レースを戦い抜いたプロのドライバーたちが、水素エンジンに感じたこと

2021.07.05

水素エンジンは、実際のところどうなのか。レースに出場したプロドライバーたちに、森田記者がインタビューした。

水素エンジンで24時間耐久レースに参戦するという、未来を切り拓くチャレンジを行ったトヨタとROOKIE Racing。実際にサーキットを走ったドライバーたちは、何を感じ、どんなことを考えたのだろうか。そして、水素エンジンは本当のところ、どうだったのか。森田記者が実際に水素エンジンのカローラを走らせたプロのレースドライバーたちにインタビューした。

半年でここまで走れるのは奇跡に近い

まず森田記者が話を聞いたのは、スタートドライバーを務めピットに戻ってきたばかりの小林可夢偉選手だ。水素のみを燃料とする車両が耐久レースを走るのは、世界で初めてのこと。つまり可夢偉選手は、世界で初めてレースで水素エンジン車を運転したドライバーということになる。

スタンドから観戦していた森田記者は、水素エンジンの音はガソリンエンジンとはちょっと違うと感じていたが、運転していた可夢偉選手も同感のようだ。

森田
水素エンジンの音は、やっぱりちょっと違うなと外から見ていて感じたんですけど、どうですか?

小林
そうですね。ちょっと、かん高い音がするんですよね。このエンジンって、(GR)ヤリスのノーマルエンジンに、インジェクター付けて水素に変えているので。レース仕様のエンジンにすれば、もっと音も出せると思うし、もっと高回転を狙えると思います。

だが、この水素エンジンのコンセプトは、あえて既存エンジンからの変更点を少なく、性能を実現すること。それによって、この技術が広く展開できることを証明し、さらには多くの人が身近に感じる技術にすることも目標にしているのだ。

可夢偉選手は、2021年1月に24時間レースへの参戦を決めてからのこの短い期間で、ここまで走れるクルマをつくれたのは「奇跡に近いようなもの」と、関係者の努力とスピード感を表現した。今回のレースをきっかけに、その気持ちをさらに多くの人につなぎ、「いつかは水素のクルマでカーボンニュートラルに向かっていけるような時代になればいい」と熱く語った。

森田
レーサーにとって、今回のこの水素エンジンっていうのは、どういう位置付けのものになりますか?

小林
正直に言うと、今はゴールがどこか、分かっていないです。最終的には、この水素燃料がお客さんのところに届かないといけないですよね。単純にクルマをつくるだけじゃなく、水素ステーションがもっと増えるとか、そういうこともすごく大事だと思うんですよ。今は、2050年が目標として言われていますけれども、30年後にそこまでいけるのかというと、正直不安です。だからこそ、このスピード感があれば可能なんじゃないかな、と個人的には思っています。

全員で乗り越えた深夜のトラブル

スタートから順調に走行していた水素エンジンのカローラだったが、もうすぐ日付が変わるという深夜に電気系統のトラブルが発生。緊急ピットインをして、メカニック、エンジニアに、松井孝允選手と小林可夢偉選手も加わり、総出で4時間もの大修理となった。深夜にも関わらずモリゾウ選手も駆け付け、チームメンバーを激励して回る。松井選手は、チームの団結力に感銘を受けたという。

森田
夜にトラブルがあって、車が止まったと。

松井
コーナーを曲がっている途中で、電気系のトラブルで電源が落ちてしまったんです。再起動したら戻ったので、そのままピットに入って修理になったんですが、その場にいたドライバーは復旧を手伝ってくれました。

小林可夢偉選手もそうですし、モリゾウさん(豊田章男社長)も激励に来てくださって。メカニックだけじゃなくて、みんなで直すという、その作業も僕としては、すごく勉強になりました。結果的に、こうして直って、また走れているので、良かったなと思います。

ワクワク度はケタ違い

「エンジン音を聞きながらドライブする感覚がすごく楽しい」と満面の笑みで話してくれたのは井口卓人選手。その笑顔の正体は、「これが未来をつくりあげていくんだな、という期待」だという。

