東京2020選手村内で移動をサポートしているe-Palette。開会式の日、豊田社長が向かった先はその運行管理チームのところだった・・・
トヨタは、東京2020に出場するアスリートが安心して闘える安全な大会運営の実現に向け、モビリティの支援を行っている。そのひとつが選手村のe-Palette。
16台のe-Paletteが選手村構内を走り、滞在する選手たちの構内移動をサポートしている。
オペレーターは乗車するが基本的には自動運転。トヨタ社員を中心としたチームが4組3交代の24時間体制で、その運行管理にあたっている。
選手たちも入村し、いよいよ本格稼働が始まったe-Palette運行。7月23日、開会式が行われる日の昼過ぎに、豊田社長は、その運行管理チームの現場激励に向かった。
管理室に入った豊田社長はいつもの作業着姿、工場の現場視察と同じである。
まずはモニターに映るリアルタイムの状況を見ながら、担当者から説明を受ける。
その後、“自動運転を止めてマニュアル運転に切り替えるようなトラブル”は起きたのか?と質問。
「ありがたいことに、今のところ、それはない」と担当が答えていた。
そして、そこからの豊田社長と担当のやりとりが、とても興味深いものだった。
豊田:(トラブルは)その内あるよ。
担当:覚悟はしてます…。
豊田:1回や2回はあるからね、それは楽しみにしたほうがいいと思うよ。
担当:ドキドキしてます。
豊田:楽しみにしといた方がいいと思うんだよな…。
担当:ありがとうございます!!
「ありがとうございます!!」と頭を下げた担当の表情は、なんともホッとした感じで嬉しそうだった。その後もやりとりは続く…
豊田:お!来たかぁ〜!みたいなやつ…。
担当:豊田さんにそう言ってもらえると、とても嬉しいです。
豊田:絶対そうだって、こんなもの…。
担当:それが無いように日々の努力はしてます…。
豊田:違う違う違う…“無いように”ってさ…、“あったって”いいんだよ!
担当:ありがとうございます。
豊田:そのために準備してるんだから!ね!? 一応あれだよね?危険なことは1回もないんでしょ?
担当:今のところは…。
豊田:そこだけだな…、そこだけ! 緊急ストップだろうがなんだろうが、それはしょうがないって。
担当:ためらわずに(緊急ストップボタンを)押せという指示が出ています。
豊田:そうそう、とにかく事故だけはゼロにして、あとはいいって!あとは適当でいいよ! だって、そこまでジャストインタイムじゃないんだもん。ちょっと遅れるとかさ…それを急いで、怪我させたとか、それだけは避けたい!
この話が出て、担当者の表情は明らかに柔くなり、部屋全体にも、安心感が漂い出したように思える。
おそらく担当者たちは「絶対に失敗があっちゃいけない」という思いで、今まで準備を重ねてきていた。そして本番を迎えるや、社長が視察にやってくる…。
普通なら「世界中が注目する大舞台…、そこで我が社の技術を示すチャンス…。おまえら絶対に失敗するなよ!」と願うトップが見回りにやってくると担当者たちは身構えてしまう。
しかし、実際にやってきたトップは「トラブルを楽しみにしておけ!」「緊急ストップだって、しょうがない!」しまいには「適当でよい!」とまで言ってくる…。
もちろん大切なところは守れとは伝えていたが、この“拍子抜けの言葉”に、緊張していた担当者たちは間違いなく救われていたように思える。
おそらく、豊田社長も、担当者たちがさまざまなトラブルを想定した訓練を重ねていることを知っている。だからこそ、これから続く大変な日々に向けて、こんな声がけをしたのだろう。
その後、豊田社長は、その部屋にいる担当一人ひとりとコミュニケーションをとっていく…。そして、最後に、もう一度みんなに向けて話をした。
豊田社長
オリンピックは、いろいるあるけれども…、アスリートと、実務の現場というのは、大変なんですよ。
実務の現場を回しているところがね…、最近の報道では幹部のゴタゴタで、こっちの(実務の)頑張りに、関心がいかないけども…。
それでもいいからやってください…、それでもいいからやってください!
それが我々がやることだし、現場で誰かが実務を回さない限り、この安心安全のオリンピックはできないと思うので…。
人の輸送というのはね、単にA地点からB地点に人を移動することかもしれないけど、英語で“動く”と書いて“感動”という意味もある。
ぜひ、日本の東京オリンピック良かったなぁっていう感動を与えてくれると、きっと日本に対しての気持ちも、このゴタゴタを超えて良くなると思いますので、ぜひ頑張っていただきたいと思います。
この話が終わった時、横にいた担当者はインカムに入った小さなトラブルの対応に追われていた。それに気づいた豊田社長は、その担当者に話しかけた。
豊田:トラブル?
担当:はい、ちょっと…。
豊田:大したトラブルじゃなかったね。
そして、みんなに聞こえるように「早くでっかいトラブル来ないかな…」「じゃ、健康に気をつけて、頑張ってくださいね!」と言い、その部屋をあとにした。
その日の夜、開会式には出ないと宣言していた豊田社長の姿は、トヨタイムズのアスリート応援企画「トヨタイムズ放送部」のスタジオにあった。
出演後、編集部は「なぜ開幕の日に、真っ先に運行支援の現場に行ったのか?」を聞いてみた。
豊田社長
自分も、若い頃から改善マンとしてやってきた。
当時から、いくら改善をしようとしても、周囲の理解が得られなかったり、反対されたり、さらには邪魔をされたりして、どうしようもない無力感を感じたことが何度もあった。一生懸命やっても、結果が伴わない経験も数えきれないほどしてきた。
もしかしたら、今回、現場に派遣した仲間たちが、そんな気持ちを味わいながら頑張っているんじゃないか?と心配でたまらなかった。だから、現場が動き出したら、すぐに行かなきゃって、ずっと考えてました。
この間のメッセージ映像のときも言ったけど、僕にとって、アスリートは家族。そして、現場で実務サポートをしているメンバーだって同じく家族だと思っている。
頑張ってる家族がいたら、すぐ現場に行って声をかけたい。困っていることはないか?って聞いてあげたい。なんとかできるなら、なんとかしてあげたい。
今回、現場に行って、みんなに声をかけてみたら、同じ改善魂の“匂い”をすぐに感じとれた。だから、初めて会ったメンバーだったけど、すぐに同じ言語で話ができるなってわかった。
やっぱり、大事な家族だなって思えました。
大会が始まったら、すぐに現場に行けるように事前のPCR検査をしておいて本当によかったよ(笑)