生誕から75年を迎えたランドクルーザー。2026年は"FJ"やハイブリッド車の導入など、活躍の場を広げている。そこで"300"、"250"、"70"、"FJ"の役割や開発陣の想いについて特集した。
「ランドクルーザーの歴史。それは、トヨタの歴史そのものだといっても過言ではない」
2023年のランドクルーザー“250”のワールドプレミアでサイモン・ハンフリーズChief Branding Officer(CBO)は語った。
ランドクルーザーが誕生したのは1951年。トヨタ自動車(当時はトヨタ自動車工業)の創業から14年後に発売された。
その歴史はクラウンやセンチュリーよりも古く、世界中のお客様に鍛えられ、育てられることで、信頼性・耐久性・悪路走破性の継承と進化を続けてきた。
現在までに190を超える国と地域で、人々の命や暮らしを支え、得た評価は「どこへでも行き、生きて帰ってこられるクルマ」。
現在は300系に代表されるステーションワゴン、250系に代表されるライトデューティー、70系に代表されるヘビーデューティー、の3系譜が世界の道、時には道なき道を走っている。今年は新たにライトデューティー系としてランドクルーザー“FJ”が仲間入りし、“300”にはランドクルーザーとして国内初のハイブリッド車(HEV)が導入された。
ますます多くのお客様の生活に寄り添うクルマになっているが、その歴史をさかのぼると、一つの使命が見えてくる。ランドクルーザーの原点とは。どのような想いが形作っているのか。本企画では現行の“300”、“250”、“70”、“FJ”に焦点を当てながら、開発者インタビューも交えた計2回の連載で整理する。
原点回帰
現行型について語る前に、もう少し冒頭のワールドプレミアについて振り返っておこう。
ハンフリーズCBOは、250の開発にあたり、豊田章男会長から一つの使命を与えられたと明かしている。それが「原点回帰」だ。
当時の解釈を、このように説明している。
ハンフリーズCBO
アキオさんは、開発陣にリセットボタンを押すチャンスを与えていたのです。トヨタのポートフォリオにおけるランクル(ランドクルーザー)の存在意義、そして真の価値を見つめ直すチャンスだったのです。価値をあぶり出し、未来への足掛かりとなるクルマをつくるために…
決して揺るがないランクルの信念。それを明確にするチャンスを得たのです。その結果、トレンドなんてものを遥かに超越し、世界中のお客様が、無条件の信頼を託せるクルマへと昇華させました。
新型の開発ももちろん重要だが、同時に“ランドクルーザー”というクルマが受け継いできた技術や信念に、このクルマに携わるすべての人がもう一度向き合うこと。豊田会長は、それを「原点回帰」という一言に込めたのだという。
それは、販売台数を伸ばし、規模の拡大を追求する中で失われた「トヨタらしさ」を取り戻す闘いを続けてきた豊田会長からの警鐘とも受け取ることができる。
どこへでも行き、生きて帰ってこられる
では、ランドクルーザーの原点にある想いとは何か? ルーツをたどると、一台のクルマにたどり着く。その名は「トヨタ・ジープBJ型」。
開発のきっかけは、警察予備隊(陸上自衛隊の前身)からの「過酷な路面走行にも耐えられる四輪駆動車」という要請だった。トヨタはその要請に応えるべくBJ型を開発する。しかし、結果は他メーカーのクルマが採用され、スタート地点で大きな挫折を経験することになった。それでも開発陣は、自分たちのクルマが負けていないという自負を持っていた。
ランドクルーザーが警察予備隊の車両として信頼するに足るということを証明するために挑んだのが、富士山への登坂だった。国家地方警察立ち合いのもと、運行試験に臨んだその日、警察関係者らを乗せたBJ型で富士山に挑戦したのだ。
当時、米軍ジープが到達した五合目を超え、BJ型は前人未到だった富士山六合目への到達に成功する。岩肌むき出しの険しい斜面を登り切ったこの挑戦は、BJ型の「信頼性・耐久性・悪路走破性」を世に知らしめる出来事となった。この実績が評価され、国家地方警察のパトカーとして採用される。
以降、民生用として「生活に即した車両を」「たくさんの人を乗せられる車を」「より快適な移動時間を」というニーズに応える形で、ステーションワゴン、ライトデューティー、ヘビーデューティーの系譜へと枝分かれしていくことになる。だが、すべての系譜で「どこへでも行き、生きて帰ってこられる」という使命は受け継がれてきた。
次章からは、現行の“300”、“250”、“70”、“FJ”が、どのような形でその使命を受け継いできたのかを見ていきたい。