熱狂はアジア競技大会からアジアパラ競技大会へ。開幕に合わせてトヨタイムズスポーツは河合純一スポーツ庁長官にインタビューを行った。日本初開催となる意義や競技の魅力を語ってくれた。
熱狂はまだまだ終わらない―。
日本初開催となるアジアパラ競技大会(以下、アジアパラ大会)が2026年10月18日、愛知・名古屋を中心に開幕する。(一部競技は16日から実施)
日本で開かれるパラスポーツの国際大会としては、東京2020パラリンピック、東京2025デフリンピック以来のビッグイベントだ。
だが、東京パラリンピックは、新型コロナウイルスの影響で原則無観客。2024年のパリ大会では、選手たちが躍動する姿に大観衆が熱狂した。東京では実現できなかった光景だった。
だからこそ、アジアパラ大会は、日本の観客がパラアスリートたちの挑戦を間近で見て、声を上げて応援する絶好の機会。
今回トヨタイムズスポーツは、アジアパラ大会だけでなく、パラ競技の魅力を伝えるため、河合純一スポーツ庁長官にインタビューを実施した。
自身も視覚障害のある水泳選手として、パラリンピック6大会に出場し、金メダル5個を含む21個のメダルを獲得。中学校の教員、日本パラリンピック委員会委員長などを経て、2025年10月、パラリンピアンとして初めてスポーツ庁長官に就任した。
選手として世界の舞台を知り、今はスポーツを支える立場に立つ河合長官が語る、大会への期待とスポーツが持つ力とは。
会場でしか見られないものがある
森田京之介(以下、森田)
今回トヨタイムズスポーツのインタビューに出演いただきましたが、過去にトヨタとのつながりや縁はあったのでしょうか?
河合長官
10年ほど前にトヨタ自動車さんの本社で講演をさせていただきました。社員の皆さんに東京パラリンピックに向けた盛り上げということで、パラリンピック、パラスポーツに関わる理解を広める機会をいただきました。それをきっかけに、トヨタ自動車さんのCMにも出演させていただきました。
森田
10年ぐらい前のCMですが、自動運転が実現して、河合さんがクルマを運転できるようになったら、そういうストーリーでしたね。
河合長官
そうですね、当時(CM制作側)は事故を減らすために自動運転をどう活用するかという視点でお話されていたんですけれども、それをもっと拡張していくことによって、私も含めた、今自分たち自身での移動の自由がない視覚障害の方々がドライブを楽しめることにつながるんじゃないかとお話をしたら、トヨタ社員の皆さんも含めてとても共感いただきました。それをCMにしながら自分たちの目指す方向性にしたいとおっしゃっていただいたのが印象に残っています。
森田
86の横に立っている河合さんが印象的なCMでした。
全盲のスイマーとしてトップアスリートの河合さんが、スポーツ庁長官になって迎える久しぶりの観客の前でのパラスポーツ国際大会が愛知・名古屋です。河合さんは、どんな意義があると考えていますか?
河合長官
そうですね、東京2020のオリンピック・パラリンピックは、残念ながら原則無観客という状況での実施になりましたが、先日まで行われていたアジア競技大会(以下、アジア大会)は、日本代表選手が多くの声援に後押しされて、メダルを取った後には、街中でセレブレーションもあって、本当に印象的な大会になりました*。
*アジア大会は10月4日に閉幕。
この勢いと熱を多くのパラアスリートにも届けていただきたいなと思っています。
森田
河合さんとはパリパラリンピックの会場で初めてご挨拶させていただきましたが、会場の熱量すごかったですね。
河合長官
そうですね盛り上がっていましたよね。
会場が観客の声援と足踏みと拍手で物理的に揺れる様子を感じることが多かったんじゃないですか。
森田
「熱」という言葉が出てきましたけども、トヨタイムズスポーツがアジア大会、アジアパラ大会を「熱狂しよう」というテーマでお届けしようと思ったのは、まさにパリのあの会場を見て、そういうのを感じたからなんです。
やっぱり現地で観ると、テレビとかモニターを通して観るのとは、また違いますね。
(森田キャスターによる「パリ2024パラリンピックレポート」はこちらから)
河合長官
まったく違うと思います。
メディアの方とお話することがありますが、動画の中継を観るだけで記事が書けますか? 伝えられますか?と。
やっぱり現場でなければ気づけない、(映像からは)見えないところを見て、それを伝えていただくからこそ意味があると思います。
どうしてもパフォーマンスをやっている、競技中のところばかりしか(新聞やテレビでは)映らないですが、直前までの準備をしている様子とか、ウォーミングアップをしているときの表情とか、どんな服装でトレーニングしているのかといった、そうしたことは、現地に行くからこそわかると思います。
競技が終わった直後の、表情とか、そういったものも含めて感じていただくためにも、ぜひとも会場に行って、観て欲しいですね。
金メダルの記憶
森田
河合さんは、今でこそスポーツ庁長官として視察する側でやられていますが、以前は出る側で、たくさんの観客の前で泳ぐことが多かった。
アトランタパラリンピックで、たくさんの観客の前で初めて金メダルを獲得。君が代が流れたときは、記憶に残っていますか?