カーボンニュートラルが叫ばれるようになり、自動車の世界にも二酸化炭素を排出するエンジンは過去の遺物、電気で動く未来こそが未来、のような風潮が漂っている。頭ではそれが時代の流れだと分かっていても、少年のころからレースの世界に身を置き、エンジンの鼓動をそばで感じてきたレーシングドライバーにとっては、どこか一抹の寂しさを感じることもあったに違いない。

そんな中、突如として水素エンジンのレーシングカーが現れた。ガソリンと変わらない勇ましいエンジン音をとどろかせながら走るのに、二酸化炭素(CO2)はほとんど排出しないという夢のようなエンジンだ。そんなエンジンを搭載するクルマを駆って24時間レースを走るのだから、井口選手の喜びもひとしおだろう。

森田
走る喜びはもちろんのこと、つくる喜びみたいなのも皆さんは感じていませんか?

井口
いろんな不安もありつつ、でもワクワクしているというか。今回の挑戦は、新型のレーシングカーというよりも、もっと先の未来を見据えた車両での挑戦なので、ワクワク度、期待感は違いますよね。

森田
ケタ違い?

井口
はい。全然違います。

レースの現場が進化を加速する

開発段階の早い時期から水素エンジン車に乗ってテストしてきた佐々木雅弘選手は、今回のカローラの進化スピードは驚異的だった、と振り返る。

森田
(水素エンジンが)カローラに搭載されて最初に乗ったのはいつですか?

佐々木
実は本当に期間が短くて、2週間前にここ富士でシェイクダウンをして、そのときに初めてこのカローラでドライブさせてもらって、少しずつ改良を重ねて今の状態になってます。

最初に富士スピードウェイを走ったときのラップタイムは、1210秒切れるかどうかだったと佐々木選手。ところが2週間のうちにどんどんタイムを縮め、レース本番で佐々木選手は24秒フラットを出したという。わずか2週間の間に、6秒以上も縮めたことになる。

森田
2~3週間で6秒、7秒縮まることってすごいことですか?

佐々木
それはものすごいことで、例えばマラソンで1秒詰めるって本当にすごいし、100メートル走なんかはコンマ1秒ってすごい差だと思うんですね。僕らも本当に煮詰まったレーシングカーで1秒伸ばすっていうのはすごく大変なんですよ。その中で、5秒、6秒詰まったというのはそれほど進化のスピードも速いっていうことと、その先にはもっとすごいタイムが見えるということなので。レースという現場を使ってすごく速いスピードで進化を遂げていくのではないかなと思います。

楽しいクルマが、生き残れる

石浦宏明選手も、水素エンジンの開発スピードに驚いたひとりだ。まだまだレースが続く今の時点で、メカニックの方々からは「次のレースまでに直す箇所がいくつも見つかった」という声を聞いているという。「レースの現場じゃないとできない開発スピード、というのが本当にあるんだなと思いました」と参戦の意義を強調した。

そして石浦選手が大切にしているのが、「音」。試作のときから、開発者たちは「音を聞いてください」と言っており、実際どのエンジンもいい音がしていたという。石浦選手が音にこだわる背景には、子どものころの原体験がある。

石浦
僕は子どものころ、その辺の芝生でずっとレースを見ていたんですよ。毎週末、富士スピードウェイに父親と来ていたんですけど、何が楽しいって「音」なんですよね。音と迫力、スピード感。それを毎週末、ここで金網にくっついて見ていました。

その感じが、あの水素エンジンのクルマにはあるので。お客さんにとっても、走っている姿は音も含めて、迫力があると思います。乗っているほうも楽しいし、見ているほうも楽しい、そういうクルマになっているので、これはモータースポーツにぴったりだなと思います。

カーボンニュートラルに向けて、そういう「いい音」がするような、楽しめるクルマがなくなっていくのかな、とすごく心配していたんですけど、「お、そんなことないぞ、未来は明るいぞ」と。「楽しいクルマが、たぶん生き残れるよ」と。そう思っています。

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