期、たった3ケ月で達成したのである。これを受けて、新たな通期見通し利益は2.6倍の1兆3000億円へと大幅に上方修正された。

それはつまり、第3四半期も第4四半期もさらに利益を積み増すことを意味する。

まあ第2四半期ですら5000億円の利益を稼ぎ出しているので、それをベースに考えれば順当と言えば順当ではある。

しかし、筆者個人としては、そういう目の前で進んでいく現実に対して、正直に言えば驚きを通り越して呆れてさえいる。

営業利益率に目を移すと、第2四半期は単独で7.5%を叩き出した。

世界の自動車メーカーを見渡すと、平時でも利益率5%のラインでの攻防が割と普通で、経済ショックでもないのに3%を割り込むことさえある。

それがコロナの余波が色濃く残る7-9月で7.5%というのだから我が目を疑って当然だろう。

通期利益見通しでは流石に第1四半期のダウンを引きずって、5%とアナウンスされているが、これでグダグタ言うのは欲が深すぎる。

第1四半期は黒字収束という攻防線を守り抜いたとはいえ、実質的には利益はほとんど出ていない。

残る3つのクォーターでその埋め合わせをした結果が5%というのはむしろ素直に驚いて良い数字だ。

歴史的経済ショック下での成績だということを忘れてはいけない。

photo/gettyimages

地道な努力に支えられた結果

さてそれではこれだけの成績を挙げた上半期の営業利益増減要因をチェックしてみよう。この苦境下でトヨタが何をどう舵取りしたのかが知りたい。

前年同期、つまり2019年の4-9月期の営業利益は1兆3992億円。それが2020年の4-9月期には5199億円になっている。

前半の4-6月の営業利益は139億円に過ぎなかったので、上半期の利益のほとんどは7-9月に積み上げたものだ。

コロナ禍のような世界的経済リスクが起きると円は安全な通貨として世界中で買われ、円高が進行する。これはもう避けようがない。

輸出などでの売り上げを円に替えたい製造業者はこの余波を受けて為替損失を計上することになる。

特に国内雇用を守るために国内生産300万台維持を掲げるトヨタにとって為替は構造的に鬼門だ。

結果を見れば為替差損はマイナス1200億円。営業そのものが激しい逆風を受ける中で、為替も悪化する厳しい状態だったことがわかる。

一方、トヨタ得意の「原価改善」によって500億円戻し、そこから販売面、つまりコロナの直撃を受けた「台数と車種構成」でマイナス9700億円。「諸経費の低減努力」の低減努力でプラス1150億円。さらに「その他」でプラス458億円となっている。

いつ見ても見事なのが諸経費削減の成果で、プラスは1150億円である。これは例えば出張旅費やイベントの費用などの削減によるものだ。

移動が制限された結果の自然減とも言えるが、トヨタの説明によればそれは数十億円レベルの話であって、1150億円のほとんどは、勘定科目も不明なほど細々した日々の節約の賜物である。

戦い方そのものは、原価低減と諸経費の抑制という地道な手法だ。

しかも原価低減は販売台数が多いほど効果が高まるので、今回のような販売台数ダウンの中では効果は限定的になる。

そこでの500億円は評価に値するだろう。

クルマのような耐久消費財は、一時的に需要が落ち込んだとしても、それは遅れて返ってくると見るのが一般的で、これを機にクルマを手放してしまうという人以外は、結局どこかのタイミングで買い替える。

となれば、落ち込みの後で、急に需要が高まり、生産が追いつかなくなるおそれがある。

そう考えた製造部門では、ラインの休止時間が増えたことを奇貨として、手待ち時間を生かして生産性の改善に乗り出したという。

要するに稼働時間の縮小を工場設備と生産技術改善のチャンスと見てすかさず取り組み、実際にそれを改善したのだ。

これらは第3、第4四半期の反攻に寄与するはずである。

リーマンショックからの変革

数字をベースに追うと、具体的な部分はそういうことなのだが、そもそもは何故この危機を最小限の被害で食い止められたのか、その本質部分に何があるのかと言えば、それはやはりトヨタのマネジメント体制そのものが長期的に進化してきたということに行き着くだろう。

