トヨタイムズスポーツ
2023.12.20

真っ白な世界でも「足の位置が見える」 全盲の柔道家がたどり着いた境地

2023.12.20

パラリンピックを目指す全盲の柔道家・半谷静香と、健常者の柔道で国際大会でも活躍した磯崎祐子コーチ。言葉にしないと伝わらない、密なコミュニケーションが導き出した"柔道"の真髄とは?

12月15日のトヨタイムズスポーツは、視覚障がい者柔道(パラ柔道)を特集した。パリ大会でのメダル獲得を目指す半谷(はんがい)静香選手がスタジオにも登場。見えないからこそ、どのように技を覚えて、対戦相手の技をどう受けて返すのか。素朴な疑問に対して独特の発想と豊かなボキャブラリーで答える「半谷ワールド」に、競技を知らない方もぜひ触れていただきたい。

「柔道は無限の計算式」など気になるワードで注目

半谷選手はトヨタループスに所属。パラ柔道ではロンドン大会から3大会連続で出場しており、J1(全盲)クラスの48kg級。目の見え方は光を感じる程度で、「時々人の影が見えたりするんですけど、昼間は真っ白の世界で生きています」と本人は説明する。

番組には過去、9月8日のパリ1年前特集に出演。「柔道は無限の計算式」「触る、感じる、試して話す」「まっすぐコレクション」などの気になるワードが次々と飛び出し、車いすテニスの三木拓也選手ら歴戦のアスリートも半谷選手の話に引き込まれた。

半谷選手は東京大会の後、52kg級でアジア選手権優勝などの実績を持つ磯崎祐子コーチのもとで指導を受けている。パリ大会へはランキングポイントが上位の選手が出場でき、大会で好成績を残してポイントを加算していくことが求められる。

柔道グランプリ東京大会は惜しくも準優勝

12月初め、森田京之介キャスターが取材したのは、ポイント対象の大会の一つ「柔道グランプリ東京大会」。半谷選手も日本代表として、地元での大事な試合に臨んだ。

対戦相手と組み合った状態で試合をスタートするのが、パラ柔道の特徴。準々決勝でも、相手がいつ技をかけてくるかわからない状態から、半谷選手が集中して技を受け、その力を使って投げに行く。4分を超えゴールデンスコア(延長戦)に入るも、半谷選手は積極的に攻め続け、相手の指導によって勝ち進んだ。

準決勝は寝技で見事に一本勝ち。決勝の相手は、10月のアジアパラの決勝でも敗れたキルギスの選手だ。前回は相手のパワーに圧倒されていたが、半谷は落ち着いた試合運びで、技ありのポイントを取られても取り返す。だが延長に入り、背負い投げに入ったところを返されて一本を取られ、リベンジはならなかった。

準優勝となった半谷選手の決勝までのダイジェストは09:03から。磯崎コーチの「集中」「こだわって」「組み際」といった声にも注目してほしい。

見えてるコーチと見えない選手、共同作業で探る柔道の真髄

番組は、茨城県にある練習場も取材。半谷選手に寝技の指導をしながら、「遅いとほら逃げられちゃうんだって」「そこで力抜かない」と細かく言葉をかける磯崎コーチが印象的だ。

「先生たちの言葉は分かりやすいけど、きっと言語化されていない何かがあるという仮説の元で質問しています」という半谷選手に対して、磯崎コーチは「『これ』『あれ』では済ませられない世界があって。自分の動きを細かく分析して、一つ一つ自分で気づいて説明していくところが、難しいけどすごく楽しく、自分の中でも発見があります」と話す。

教えるのではなく、共同作業のように新しい動きを開発していく2人の不思議な関係は、会話を聞いているだけでも面白い。2人の練習風景とインタビューは35:42から。

相手の力を利用することで成長

磯崎コーチは柔道を「畳の上のサーフィン」と表現する。「波を相手にたとえて、相手の動きを感じたうえで、それをうまく乗りこなす」という意味。半谷選手の大きな成長は、相手の動きがわからないから攻め続けるのではなく、相手の身体の姿勢や動きをイメージしやすくなったことで、攻守を楽しみながら力を利用するという柔道の醍醐味を感じられるようになったことだ。

「できなかったことができたに変わって、できたができるに変わっていく過程が一番面白くて。磯崎先生のところに来てからは、足の位置が見えるようになって、自分が軸になって相手を動かしたり相手の力を利用する感覚が面白い」と語る半谷選手だが、パラ柔道の試合中はずっと相手の柔道着を握っているので辛く、最後は気力で闘っているという。

特技のルービックキューブを披露

技を覚える時に「触る、感じる、試して話す」を実践している半谷選手が大事にしているのは、「三角形の法則」とも呼んでいるテコの原理。技に入る身体の軸(支点)がどこかなどを、触りながら一つ一つの動作を確認していて、見えない代わりの基本軸としての考えとなっている。

それに共通するのが、特技であるルービックキューブ。それぞれの面の色を示す凹凸があり、触って確認することはできるが、完成への動きにどうつなげるかは頭の中でイメージしなければならない。「頭の中で変換する、上から見ているという状態を作る練習には、ルービックキューブが最適だと思っています」と語る。

視聴者からも驚きのコメントが相次いだ、半谷選手のルービックキューブのスゴ技は53:00から。

出場権争いを勝ち残り、パリでのメダルへ

東京での大会の結果、半谷選手は300ポイントを加算して、パリ出場権を得るギリギリの6位をキープ。ケガでポイント争いに出遅れた分を取り戻しつつある。来年2月のドイツ、4月のトルコ、5月のジョージアでの大会で好成績を残し、出場を決めたいところだ。

また、2022年にパラ柔道のクラス変更があり、J1(全盲)とJ2(弱視)に分けられた。半谷選手は東京大会で敗れた弱視の選手らとは別のクラスになり、メダル獲得が期待されている。

「メダルが欲しいという気持ちが一番強いです。磯崎先生とやっている中で柔道の面白さとか奥深さをわかるようになったこともうれしいので、自分の柔道をもっと磨いていきたいという気持ちも合わせて持っています」と半谷選手。試合での活躍はもちろん、インタビューでの言葉や練習への取り組みなど、広がり続ける「半谷ワールド」を見守っていきたい。

毎週金曜日11:50からYouTubeで生配信しているトヨタイムズスポーツ。次回(2023年12月22日)は、元日行われるニューイヤー駅伝を特集する。2024年最初の日本一を決める年始の風物詩に、実力者がそろう長距離陸上部は8年ぶりの優勝を狙う。お見逃しなく!

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