コラム
2020.08.30
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トヨタがつくる月面探査車の全貌に迫る(前編)

2020.08.30

トヨタとJAXAを中心に、オールジャパンで進める有人月面探査車の開発。一体どんなクルマなのか取材した。

今回訪れたのは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の筑波宇宙センター。トヨタはJAXAと共同で、なんと有人月面探査車の研究をしているのだという。それにしても、自動運転をはじめとする「CASE」や「Woven City」など、地上にはまだまだやるべきことが山積みだというのに、なぜトヨタは宇宙に打って出るのか。その理由を確かめるべく、トヨタイムズ編集部はさっそく取材を開始した。

トヨタとJAXAが開発するクルマとは?

筑波宇宙センターで編集部を出迎えてくれたのは、JAXAの特別参与で宇宙飛行士の若田光一氏。アメリカのスペースシャトルやロシアのソユーズに乗って4回も宇宙に行き、最長で6カ月以上も滞在した宇宙のスペシャリストだ。

トヨタイムズ
やはり、地球は青かったですか?

若田
そうですね。その青もいろいろ、水色から深い藍色までさまざまな表情をして。肉眼で見るときの感動、われわれがこの素晴らしいふるさとの地球を与えられていることへの感謝、その気持ちでいっぱいでした。

トヨタがJAXAと共同研究しているのは、「有人与圧ローバ」と呼ばれる、宇宙飛行士を乗せて月面を探査するクルマ。トヨタだけでなく、先進技術を持つ日本の多くの企業の協力を得て、オールジャパン体制で進めていこうとしている、と若田氏。

普通のクルマと比べて、月面探査車は何が難しいのだろうか。若田氏は、月面の環境の過酷さを挙げた。月面では昼も夜も約2週間ずつ続く。昼は温度が120度まで上がり、逆に夜はマイナス170度まで冷える。そんな環境下でも、クルマの中は人が快適で安全に過ごすことができることが求められる。もちろん、道なき道を行く走破性も必要だ。

若田
いろんな探査作業をするときに、このローバの中で、長い間、生き延びなきゃいけないっていうことで、「移動する」ということと、「人間が快適に安全に過ごせる」、そういった技術が必要になってくる非常にチャレンジングな取り組みだと思います。

宇宙空間を再現する巨大実験施設

若田氏の案内でいよいよ施設内の見学に出発。まずはJAXAロゴが入った白衣を着用する。

施設内を歩くと、目の前に現れたのは巨大な円盤状のドア。ゴーッと横にスライドして開くと、その奥には真っ暗な空間が広がっていた。この装置はスペースチャンバといって、宇宙の真空と極低温を再現するためのもの。マイナス170度という月面の低温環境もここでシミュレートできる。

次に訪れた部屋は、シールドルーム。壁、天井、床から無数のトゲトゲが突き出している。実は、これは電波の反射を抑えるための形状で、宇宙機自身が発した電波が反射して帰ってこないという、広大な宇宙の電波環境をここで再現する。

そして若田氏は運用管制室に案内してくれた。ここでは、実際に国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」の管制を行っている。宇宙ステーション内は、無重力(正確には微小重力)状態だ。ここでセントリフュージと呼ばれる遠心加速器を回すと、地球の6分の1という月の重力状態をつくることができる。

若田
6分の1G(6分の1の重力)でクルマがどういうふうに進むのか。月にはレゴリスという砂がありますが、そういった地上の土やコンクリートではないような斜面を、本当に上がっていってるかといったことを、実は「きぼう」のセントリフュージの中で再現をして、レゴリスの挙動を研究するとか。そういったことにも、実は宇宙ステーションは使えるんですね。

プロジェクトを救った「エンジニアの好奇心」

トヨタとJAXAの共同作業のきっかけをつくったのが、トヨタ自動車先進技術開発カンパニー月面探査車開発の大村幸人氏と、宇宙航空研究開発機構国際宇宙探査センターの末永和也氏の2人だ。

トヨタの大村氏が宇宙に目を向けたきっかけは、「トヨタの20年後、30年後を考える」というワーキング活動に参加したことだ。トヨタはこれまで、ランドクルーザーに代表されるように、前人未到の地を開拓したり、人の探究心を刺激するクルマをつくってきた。では今後どんなフィールドに進出するのかと考えたときに出てきたのが、「トヨタ x 宇宙」で何かをやれないか、ということだった。

一方JAXAの末永氏は、以前から「トヨタを宇宙開発のど真ん中に巻き込むことで日本の宇宙開発を変えたい」という想いがあった。そんな2人が出会い、トントン拍子に話が進むかと思いきや、そうではなかったという。

トヨタ社内には「これは本当に商売になるのか」という声など、反対意見も多かった。最終的にプレゼンテーションをする機会も与えられず、この企画は一度つぶれかけたという。そんな状況からプロジェクトを救ったのが、トヨタの取締役・執行役員である寺師茂樹氏だった。

末永
この企画は一回死んでるんですね。

大村
社内にはいろんな反応がありまして。「これは商売になるのか」という。それはごもっともな話であって。

末永
最終的に本委員会でプレゼンする機会っていうのを与えられなかった。

大村
上司がうちでやってみたらどうだと言ってくれて、そこで気付いたのは、自分たち自身も「これをトヨタがやってたらワクワクするよなっていうところがモチベーションだったよね」というところで。しっかりと確信を持って、うちの寺師に話をして、正式に認めてもらって、やっていく準備をしよう、と。

なぜ寺師氏はこのプロジェクトを救ったのか。その意図、そしてこのプロジェクトの意義を寺師氏に聞いた。

トヨタイムズ
先ほど末永さんと大村さんが5分のプレゼン、10分質問タイムの5分のうちの3分で「よし、それやろう」って寺師さんがおっしゃってくれた、と。

寺師
たぶん、それはエンジニアの好奇心だと思うんですね。従来、分からないことを解きほぐしていくっていうプロセスがエンジニアにはあるんですけど、月面って聞いたときに、何が分からないかを分かるっていうプロセスが加わるんですね。

だから、まず「このプロセスというのは日頃の仕事ではなかなかやれない」「これはぜひやってみたい」というのが、最初にあったんだと思います。たぶん「自分でやりたい」って思ったんです。

日本はどこで勝負するのか

なぜ月面ローバというプロジェクトテーマを選んだのだろうか。その理由について、末永氏はこう説明してくれた。現在、人類は人工衛星や国際宇宙ステーションが周回する地球の低軌道から、月や火星に活動領域を拡大しようとしている。2030年代から月面に拠点をつくるという大きな計画も、国際協力体制で動き始めている。

では日本はその中で何をするのか。そこが非常に重要なポイントになる。

末永
国際協力でやるってことは、協力でもあり、競争でもあるんです。「一番重要な要素を、自分たちの国で分担したい」というのがあります。その中で日本はどんな技術が得意かというと、「きぼう」で培った有人の宇宙滞在技術、それと自動車。この2つを合わせた技術、つまり日本がやるべきで、日本だからこそできる技術というのは「有人与圧ローバ」だろうというのが私たちの想いでもあるし、その国の威信を背負っている、と。
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