河合長官
そうですね、その4年前のバルセロナでは、メダルを5個取りながらも、金メダルは取れませんでした(銀2、銅3)。(アトランタまでの)その間、金メダルを取るためだけに泳いでいるような感覚の4年間でした。それを何とか成し遂げられたときの感動を思い出します。
森田
大勢の観客の前で泳ぎ、金メダルを獲得した感動を感じる一方で、アトランタのときから「日本のパラスポーツは何でこうなってないんだろう」という疑問も同時に感じたという記事を拝見しました。
河合長官
そうですね。バルセロナの時も思っていました。
ボランティアも含めて、当時の日本では「パラリンピック」という言葉もほとんど知られていない中でした。また当時は、オリンピックは文部省(現文部科学省)、パラリンピックは厚生省(同厚生労働省)が管轄していた時代でしたので、いろいろ制度とか政策面の違いを感じることは多かったです。
挑戦する心に違いは1ミリもない
森田
アトランタから30年経つわけですが、この間の変化はどう感じていますか?
河合長官
2000年以降、国際的にオリンピックの招致活動の中にパラリンピックが組み込まれていく中で、各国がオリンピックだけではなく、パラリンピックのメダルの数というところを目指して、集中的に強化されていくような流れができました。
以前は福祉が充実している国が、パラリンピックも強かったんです。それが2000年以降、こういった動きがあって変わりました。スポーツ強豪国と呼ばれるところが、パラリンピックも強化していきたいとなってきたのが印象的ですね。
そして国内も徐々にそういった流れになり、東京オリンピック・パラリンピックの招致活動を通じて、日本も「オリパラ一体」と言われていますけれども、こういった動きが加速度的に高まってきました。2015年にスポーツ庁が発足して、名実ともに一緒になってきた。そんな歴史かと思っています。
森田
パラリンピアンの河合さんから見て、パラスポーツが徐々に「スポーツ」になってきた実感はありますか?
河合長官
捉えられ方だと思っていて、私は逆に言えば、バルセロナに行ったときからスポーツ以外の何物でもないと思って取り組んできました。
けれども社会的な評価とか見られ方が、どんどん変容してきたんだろうなと。
森田
「自分はスポーツとしか思っていない」とおっしゃいましたが、「障害を持っている方がアスリートとしてスポーツに挑戦する」、これは健常者がスポーツにトライすることと違いがあると思いますか?
河合長官
全くないと思います。
例えば幼稚園児がちょっとだけ駆けっこが速くなりたいと思ってチャレンジする姿と、プロの選手が少しでも速く走りたい、あるいは打席に立った打者がヒットを打ちたいという気持ちも、障害のある選手が速くなりたい、強くなりたいという気持ちや心持ちにおいても、違いは1ミリもないと思います。
森田
会場でパラアスリートが戦っている姿を見ると、そんなこと(障害の有無)は一切忘れさせてくれますよね。
河合長官
だからこそ、現場に行ってほしいです。
次に(アジアパラ大会のような)総合国際大会がいつ日本で開催されるか、約束が今あるわけではないんです。
将来的にはもっと改善できるようになると思いますが、現状としては、こうした大会がちょうど開かれるタイミングなので、一度でもよいので、いろいろな会場に行って、実際にアスリートたち、日本の選手はもちろんですが、アジア各国・地域から来る選手たちに声援を送りながら、自分なりの新たな視点を獲得してもらいたいと思っています。
パラスポーツは「人間の可能性の祭典」
森田
トヨタイムズスポーツはパラスポーツを扱うことが多いんですが「パラスポーツ」という括りが存在する中で、パラスポーツだけで見るとどういうことが見えてくるんだろうということをやったりするんです。
その時に、例えば視覚障害を持った柔道の半谷静香選手に話を聞くと、「練習するとき、みんなは練習方法を見ているかもしれないけど、私はできない。触って試しながら、どうやって重心が移動していくのか、コーチと二人三脚で自分の技を作り上げていく」という話をしてくれたんですね。
そうなったときに健常者で柔道をやっていたコーチが、「自分がやっていた柔道は、こういうことをやっていたんだと気づけた」という話をしてくれました。
パラスポーツを通じて、そのスポーツ自体の本質みたいなものが見えてくるんじゃないかと、個人的に感じているんですが、河合さんいかがでしょうか?
河合長官
そういった部分は大いにあると思います。
例えば、目隠しして歩く。走るのは大変なんですけど、歩くということをしたときに、どちらかに曲がる傾向があって、それは実は意識していませんが、(目で)見ながら補正をかけて、修正しているから、まっすぐ歩けていることに気づくわけです。
つまり、目隠しをしていてもまっすぐ歩けるような左右バランスが取れれば、本当はもっとムダな力を使わずに、推進力につなげられるかもしれない。そういう可能性もそこにはありますよね。
森田
それはスポーツにおいてパフォーマンス向上、より強くなれるわけですね。
河合長官
そういった視点を持ってパラスポーツを見ることも本当はできると思います。
コーチやオリンピック選手たちも、もっと違う視点で、その人たちだからこそ気づける視点でパラスポーツと向き合うということも大きなポイントではないでしょうか。
例えば長距離のマラソンなどでは厚底のシューズが流行っています。ここにはカーボンが入っています。こういう視点は、もしかしたら義足のしなりという部分から着想を得た方々もいたんじゃないか。そういったことも考えられると思うんです。
このように、もっといろいろなものが融合して、掛け算をしっかりできる人が増えるかどうかは、スポーツの魅力や可能性を広げていく意味においても、とても意義深い。
だから私はパラスポーツを「人間の可能性の祭典」と言っています。
一人ひとりが持っている無限の可能性に気づかせてくれるコンテンツ力があるんじゃないかなと思っています。