トヨタはコロナにどう⽴ち向かっていくのか。社長に就任してからの11年を振り返りながら、豊田はその想いを語った。
トヨタ自動車の決算期は3月31日。それに合わせて毎年5月に決算説明会が開かれる。例年であれば、東京都文京区にあるトヨタ自動車東京本社にて開催されるが、今年は名古屋からWEB配信で行われた。
2年前から“決算の内容を説明するパート(第1部)”と“経営に対する想いを伝えるパート(第2部)”の2部構成で、この説明会は行われている。
第1部ではChief Financial Officerの近執行役員(経理本部長)から、数値を中心とした決算内容の説明がなされた。 ※その内容はこちら
トヨタイムズでは、第2部での豊田社長メッセージについて、全文掲載し、お伝えしていきたい。
<決算説明会 豊田社長メッセージ>
1.トヨタの企業体質について(リーマン・ショックとの比較)
豊田でございます。
本日は、決算内容を踏まえ、トヨタとしてコロナ危機にどのように立ち向かっていくのかについて、私の想いをお話いたします。
私が2009年に社長に就任して以降、数多くの危機に直面し、乗り越えていく中で、トヨタの企業体質は少しずつ強くなってきたと思っております。
まず、リーマン・ショック直前から現在に至るまでの収益構造の変化をご覧いただきたいと思います。
①2005年3月期から2008年3月期(リーマン・ショック直前の3年間)
リーマン・ショック直前の3年間は、為替の恩恵と販売台数増で営業利益を増やしていたものの、固定費は大幅に増加しており、為替を除いた事業の収益構造は決して良くはありませんでした。
この時期に規模拡大のスピードが、人材育成のスピードを上回り、後のリコール問題にも繋がっていったのだと思います。
リーマン・ショック直後の1年間は、販売台数が135万台、前年比で約15%も減少し、円高の影響も重なったため、4610億円の赤字に転落いたしました。
私が社長に就任した直後の4年間は、リーマン・ショック、大規模リコール問題、東日本大震災、タイの洪水、超円高をはじめとする6重苦など、数々の危機への対応に追われながらも、全社一丸となって乗り越えた時期でした。
この4年間で、販売台数をリーマン・ショック前のレベルまで挽回できました。
同時に、研究開発費、設備投資を急激に低減することで固定費を圧縮し、2013年3月期は、為替が1ドル83円の超円高にも関わらず、1兆3208億円の営業利益を確保しました。
しかし、出血を止めるために、将来の投資も含めすべてを“やめた”ことで、本当の意味での体質強化には、まだしばらく時間が必要となりました。
体重を落としスリムにはなったものの、必要な筋肉まで落としてしまった時期でした。
足元の7年間は、「もっといいクルマづくり」を加速するための投資や、CASE対応に向けた投資によって、固定費は増加いたしました。しかし、原価改善などにより、それを吸収しながら体質を強化した時期でした。
最初の3年間は、いわゆる「意志ある踊り場」として、真の競争力強化を目指しましたが、十分な成果は得られなかったというのが私の自己評価です。
「意志ある踊り場」で痛感したことがあります。それは平時における改革の難しさです。
昨年の決算発表の場で、「トヨタの課題は何か」というご質問をいただき、私は「トヨタは大丈夫という気持ちが社内にあることだ」とお答えいたしました。
長い年月をかけて定着してしまった「トヨタは大丈夫」という社内の意識、それを前提にモノを考える企業風土。これらの変革に本気で取り組むきっかけになったのが、私にとっての「意志ある踊り場」だったような気がいたします。
そこに「100年に一度の大変革」が重なってきたものですから、この数年間は、「トヨタらしさを取り戻す闘い」と「未来に向けたトヨタのフルモデルチェンジ」の両方にガムシャラに取り組むことになったわけです。
正解がない時代に会社を変えるためには、経営層から変わらなければならないと考え、この間、カンパニー制の導入、「七人の侍」体制や副社長の廃止など、役員・組織の体制を抜本的に見直してまいりました。現役だけではなく、相談役制度についても見直しを実施いたしました。
春の交渉をはじめとする、従業員とのコミュニケーションについても“本気”で“本音”で向き合ってまいりました。
トヨタの労使には「会社は従業員の幸せを願い、組合は会社の発展を願う」という共通の基盤があります。この大変革の時代に、「従業員の幸せ」を本気で願った時に、「ベースアップ」や「一律の配分」といった“これまでの常識”にも踏み込まなければならないと考え、労使で徹底的に議論し、抜本的な働き方改革に取り組んでおります。
こうした改革を行うたびに、社内外から「そこまでしなくても」という声が私の耳にも届きました。「危機感をあおりすぎだ」とも言われました。
それでも、やり続けてまいりましたのは、「自分が思い描く理想の形で、次世代にタスキを渡したい。」この一念に尽きると思います。
「トヨタらしさを取り戻す」というのは、過去に時間を使うことだと思います。過去に時間を使うのは私の代で最後にしたい。次の世代には未来に時間をつかわせてあげたい。だからこそ、未来に向けた種まきだけはしておきたい。これが私の考える“理想のタスキ渡し”です。
