回答 トヨタ春交渉 2020 ~社長が語った従業員の幸せ~

2020.03.11

回答日を迎えたトヨタの労使協議会。今回は三角形の配席ではなく、労使が向き合って座る。豊田が出した回答とは...。

1カ月間にわたって話し合いを続けてきたトヨタの労使協議会が311日、回答日を迎えた。言いたいことが言いづらい職場風土、若手の退職、オールトヨタの競争力強化――。本気で、本音で話し合う「家族の会話」を目指し、労使でトヨタの抱えるさまざまな課題について、議論を続けてきた。

過去3回の協議で続けてきた三角形のレイアウトとは異なり、今回は労使が向かい合って座った。社長の豊田章男は、前回の協議の結びに語ったように、組合の西野勝義執行委員長の真正面に座り、組合員の目を見据え、心をめがけて語り始めた。

まずは賃金、賞与について回答した。

豊田社長
まずは、「賃金」について、回答を申し上げます。

▽「人への投資」も含め、全組合員一人平均8,600円とする。
▽この回答は、賃金制度維持分に上級スキルドパートナー、および、スキルドパートナーAを、拡大させるための原資、ならびに、パートタイマーの時給引き上げを合わせた金額である。なお、一般組合員における賃金制度改善分は含めていない。
▽また、一般組合員の本年の個別賃金については、
技能職、中堅技能職、技能5等級の賃金を311, 450円とする。
技能職、EX級、技能4等級の賃金を385, 910円とする。
技能職、EX級、技能3等級の賃金を416, 760円とする。
▽昇給に関する細部については、別途、分科会で申し上げる。

賃金については以上です。

続いて、一般組合員の「賞与」について、回答を申し上げます。

▽本年の賞与は、組合員一人平均 夏130万円、冬112万円、年間で242万円とし、満額の回答とする。
▽なお、夏賞与の配分等、細部については、6月に分科会で申し上げる。

賞与についての回答は以上です。

秋に労使で確認した「共通の基盤」

ここから豊田が回答に込めた想いを語る。会場のモニターに昨秋の労使協議会で紹介した労使宣言のスライドを映して話し始めた。

今回の回答に込めた私の想いを申し上げます。

昨年10月に実施した秋の労使協議の最後に、1962年に締結された「労使宣言」に対する私の想いを皆さんにお伝えいたしました。

労使宣言3つの誓い.jpg

「労使宣言の中で、私が重く受け止めたのが『共通の基盤』に立つという文言です。当時のトヨタが直面していた、乗用車の貿易自由化は確かに難局であったと思います。しかし、労使にとっての本当の難局は、『会社は従業員の幸せを願い、従業員は会社の発展を願う。そのためにも、従業員の雇用を何よりも大切に考え、労使で守り抜いていく』という『共通の基盤』に立つことだったのではないでしょうか。この『共通の基盤』を作り上げるために、1950年の労働争議から1962年の労使宣言の締結まで、12年という年月を要したのではないか。私はそう考えています。」

このように申し上げました。

今の我々は、大変革期に突入し、何としてでも生き抜くために、自らを変えようと、労使で必死になって、もがき苦しんでいると思います。そういう意味では、1950年、60年代を生きた先輩方と同じような状況にあるのかもしれません。だからこそ、秋の労使協議において、労使の「共通の基盤」とは、「会社は従業員の幸せを願い、従業員は会社の発展を願う。そのためにも、従業員の雇用を何よりも大切に考え、労使で守り抜いていく」ということであり、今こそ、その「共通の基盤」に立ち戻らなければならないということを、労使で再確認したのだと思っております。

ブレない軸は雇用を守り抜くこと

今回の回答、特に賃金について、組合の皆さんは「大変厳しい」と受け止められたのではないかと思います。私は、トヨタをあずかる責任者として、トヨタで働くすべての人たちの幸せを願っております。今回の回答は、「皆さんにとって、何が本当の幸せなのか」。その軸だけはぶらさずに、悩み、考え抜いた結果です。

