東京2020オリンピック・パラリンピック大会で、選手村の巡回バスとして運行を予定するe-Palette。その進化やいかに?
2018年1月、社長の豊田章男がモビリティカンパニーへの変革を宣言した際、クルマの概念を越えて、新たな価値を提供するモビリティの象徴として発表されたe-Palette。
2019年の東京モーターショーでは実車を披露。そして2021年の「東京2020オリンピック・パラリンピック大会」では、選手村の巡回バスとして運行されるのだが、現在e-Paletteはどのような進化を遂げているのか。
2020年12月22日に開催されたオンライン発表会と、自動運転のデモンストレーションの現場を取材した。
果たして、モビリティの未来はどこまで進んでいるのだろうか。
あらゆる人の気持ちを考えた車両
今回紹介するe-Paletteの車両は、東京2020オリンピック・パラリンピック仕様のものだ。窓が大きく解放感があり、最大で20名、車椅子なら4台同時に乗車できる。
トヨタの開発担当者によると、“Move” for All(すべての人に移動と感動を)をコンセプトに、あらゆる人に移動 “Move” の自由を提供でき、心を動かす感動 “Move” を生むモビリティを目指したという。
具体的にはさまざまな競技のアスリートが乗ることを考慮し、どのような身長でも乗りやすいようにシート・手すりの高さを場所ごとに変え、色弱者の方にも配慮して色の明度差がついた床・内装に。
さらに、移動中も集中力を保ちやすいよう、リラックスできる落ち着きのある照明、車内の音楽もあえて無音にしたという。
さらに、感染症対策にも取り組んだ。
停車時に大きなドアを開放することで、車内の空気の半分以上が入れ替えられ、手の触れる場所には抗ウイルスコーティングと抗ウイルスフィルムを使用している。
開発にあたり、実際に高身長のバスケットボール選手や、車いす利用者にも乗っていただき、利用者のリアルな声を聞いて改善を重ねるトヨタの「現地現物」の精神で何度も改良を重ねたそうだ。
開発者に「最も困難だったことは何か?」と聞くと、すこし間を置き、笑顔で「すべてです」と答えた。それだけe-Paletteの開発が新しく、チャレンジに満ちたものだったのだろう。
そしてトヨタのモビリティとして忘れてはならない「先味、中味、後味」にもこだわった。
これはマスタードライバーでもある社長の豊田がクルマを試乗する際に用いる概念で、クルマに乗る前の期待感、運転中の体験、そして記憶に残り、また乗りたいと思うかを表現した言葉だ。
ドライバーのいない自動運転の車両であるe-Paletteについても、“ヒト中心”の考えで開発を行い、乗車体験の楽しさにこだわった。
トヨタ生産方式(TPS)の思想が生み出した、運行管理システム
自動運転のデモンストレーションでは複数台のe-Paletteが、いくつものカーブや停留所があるコースを自動運転で走行していた。
各車両が等間隔ピッチで運行され、車両同士がすれ違う際は、後から来た車両が道を譲っている。まるでお互いの車両が会話をしているかのようだ。
編集部も試乗してみたが、ベテランドライバーが丁寧に運転しているかのようなスムーズな加減速に、カーブも揺れることなく滑らかに走行。まだ先の話だと思っていた自動運転がここまで進化しているのかと感じた。
複数台の車両をどのようにコントロールしているのか。話を聞くとそこにはトヨタならではの思想が活かされていた。
コロナ禍や、少子高齢化の時代。移動に求められるのは「必要な時に、必要な場所へ、時間通りに行ける」また「必要な時に、必要なサービスやモノが、時間通りに提供される」こと。
言い換えれば、「ジャスト・イン・タイムなモビリティサービス」。そこで、トヨタ生産方式(TPS)の考え方を織り込み、新たな運行管理システムが開発されたという。
それが、「AMMS」と「e-TAP」だ。
「AMMS」は、「必要な時に、必要な場所へ、必要な台数だけ」e-Paletteを配車するシステム。TPSによる究極の“ジャスト・イン・タイム・モビリティ”を目指したものだ。
e-Paletteは事前の計画をもとに自動運行されるが、例えば、停留所で待つお客様が増えれば運行計画を修正し、自動で追加車両を投入。お客様の待ち時間短縮や混雑緩和を可能にする。
また、車両に異常が発生した際は、自動検知し車庫に回送。代替車両を即座に運行ルートに投入して安定した運行を実現する。
さらに、緊急時は遠隔での車両停止・復帰も可能で、二重の安全管理により、お客様により安心してご利用いただけるという。
そして、運行スタッフをサポートするシステムが「e-TAP」だ。
トヨタのモノづくりで培ったニンベンのついた「自働化」の考え方に基づき、「目で見る管理」を導入。
車両やスタッフの「異常を見える化」することで、一人で複数台を同時監視でき、限られたスタッフでの安全運行が可能になった。
ソフトウェアのエンジニアが、クルマをつくればどうなるか
トヨタは、自動車産業が直面する「100年に一度の大変革期」に対応するため、クルマの開発の仕方やつくり方そのものも変えようとしている。
既存のクルマ(ハード)にコンピューターを入れ込むのではなく、ソフトウェアを最初にデザインし、コンピューターシステムを中心にクルマをつくる。
それが「ソフトウェア・ファースト」であり、その思想に基づいて生まれたのがe-Paletteである。
継続的にクルマをアップデートできるので、お客様への提供価値も常に最大化していける仕組みだ。
トヨタのハードには元来3つの強みがあった。ひとつは耐久性の良さ。次に交換部品の手に入りやすさ。最後に、修理のしやすさ。
e-Paletteはソフトウェアのスピード感と、トヨタが持つハードの強みを掛け合わせたことで、多様な市場ニーズ、そしてお客様のご期待に迅速に応えることができるだろう。
進化を続ける“ヒト中心”のモビリティ
そんなe-Paletteは、2021年2月23日に鍬入れ式が予定されている未完成で常に成長し続ける街「Woven City」でさらに鍛えられていく。
人々が生活を送るリアルな環境で走ることで学びを得ながら、より安全・安心・快適なサービスを提供できるよう進化し、2020年代前半には複数のエリア・地域で商用化を目指すという。
社長の豊田が常々語る「いろいろな情報が繋がると、よりヒト中心で考える必要がある。人のぬくもりや優しさを感じることができるヒューマン・コネクティッドな社会を実現しよう」という言葉。
開発メンバーたちはその思いを胸に、社会に役立ち、SDGsにも繋がっていく新たなモビリティの可能性を切り拓いていく。