こうした想いのもと、未来に向けては、アライアンスによる仲間づくりを積極的に推進してまいりました。アライアンスの考え方も大きく変えてきたと思います。
「資本の論理で傘下におさめる」のではなく、「志を同じくする仲間をリスペクトし、仕事を通じて連携していく」というのが私たちの基本スタンスです。その結果、非常に短期間で、異業種も含めた多くの仲間とのネットワークをつくることができました。
これまでのトヨタグループの連携についても「ホーム&アウェイ」という新しい戦略のもと、個社としてだけでなく、グループとして「ともに」強くなるという考え方に大きく変えてまいりました。
また、モビリティ・カンパニーへのフルモデルチェンジを念頭に、政策保有株の見直しや遊休不動産の売却など、アセットの組み換えにも取り組んでおります。
この数年間の取り組みをまとめますと、これまでの古いセオリーから脱却し、新しい時代の新しいトヨタのセオリーを構築していくということではないかと思います。
⑤2020年3月期から2021年3月期(コロナ危機との闘い)
そして2021年3月期の見通しです。今回のコロナ危機では、リーマン・ショック以上の販売台数195万台、前年比約20%の減少が見込まれるものの、営業利益は5000億円の黒字確保を見込んでおります。
これは、現時点での見通しではありますが、何とかこの収益レベルを達成できたとすれば、これまで企業体質を強化してきた成果と言えるのではないかと思っております。
豊田が、ここまで具体的な数字と取り組み事例を挙げて、自身の行ってきた経営を振り返るのは初めてのことである。
冒頭にもあったが、豊田の社長就任は11年前の2009年6月。10年を超える社長在任期間は、一般的には“長期政権”と呼ばれるほどの長さである。この言葉は、ネガティブなイメージで使わることが多いかもしれない。
しかし“リーマンショック”“品質問題・米国公聴会”“数々の天災”など、会社が潰れてもおかしくない状況を、一人のトップで幾度となく乗り越えるという経験をトヨタは積み重ねてきた。トヨタは、この経験があるからこそ、今、再び直面したコロナという危機に立ち向かえていると思える。
2.国内生産300万台体制が意味すること
ここからは、トヨタが長年にわたって、ずっとこだわり、ずっと“やり続けてきたこと”をお話させていただきます。
それは「国内生産300万台体制の死守」です。
これは日本だけの話をしている訳ではありません。これまで、日本がマザー工場となって、トヨタのグローバル生産を支えてまいりました。国内生産体制はグローバルトヨタの“基盤”であると言えます。
しかし、これは“成り行き”であるものでも、“当たり前”にあるものでもありません。
超円高をはじめ、これまでどんなに経営環境が厳しくなっても「日本にはモノづくりが必要であり、グローバル生産をけん引するために競争力を磨く現場が必要だ」という信念のもと、まさに“石にかじりついて”守り抜いてきたものです。
トヨタだけを守れば良いのではなく、そこにつらなる膨大なサプライチェーンと、そこで働く人たちの雇用を守り、日本の自動車産業の要素技術と、それを支える技能をもつ人財を守り抜くことでもあったと考えております。
今回のコロナ危機に際し、必要な時に、必要なモノが手に入らないという事態に世界中が直面いたしました。
ある方がこの事態を「マスク現象」と表現されていました。振り返ると、マスクのほとんどを国内で調達できなくなっていたということだそうです。
「より良いものを、より安くつくる」これはモノづくりの基本です。しかし、安くつくることだけを追求してしまうと、このような現象が起こるのではないでしょうか。
モノづくりには、もう一つの大切な基本があります。それは「モノづくりは人づくり」ということです。人はコストではありません。人は改善の源であり、モノづくりを成長・発展させる原動力です。
コロナウイルスの感染拡大が深刻化する中で、多くのモノづくり企業が、医療用フェイスシールドやガウン、マスクなどの生産に乗り出しました。
私たちも、米国では、すぐに3Dプリンターを使って、医療用のフェイスシールドを作り、日本や欧州など、グローバルに展開してまいりました。また、人工呼吸器のように、自分たちではつくれないものについてもTPSを活用した生産性向上支援に取り組ませていただいております。
こうしたことができるのは、国内生産300万台体制にこだわり、日本にモノづくりを残してきたからだと思っております。
私たちが“石にかじりついて”守り続けてきたものは“300万台”という台数ではありません。守り続けてきたものは、世の中が困った時に必要なものをつくることができる、そんな技術と技能を習得した人財です。
こうした人財が働き、育つことができる場所を、この日本という国で守り続けてきたと自負しております。コロナ危機に直面した今でも、この信念に、一点の“くもり”も“ゆらぎ”もございません。
ただ、皆さまにご理解いただきたいことがございます。それは、「守り続けること」、「やり続けること」は、決して簡単なことではないということです。
今の世の中、「V字回復」ということが、もてはやされる傾向があるような気がしております。雇用を犠牲にして、国内でのモノづくりを犠牲にして、いろいろなことを“やめること”によって、個社の業績を回復させる。それが批判されるのでなく、むしろ評価されることが往々にしてあるような気がしてなりません。
