JAXAが2029年の打上げを目指す月面でのモビリティ「有人与圧ローバ」として、トヨタが研究開発する「ルナクルーザー」。その研究開発状況についての報道向け説明会で語られたこととは?
三菱重工とタッグを組む
トヨタがJAXA(宇宙航空研究開発機構)と共同で、有人与圧ローバの研究に着手することを発表したのが2019年のこと。それ以来となる報道機関向けの説明会が、2023年7月21日に開催された。
実はJAXAとの共同研究は2022年に完了し、現在は2024年の本体開発スタートに向けて、トヨタでは先行開発のフェーズにあるという。
トヨタの月面探査車開発プロジェクト長である山下健は、今回、説明会を行った理由について以下のように説明した。
トヨタ自動車 月面探査車開発プロジェクト長
山下健
共同研究に続くフェーズとして、2022年秋にはJAXA様からの概念検討委託がスタートしました。
同じく2022年末には、三菱重工さんとコンポーネント(要素)単位の提供協力ではなく、システムレベルで開発そのものに一緒に連携して取り組んでいくことを確認しました。
こうした体制で開発が進んでいる状況をご理解いただきたく、このような場を設けることとしました。
そうした背景もあり、会見には山下のほかに、三菱重工の防衛・宇宙セグメント 宇宙事業部プロジェクトマネージャーである仲嶋淳氏、JAXA 国際宇宙探査センター 技術領域総括の筒井史哉氏も登壇した。
そもそも「ルナクルーザー」とはトヨタの愛称であり、正式には「有人与圧ローバ」という。気圧を調整し、地上に近い環境を作り出した「与圧キャビン」という密閉空間を持つため、重力が地上の6分の1、昼は気温が120度まで上がり、夜はマイナス170度まで冷える過酷な環境においても、従来の月面車のように船外活動服を着用する必要がない。
筒井氏がその特徴を簡潔に説明してくれた。
JAXA 国際宇宙探査センター 技術領域総括
筒井史哉
今回の有人与圧ローバは、移動機能と居住機能を併せ持つため、月面の着陸地点にしばられることなく、長期にわたって移動しながら探査することが可能になります。いわば“月面を走る宇宙船”なのです。
有人与圧ローバのボディは、全長6メートル、全幅5.2メートル、全高3.8メートル。マイクロバスおよそ2台分の大きさに4畳半ほどのキャビンを有し、宇宙飛行士が車中で生活しながら月面探査することを目指して研究開発が進められている。
三菱重工の仲嶋氏は以下のとおり続けた。
三菱重工業株式会社 防衛・宇宙セグメント 宇宙事業部プロジェクトマネージャー
仲嶋淳
これまで国際宇宙ステーションプログラムに参画し、宇宙飛行士が軌道上で作業する日本実験棟「きぼう」や、宇宙ステーションに物資を届ける補給機「こうのとり」の開発に携わってきた。
現在は新型の物資補給機や月周回有人拠点であるGatewayの「I-HAB」と呼ばれる居住棟向けの装置、月面の水資源探査を担う「LUPEXローバ」といった、探査の分野における宇宙開発も手掛けている。これまで培ってきた宇宙機インテグレーション技術や耐宇宙環境技術・有人宇宙滞在技術を活かして、有人与圧ローバシステムの開発検討を支援する。
さらに、2020年代半ばの打上げを目指して開発を進めている「LUPEXローバ」が、月面で取得するさまざまなデータも、有人与圧ローバの開発に活かされると考えている。
一方トヨタは、LUPEXローバの開発に対し、自動運転技術をはじめ地上車で培った技術でサポートすることが、説明会で発表された。
そもそも有人与圧ローバは、NASA(米航空宇宙局)が主導する月面および火星の有人探査に関するプログラム「アルテミス計画」への参加を前提に研究開発が進められている。現在、2029年の打ち上げを目指し、日本が開発を担当する方向で米国と協力関係を進めている、と筒井氏。
筒井氏
有人与圧ローバは、2名の宇宙飛行士が30日にわたって移動しながら探査することができます。
人が乗らないときは無人で走りながら、さまざまな活動をすることも可能です。アルテミス計画における、探査活動の中心的な役割を果たすことになります。
宇宙探査プロジェクトは国際協力体制が基本となる。その一方で、宇宙開発における国家間の競争という側面もあり、各国が威信を懸けてプロジェクトに臨む。
それゆえ、有人与圧ローバの研究開発も、先端技術を持つ多くの日本企業の協力を得て、チームジャパン体制で進められている。
国家間の競争という側面があるなかで、アルテミス計画でチームジャパンが有人与圧ローバを担当する方向で調整が進んでいるのは、自然な流れだったと筒井氏はいう。
筒井氏
アルテミス計画がスタートし、私たちがどの要素を担当するかNASAと意見交換を重ねるなかで、自然な流れで有人与圧ローバを手掛ける方向に話が進みました。
ひとつには、トヨタの実績や技術力へのNASAの期待が大きかったからだと思います。
日本としても自動車産業は大きな強みですし、「きぼう」で培った宇宙滞在技術もあります。私たちの長所と、NASAからの期待が、うまく合致した結果だと考えています。