2010年の上海万博で注目を集めたトヨタのバイオリン演奏ロボット。活躍の場を変えながら、今もその音色は続いている。今年、機体トラブルをきっかけに、かつての開発者たちが十数年ぶりにロボットのもとを訪れた――。
弓を構えたロボットが、左手の指で弦を押さえる。右腕をゆっくり動かすと、バイオリンの音色が響き始めた。
名古屋市にあるトヨタ産業技術記念館。織機から自動車へと広がってきた、トヨタグループのモノづくりの歴史を伝える館内の一角で、来館者を前に演奏を続けているロボットがいる。
バイオリン演奏ロボット「パール」だ。
バイオリン演奏ロボットのデビューは、2010年に開催された上海世界博覧会(上海万博)の日本館。中国民謡「茉莉花」を披露した。現在は「カノン」「威風堂々」など全4曲のレパートリーから、2曲ずつを1日5回演奏している。
今年6月下旬、トヨタ産業技術記念館に、かつてバイオリン演奏ロボットの開発に携わった伊豆裕樹さんと小林誠さんの姿があった。
2人は当時、パートナーロボットの開発部門に所属。現在、伊豆さんは先進モビリティシステム開発部、小林さんは新事業企画部と、それぞれ別の部署で新たな技術や事業に携わっている。
十数年ぶりにバイオリン演奏ロボットと再会した2人。懐かしそうに機体を見つめる一方で、その目はすぐに技術者のそれへと戻っていく。
背景には、彼らの知らないところで、このロボットを動かし続けてきた人たちの存在があった。
人の役に立つロボットを
トヨタは2000年から、製造現場で培ってきた技術などを生かし、人と協調しながら社会の役に立つ「パートナーロボット」の開発を進めていた。
2004年に入社した伊豆さんは、学生時代からロボットを学んでいた経験を買われ、その開発を担う部門に配属された。
伊豆さん
配属されてすぐ、愛・地球博(愛知万博)に向けた楽器演奏ロボットの仕上げを担当しました。入社した翌年が万博でしたから、本当にいきなりでしたね。
2005年の愛知万博では、トヨタグループ館でトランペットなどの管楽器を奏でる8台のロボットが演奏を披露。人型ロボットが楽器を操る姿は大きな注目を集め、同館を代表する人気コンテンツの一つとなった。
そして、万博の最中には早くも次の挑戦が始まっていた。バイオリン演奏ロボットの開発である。
ロボットにとって、バイオリンは管楽器以上に複雑な制御を必要とする。左手で正確な位置の弦を押さえながら、右手では弓の速さや圧力、角度を調整する。両腕を協調させなければ、美しい音にならない。
最初に試作したのは、機械で動く弓を、台に固定したバイオリンに当てるというシンプルなもの。だが、実際にやってみると、「ちゃんと音を鳴らす」ことすら難しい。手がかりを求め、伊豆さんら開発メンバーは音響学会にまで足を運んだという。
伊豆さんの2年後輩にあたる小林さんが配属されたのは、まさにそんな試行錯誤の真っただ中だった。
小林さん
ギーコ、ギーコっていう、変な音が開発部屋に鳴り響いていて。入社したばかりの頃でしたけど、これ、どうなるんだろう、と思っていました(笑)。
それでも開発は少しずつ前へ進んだ。
ロボットが保持できるよう、市販のバイオリンに金属板を入れる加工を施し、左手にはビブラートを表現する機構も組み込んだ。さらに、音の強弱やテンポの揺らぎまで感じられる演奏を実現するために、プロのバイオリニストをトヨタの試験場に招き、モーションキャプチャーで腕の動きなどを記録。ロボットに反映した。
伊豆さん
ゼロから動きをプログラムすることも試しましたが、どうしても単調になってしまう。人間味が入らないんです。
こうした開発を経て、2010年の上海万博の舞台に立ったバイオリン演奏ロボット。両腕を協調させ、ビブラートまでかける演奏は、多くの来場者を楽しませた。
しかし、その華やかな舞台裏では、関係者を青ざめさせるトラブルも起きていた。
「飛行機は取っておいた。明日、上海へ」
ある日、演奏を担っていた一台が足を滑らせて転倒。そのまま演奏できなくなった。予備機はあったが、この先も同じことが起きない保証はない。長い会期を最後まで乗り切れるのか、現場には緊張が走った。
その日の夕方、日本にいた小林さんに、上司から電話がかかってきた。
「今すぐ、広瀬工場(パートナーロボットの開発拠点)に来られるか?飛行機のチケットは取っておいたから、明日の便で上海に行ってくれ」
小林さんが担当していたのは、ロボットの電気システム全般だった。上海に着いてから、日本側とは電話でやり取りし、ホワイトボードに状況を書き出しながら原因を探った。結果として、機体全体をメンテナンスすることになった。
昼間はロボットが演奏し、夜になると一台ずつメンテナンス。作業が深夜にまで及ぶこともあった。
小林さん
結局、2週間ほど上海で缶詰状態でした。先輩と「1日くらいは観光しよう」と街に出たんですが、疲れていたのか、ビール一杯で酔ってしまって。観光もせずに帰って休んだのを覚えています。
懸命な対応のかいもあって、その後は大きなトラブルもなく、ロボットは万博の舞台に立ち続けた。
不具合対応も終盤に差しかかった頃、小林さんが舞台袖から目にしたのは、演奏を終えたロボットが拍手と大声援に包まれる光景だった。客席には、多くの笑顔があった。
「それを見て、頑張ってよかったなあって。お客様に喜んでもらえることに関われるのは、ありがたいなと思いました」