たとえ「100年に一度」であったとしても、どんなに厳しい闘いであったとしても、私は絶対にトヨタという会社を守り抜く。トヨタで働く人たちの雇用だけは何としても守り抜く。これまでも、これからも、これが私のブレない軸です。

しかし、そのためには、もっともっと競争力をつけなければなりません。これからの競争の厳しさを考えれば、既に高い水準にある賃金を、引き上げ続けるべきではない。高い水準の賃金を、このまま上げ続けることは、競争力を失うことになる。そして、もう一つ。自動車産業を支えている多くの仲間に「トヨタと一緒に闘いたい」と思ってもらえる会社にしなければならない。この2つのことを考えた時に、組合が要求している賃金制度改善分に応えることが、皆さんの幸せにつながるとは思えなかったということであります。

今回の協議の中でも、何度か申し上げたように、現場で日々のオペレーションをしっかりとまわしてくれている組合員の皆さんの頑張りには、感謝しかありません。その想いを「賞与の満額回答」という形でお示し致しました。今回の回答は、会社として、組合員の皆さんの頑張りに対して、最大限の評価をし、感謝の気持ちを込めたものであるということを是非ともご理解いただきたいと思います。

社長を奮い立たせるもの

これまで、「従業員の幸せ」ということを繰返し申し上げてまいりましたが、人はどういうときに「幸せ」を感じるでしょうか。好きな人と一緒にいるとき。美味しいものを食べているとき。趣味など好きなことに打ち込んでいるとき。いろいろな「幸せ」があると思います。私は、「自分は成長できている」と感じられるということも、人間にとって、非常に大きな「幸せ」だと思っております。

トヨタで働いていただいている皆さんは、人生のうちの非常に多くの時間を会社の中で過ごしておられます。「仕事を通じて、自分自身が成長できている」、「トヨタに入ってよかった」。そう思ってもらえる会社にすることが、責任者である私の最大の使命だと思っております。

毎年、私にそう思わせてくれる人たちがいます。ここで映像をご覧ください。

豊田は217日に行われたトヨタ工業学園の卒業式と、トヨタイムズ編集長の香川照之が学園生に行ったインタビュー映像を見せた。

皆さん、何か感じるところがあったのではないでしょうか。私は、いつも、学園生の姿に「トヨタの原点」を重ね合わせます。卒業式で、彼ら彼女らの目、まっすぐに未来だけを見つめる目を見るたびに、一刻も早く、トヨタらしさ、トヨタらしい企業風土を取り戻さなければならないと心を奮い立たせます。

学園生だけではありません。毎年、希望に胸をふくらませて、目を輝かせて、トヨタに入社してくる人たちがいます。そんな人たちの目の輝きを失わせては絶対にいけません。それは、今トヨタで働いてくれている従業員の人たちも同じです。そのためには、基幹職以上の人たちが、「トヨタらしさ」を体現し、「あの人みたいになりたい」、「あの人を超えていきたい」と思われる存在でなければなりません。しかし、基幹職以上の中に見本とならない人がいる、組合員の人たちのやる気や成長を阻害する構造があるというのが今のトヨタの現実です。

未来に時間を使わせてあげたい

これは私の責任です。先人たちへの責任であり、次世代への責任だと思っております。

「トヨタらしさ」を取り戻すことは、過去に時間を使うことだと思います。過去に時間を使うのは、私で最後にしたい。次の世代には、未来に時間を使わせてあげたい。そのためにも、「トヨタらしさ」を取り戻さなければ、次の世代にタスキは渡せない。それが私の正直な気持ちです。

4月からの役員体制の見直しもそうですが、まずは執行役員・幹部職において、「トヨタらしさ」を取り戻すための施策を講じてまいります。基幹職についても同様です。そこに聖域は設けません。

これまでの協議の中でも議論してきたことですが、自分さえよければいいという「Iの視点」、自分には関係ないという「無関心」、上の人の決裁、お墨付きさえもらえればいいという「無責任」。基幹職以上の人たちが、率先して、こうした態度を改めること。それが「トヨタらしさ」を取り戻すための第一歩だと思います。