「それは違う」と私は思います。
企業規模の大小に関係なく、どんなに苦しい時でも、いや、苦しい時こそ、歯を食いしばって、技術と技能を有した人財を守り抜いてきた企業が日本にはたくさんあります。
そういう企業を応援できる社会が、今こそ、必要だと思います。ぜひ、モノづくりで、日本を、日本経済を支えてきた企業を応援していただきますようお願い申し上げます。
“モノづくりを日本に残す”ことへの拘りを、豊田は、トヨタの社長という立場だけでなく、自工会の会長としても強く訴え続けてきた。先月の自動車4団体会見でも豊田は「リーマンショックと、その後に起きた東日本大震災…。苦しかった当時、私は、国内生産に強くこだわりました」と述べている。
その時も「経済合理性からすれば国内にとどまるのは間違いであるとご指摘いただいたことを、今でも覚えております」と語っている。そして今回も「V字回復がもてはやされていた」のくだりがあるが、確かに、円高も進行していた当時、国内に工場を残すことには“反対の論調”が強く存在した。
しかし、豊田が当時から訴えていたのは、トヨタの利益だけではなかった。今回のメッセージもよく聞くと「これまでどんなに経営環境が厳しくなっても“日本には”モノづくりが必要であり…」と言っているように、その主語はトヨタでない。
コロナ禍によって、「自国でモノがつくれること」「それができる人財・技能・技術が残されていること」の価値が実感できたというわけである。
そして、“最後に…”と付け加え、豊田は自身がどのような想いを持って経営の舵取りをしてきたかを話し、改めて“トヨタの使命とはなんなのか”“自分たちが作り出さないといけないものはなんなのか”を語った。
3.トヨタを「強い企業」にしたいと思ったことは一度もありません
最後に、今、私が最も大切だと考えていることを申し上げます。
本日は決算説明会でありますので、これまで多くの危機を乗り越える中で、トヨタの企業体質が強くなってきたというお話をさせていただきました。
しかしこの11年間、私はトヨタを「強い企業」にしたいと思ったことは一度もありません。トヨタを「世界中の人々から頼りにされる企業」、「必要とされる企業」にしたいという一心で経営の舵取りをしてきたつもりでございます。
大切なことは「何のために強くなるのか」、「どのようにして強くなるのか」ということだと思います。
私は、「世の中の役に立つ」ために、世界中の仲間と「ともに」強くならなければいけないと思っております。
少し話はそれますが、ゴールデンウィーク中に、ある方からお手紙をいただきました。そこには、こんなことが書かれていました。
「池の周りを散歩していると、鳥やカメや魚が忙しそうに 動き回っている様子を目にします。人間以外の生き物はこれまで通りに暮らしている。人間だけが右往左往している。『人間が主人公だ』と思っている地球という劇場の見方を変えるいい機会かもしれません」
私もまったく同感です。 今回の危機で、考えさせられたことがあります。それは「人間として、企業としてどう生きるのか」ということです。
地球とともに、社会とともに、全てのステークホルダーとともに生きていく。ホームタウン、ホームカントリーと同じように“ホームプラネット”を大切に、企業活動をしていくということです。
そして、もう一つ、多くの人たちが、改めて、気づいたことがあると思います。
それは、「感謝」の気持ちです。医療の最前線で我々の命を守ってくださっている方々はもちろん、私たちの日常を支えてくださっている全ての方々に対する感謝の気持ちです。
今まで当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなくなった今、「当たり前のものなど何一つない。どこかで誰かが頑張っているおかげなんだ」ということに気づかされます。
地球環境も含め、人類がお互いに「ありがとう」と言い合える関係をつくっていく。企業も人間も「どう生きるか」を真剣に考え、行動を変えていく。私たちは今、大きなチャンスを与えられているのかもしれません。そして、それは、ラストチャンスかもしれません。
トヨタは、日本で生まれ、世界で育った「グローバルなモノづくり企業」です。私たちの使命は、世界中の人たちが幸せになるモノやサービスを提供すること、「幸せを量産すること」だと思っております。
そのために必要なことは、世界中で、自分以外の誰かの幸せを願い、行動することができるトヨタパーソンを育てることだと思います。
私流に言えば「YOUの視点」をもった人財を育てるということです。これが、ウィズコロナ、アフターコロナの時代に向けて、私自身が全身全霊をかけて取り組むことだと思っております。
そして、これは「誰ひとり取り残さない」という姿勢で国際社会が目指している「SDGs」、「持続可能な開発目標」に本気で取り組むことでもあると考えております。
人類に乗り越えられない危機はありません。コロナ危機を「ともに」乗り越えていくために、私たちがお役に立てることは何でもする覚悟でおりますので、今後ともご支援を賜りたく、よろしくお願い申し上げます。本日はご清聴ありがとうございました。