リーマンショックで大幅赤字を計上した経験から徹底的に構造改革を進め、損益分岐点をとことん下げたことが大きい。

平たく言えば安くクルマをつくる技術を磨いたということだが、コストを下げながらクルマそのものは、当時と比べ物にならないくらい良くなっているところがすごい。

photo/gettyimages

経済専門のアナリストと違って、自動車の評論を生業とするわれわれは、新型が出るたびに試乗会に赴き、実際にクルマに乗って性能を確かめ、それを手塩にかけたエンジニアたちに技術的、あるいは設計思想的詳細を取材し、商品そのものの大幅なレベルアップの実態を身をもって知っているのだ。

昨今のトヨタは生産品質が良く、耐久性が高いという実利だけではなく、運転することが楽しく、所有する喜びが得られるようになっている。その無形の価値の差は極めて大きい。

われわれの常識からすれば、トヨタのクルマ全般を指して「運転することが楽しい」などと言う日が来るとは10年前には正直思っていなかったのである。トヨタはあらゆる面で長足の進歩を遂げているのだ。

翻って、トヨタのこの好決算は、またいろんな批判を招くだろう。実は筆者もかつてトヨタの決算について書いた記事に、「あなたはトヨタが勝てば日本はどうなっても良いと言うのか」というコメントをもらったことがある。馬鹿な話だ。四番打者が本塁打王をとったり、三番打者が首位打者をとったら、それはチームの優勝に仇なす行為だとでも言うのだろうか?

日本は自由主義経済の重要なプレイヤーであり、通常、自由主義経済では「個」の努力と「個」の勝利の積み重ねが社会全体の進歩を促すと考える。逆に問いたいが、徒競走で全員が手をつないでゴールして「全員番」という思想が理想だと思うのだろうか?

結果はさまざまなトライの集大成であり、結果を平等にすることに何の意味もない。トライの段階で誰もが自由な意思を持ってそれぞれの取り組みができることこそが理想であり、そこでこそ平等に扱われる必要がある。機会の平等と結果の平等は似て見えるかもしれないが、意味が全く違う。

記事末に豊田社長のスピーチへのリンクを掲載するが、それをよく読んでみればわかる。トヨタは「稼ぐこと」を目的としていない。スピーチの中で豊田社長は新たに、「幸福を量産する」ことがトヨタの使命だと宣言している。

その使命を果たすためには、自社の存続が危ぶまれるようではいけない。正しく利潤を上げ、その利潤で何をするかこそが真に問われているのだ。

未来ビジョン

さて、決算そのものを総括するとすれば、トヨタはほぼコロナの影響を脱したということができる。トヨタの底力を見せつけられた形だが、欧州各国では2度目のロックダウンが始まっているし、北米も予断を許さない状況だ。これから再びパンデミック状態に逆戻りする可能性は無視できない。

なのだが、それを織り込んだ予想などできようはずもないので、あくまでも現状維持か、状況の改善が見られることを前提とするが、それがいかに驚くべきものかはこれまでに書いてきた通りである。

写真/前田晃 photo/Akira Maeda(MAETTICO)

今回の決算発表会は第部で決算説明、第2部では、豊田章男社長がスピーチを行った。先に触れたように、そこにはこれからのトヨタを指し示す新たなミッションの定義があった。それは「幸せを量産する」という新たな行動規範だ。

筆者はむしろ、その新たな行動規範がこれからちゃんと守られているかどうか、に注目していきたいし、もしそれがブレるようなことがあれば、厳しく指摘していきたいと思う。大事なのは日本全体の幸せであり、トヨタの商業的成功がそれに合致している限りは良し、それがトヨタだけの幸せであったら、応援することはできない。最後に以下にスピーチの全文を添えて締め括りたい。

【トヨタイムズ】トヨタ中間決算 異例の社長出席

池田直渡=文 text by Naoto Ikeda

自動車ジャーナリスト・自動車経済評論家。1965年神奈川県生まれ。1988年ネコ・パブリッシング入社。2006年に退社後ビジネスニュースサイト編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。

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