トヨタで働く全ての人が「仕事を通じて成長できる」「トヨタに入ってよかった」と思える会社にするために、ありとあらゆる見直しを、私の代でやり切る覚悟でおります。そして、それは、組合員の皆さんの努力、頑張りに報いること、皆さんの幸せにもつながると信じております。

「トヨタらしさ」を表す円錐形

「トヨタらしさ」とは何か。1950年から労使宣言が締結される1962年まで、トヨタでは労働争議が続いた。この間に発行された「トヨタ」という冊子に豊田がずっと探してきた「トヨタらしさ」のヒントがあった。その中で示された円錐の図を用いて、自らの解釈を語った。

ここで、少し時間をいただいて、皆さんと一緒に、「トヨタとは何か」、「トヨタらしさとは何か」について考えてみたいと思います。

1955年、トヨタ自動車工業が「トヨタ」という冊子を発行しました。私の手元にあるのは、1961年、ちょうど労使宣言が締結される1年前に改訂されたものです。その中に、「トヨタとは」と題した円錐形の図が描かれており、これこそが、「トヨタらしさ」を表していると思いました。

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まず、一番上の部分を見てください。ここには、「佐吉翁の遺志」、「前社長の理想:国産大衆車の製造」と記されています。一言でいうと「トヨタの原点」ということになります。「我々はどこから来たのか」。この原点を忘れてはならないということを、喜一郎が亡くなった後に、「大番頭」と言われた石田退三さんと神谷正太郎さんが、「トヨタ」と題した冊子の中で、示されたという事実を重く受け止めたいと私は思いました。

次の段には、「設備」として、トヨタと協力工場が同列に書かれています。1939年に喜一郎が記した「購買規定」には、「仕入先は当社の分工場と心得、その工場の成績をあげるよう努力すること」とあります。この図は、それと同じことを表していると思います。これを、私流に言いますと、「トヨタと仕入先の間には、上から目線も下から目線もいらない。一緒になって生産性を向上するよう努力する」ということになります。

そして、次の段には、「設備を動かすもの」として、「伝統のある技術」とあり、「監査改良委員会」が一番上に記されています。そして、そのベースとなる部分に「創意くふう制度」があります。これは「たゆまぬ改善」という「TPSの思想」を表していると思います。

さらに次の段、円錐形を支える土台とも言える部分に「経営は人である」という言葉とともに、「従業員」が出てまいります。それも単なる「従業員」ではありません。「父子伝承の技能をもつ従業員」と書かれています。ここには「事技職」とか「技能職」、「組合員」とか「非組合員」といった区別は一切ありません。トヨタの経営を支えるすべての従業員は、「父子伝承の技能」を持っていなければならないということが書かれています。

「父子伝承の技能」とは、何を指しているのでしょうか。私は「TPSと原価の作り込み」だと思っております。これこそが、トヨタで働く全員が身につけなければならない思想・技能であり、トヨタの競争力の源泉です。その上で、それぞれの仕事、役割に必要な専門技能に磨きをかけていくのだと思います。

そして、それは、「父」から「子」に「現場」で、厳しくも愛情をもって叩きこまれた技能であるということです。今の時代にも継承されている言葉で言えば、まさに「オヤジ」ということになると思います。私たちは、もう一度、今の職場環境の中で、「現場」と「オヤジ」を取り戻さなければなりません。今ならまだ間に合うと思います。河合さんのように「TPSと原価の作り込み」を身体に染み込ませたオヤジがいる間にやらなければなりません。

そして、一番下の段、トヨタを根底で支えている部分を見てください。「需要者の支持」、「株主」、「国民の支持」とあります。自動車産業は、多くの人たちに支えられて成り立っています。お客様、株主、国民すなわち世の中の人たちから「トヨタ頑張れ」と応援され、支持されて、初めて私たちの事業は成り立つということを示していると思います。

円錐形が教えてくれたもの

この円錐形が描かれたのは、経営が苦しく、労使が「共通の基盤」に立つことさえもできず、先が見えなかった時代です。だからこそ、自分たちの原点について、改めて考え、整理したのではないでしょうか。

