決勝レース前日、トヨタイムズはモリゾウから話を聞くことができた。5分にも満たない話ではあったが「これからもモータースポーツに大切なものはなにか?」が見えてきた。
ル・マン24時間レース決勝前日、トヨタイムズはモリゾウ(豊田章男会長)から話を聞くことができた。テーマはレースにおけるBoP(Balance of Performance=性能調整)について…。
なぜそんな話を聞いたのか?というと、レース前に主催者から性能調整が発表され、トヨタは37kgのハンデを背負うことになったからである。このハンデをタイムに置き換えるとル・マンのコース1周あたり1秒以上遅くなる。
昨年のル・マンを振り返ると24時間を走り切った周回数は380周。1秒ハンデを380周積み重ねると6分20秒となる。
今度は、この6分20秒を距離に置き換えてみる。今年の予選タイムは3分24秒451(8号車/ブレンドン・ハートレー選手)なので、24時間後には約2周分の差がついてしまうことになる。
こんな性能調整がレースの10日前に発表された。チームはすでにル・マンに向けて旅立った後であり、それ以降の対策は施しようがない。ル・マン前のレースが3戦3勝だったとはいえ厳しいハンデであり、発表タイミングも急すぎた…というのが正直なところである。
そんな状況でル・マンに向かうチームのもとにモリゾウは日本から飛んできた。翌週にはモリゾウでなく豊田会長として株主総会を控えているのに…。
そんなモリゾウから話を聞く時間は限られていた。なので、トヨタイムズは1問だけ質問を投げかけた。その質問が「今回のBoPについて、どう思われましたか?」
モリゾウ
そこまでして他のチームを勝たせたいのか?と思ってしまった…。我々のチームはみんなそう思ってるし、そう思ったファンも多いかもしれない。
2016年にアウディが(ル・マンから)撤退し、2018年からはポルシェもいなくなって、ル・マンのトップカテゴリーはトヨタだけが残って戦ってきた。やっと今年から他メーカーが帰ってきてくれたこと、我々は心からウェルカムと思っていました。
我々がやっているのは「アスリートが戦うスポーツ」。それこそがモーター“スポーツ”。決して、メーカー同士の意地をむき出しにしたモーター“ポリティクス”ではない!と言いたい。私はドライバー、エンジニア、メカニックに、これからの100年を見据える場でレースをしてもらいたかった。予選を見ていて「ポリティクスに負けた」と思った。
(1周のタイムを競う予選と違って)決勝レースは24時間あります。私と私のチームは不公平とも思えるポリティクスとも精一杯戦う。チーム代表の(小林)可夢偉、そしてチームのみんなにもそう伝えた。ファンの皆さんにも、そうやって真正面から戦うチームの姿を見ていただきたいと思っています。
とにかく…、誰からも見えず閉ざされた政治的な戦いはやりたくない。みんなが見ているオープンな場…、クルマ好きのファンの皆さんの前で戦う姿を見てほしい。
スポーツの世界で「ここまでして勝たせたかったのか」なんていう声は絶対に出てはいけないと思ってる。ライバル同士がお互いに本気で戦っている…、それがスポーツだと思ってるし、ファンはそういう姿を見たいと思ってるはず…。そうじゃなきゃ、熱狂なんかできやしない。
2週間前、私自身が富士24時間レースを走りました。世の中の多くの人がBEV(電気自動車)こそが選択肢のように話す中、水素社会の実現を目指し、水素も一つの選択肢だと信じて、ずっと戦ってきました。
水素は爆発のイメージがあったり、とにかく危険な燃料だというイメージがなかなか拭えないでいる中、私自身がハンドルを握り、みんなが見ている場でレースをしたことで、水素のイメージを「爆発・危険」から「未来」というイメージに変えられたと思っています。
昨年のWRC(FIA世界ラリー選手権)ベルギーでは水素を運転させてもらいました。そのときも実はいろいろな規制がありました。しかし、誰が運転するんですか?と聞かれて「私です。豊田章男です。」といった瞬間に「どうぞ。お願いします。」と言ってもらえました。
誰がどこでやるか?で、未来はつくれるんだと思っています。今年のル・マンは100周年。次の100年先の未来を、みんなでつくっていく場だと思っています。
我々は、予選のことは一旦忘れて、決勝の24時間を精一杯戦っていこうと思っています。
私が、心から願っているのは「アスリートにスポーツをやらせてほしい」ということだけなんです。それこそが、モータースポーツの次の100年をつくっていくことに欠かせないことだと、今回、本当に、そう思いました。
私もアスリートです。多くのアスリートの代表として、今回、こんな話をさせてもらったつもりです。アスリートたちも、そしてファンも「スポーツ」を楽しみたいって思っているはずですよ。
モリゾウは「アスリート代表」として語ったと言っていたが、「モータースポーツファン代表」としても語ってくれていたようにも見えた。
TOYOTA GAZOO Racingは今年のル・マンで「Forever We Race」というキャッチコピーを掲げている。「カーボンニュートラルでもレースを続けよう!」「そのために水素も含め多くの選択肢をみんなで追求していこう!」という想いを込めたコピーである。
しかし、「Forever We Race」のためには他にも不可欠なものがある。それは、スポーツとしてアスリートが真正面から戦う姿であり、そこで生まれる勝った感動や負けた悔しさなのだと思う。それがあるからこそファンは興奮し魅了される。
もし、モータースポーツで、それが感じられなくなったら、いくらエンジンの爆音や振動を将来に残せたとしても、モータースポーツで人は感動できなくなってしまう…。モリゾウへのインタビューを通じて、改めて、それを強く認識した。