私は、この円錐形から、「トヨタの原点」、「トヨタらしさ」を失ってはならない。それを失うということは、競争力そのものを失うことだという強いメッセージを受け取りました。私たちもまた、先が見えない時代を生きていきます。だからこそ、労使が「共通の基盤」に立ち、「トヨタの原点」、「トヨタらしさ」を未来に引き継いでいかなければならないと思うのです。

昨年の春の交渉以降、労使ともに、悩み、苦しみながら、今日のこの日を迎えております。今回の協議は、本気の本音の会話、家族の会話に一歩も二歩も近づいたと思います。最後に、改めて、お礼の言葉を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。

回答を受けた西野委員長からのコメント

西野執行委員長
本年の労使協議会では、トヨタで働く一人ひとりがどのように変わらないといけないのか、何に取り組まなければならないのか議論してまいりました。こうした議論を通し、組合員の「自分も変わろう」、「会社を良くしていきたい」と前向きに取り組む姿勢や、頑張りについて、会社にもお伝えできたと考えております。こうしたことに加えて、今後もさらに取り組んでいくという組合員の思いも踏まえて、一時金については、満額という回答をいただけたと理解しております。心から感謝申し上げます。

一方、賃金については、いわゆる改善分についてはゼロという極めて厳しい回答をいただきました。我々の雇用をなんとしても守り抜く。そうした豊田社長の強い思い・覚悟を改めて感じました。横並びで処遇を決めていくのではなく、各労使が、それぞれの課題について議論を尽くすことが重要であるという点については組合も同じ思いであります。実際に、全トヨタ労連傘下の中にも、本音の話し合いを始め、働き方や、労働条件の改善につながる例も増えております。

ただし、社会全体を見ると、特に中小企業においては労使の話し合いすら難しいところもまだまだあります。特に組合のないところも大変多くあります。そうした仲間が、トヨタ改善分ゼロ、という結果だけの影響を受けてしまうのではないかと考えると、正直耐えられない気持ちもあります。今後、広く社会全体の働く仲間のため、我々労使がどのような役割を果たすことができるのか、引き続き労使で議論を深めていきたいと思いますのでよろしくお願いします。

また、「これからの競争の厳しさを考えれば、既に高い賃金を、このまま上げ続けることは、競争力を失うことになる」。そうした会社の考えは重く受け止めているものの、昨年春以降、自ら考え、行動を変えてきてくれている組合員や、会社を変える、強くすることに取り組んでいる組合員のことを思うと、交渉を預かる者として本当に申し訳ない気持ちでもあります。

しかしながら、会社には各職場、現場における組合員の頑張りはしっかりと受け止め、認めていただいたと認識しており、その点は、しっかりと組合員に伝え、前を向いて、一人ひとりの成長や働きがいに繋げてまいりたいと思います。

最後になりますが、本日、社長のお話をお聞きし、「トヨタらしさを自分の代で何としても取り戻す」という強い覚悟を感じました。先が見えないときだからこそ、私たちが最もよりどころにしなければならないのは「トヨタらしさ」だと私も思います。組合員の将来のためにもそれが必要だと思います。

今回の労使協議会を振り返ると、この「トヨタらしさ」について、残念ながら、私たちが失いかけている点、逆に、それらを取り戻している・忘れていない人の姿や、改めて自らを省みる視点など、一人ひとりが行動や働き方を変えていくことにつながる議論がたくさんありました。今回議論した内容を職場の中でしっかりと共有し、労使力を合わせてこの大切な価値観を何としても取り戻してまいりたいと思います。

立場の違う労使が共通の基盤に立ち続けるには、互いにたゆまぬ努力が必要だと思っております。組合としては、引き続き悩みながら職場の声を聞いてまいりたいと思います。そして、あらゆる職場でトヨタらしい、本音の議論を進め、会社の競争力強化とともに、組合員の働きがいにつなげてまいります。

こうした私の思いと、お話しいただいた会社の思いをしっかりと職場にお伝えし、先程いただいた会社回答を執行部として正式な機関にはかってまいりたいと思います。どうもありがとうございました。

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