トヨタ11代目社長・豊田章男の社長在任14年を振り返る特集。前編は商品を切り口に変革の軌跡を見ていきたい。
「町いちばん」のクルマ屋を目指して
海外では2022年12月、タイトヨタ60周年式典で「IMV0」というコンセプトが発表されている。
豊田はこのコンセプトについて、「お求めやすく、真にイノベーティブな新しいIMVピックアップトラックを、もう一度タイでつくろう」と語り、購入者のライフスタイルやニーズを踏まえ、移動の自由や経済成長をサポートするクルマにするという決意を示している。
IMVプロジェクトの構想が公表されたのは2002年。当時のトヨタは、北米での販売が堅調に伸びており、新興国のシェアは高くはなかった。
それでも需要のある地域で、より安価で、迅速にクルマを提供しようと、世界規模で共通プラットフォームをつくり、エンジンや部品も共用。「Made by Toyota」として、より効率的な供給体制の構築を目指していた。
このプロジェクトを統括していたのが、当時アジア本部長を務めていた豊田だった。
2004年には、第1弾となる新型ピックアップトラック「ハイラックスVIGO」が、タイから発売。開発においては、自身もタイに赴き即断即決で陣頭指揮を執った。
タイでは、ピックアップトラックは通勤から仕事用、趣味のクルマとして幅広い人気がある。走行性能の高さもあり、最初の一台として選ばれやすいのも特徴だ。
60周年式典の壇上で、豊田は「ハイラックスVIGOのローンチは、私のキャリアの中でとりわけ思い出深い経験であり、どのプロジェクトよりも、リーダーシップのあり方を学ぶ機会にもなりました。この経験で多くを学ぶことができ、今の私があるのも、タイの皆さまのおかげです」と振り返っている。
IMVシリーズは、その後もSUVタイプの「フォーチュナー」やミニバンの「イノーバ」などを、アジアや南米、アフリカなど各地域のニーズに適した形で生産・供給。世界各地の生活を支えるクルマとして愛用されている。
受け継がれる「グローバル・フルラインアップ」
スポーツカーや商用車、新興国向けのクルマも、豊田が社長に就任するまでは、いわゆる「売れないクルマ」として後回しにされていたものだ。しかし豊田はそれらのクルマに再び光を当てた。
これらのクルマに加え、初代プリウスから続くHEV(ハイブリッド車)、MIRAIに代表されるFCEV(燃料電池車)といったカーボンニュートラル時代に対応した車種も継続して展開。「遅れている」と言われるBEV(電気自動車)に関しても、2022年にトヨタ初の本格BEVモデルbZ4Xが発表されている。
2021年には水素を燃料とするレーシングカーが世界で初めてレースに参戦する。水素エンジンを積んだカローラには、豊田もモリゾウとして乗り込み、富士スピードウェイ(静岡県小山町)での24時間耐久レースを完走。大きな話題を呼んだ。
さらにはその2年後、今度は燃料を気体から液体水素に変えたカローラが、同レースに挑戦。液体水素エンジン車によるレース参戦も世界初の試みだったが、無事24時間を走り切った。
冒頭にもあげた2023年の年頭あいさつで、豊田は次のように続けている。
クラウンやカローラといった「ロングセラー」が息を吹き返し、86やスープラ、GRヤリスといった「スポーツカー」も復活しました。
働くクルマ、商用車も大切にしています。HEVからBEV、水素まで、電動車もフルラインで揃っています。
「TNGA」と「カンパニー制」と「地域制」。この3つが相まって、世の中が必要とするどんなジャンルのクルマでも、それを一番に考え、実現できる人が、いまのトヨタにはいます。
だからこそ私たちは、カーボンニュートラルという難題に直面しても、それぞれの国や地域にふさわしい山の登り方や「マルチパスウェイ」を提案できるのだと思っております。
世界を見渡せば、エネルギーの状況は様々で、電力インフラが十分に整っていない地域もたくさんあります。クルマがライフラインとなっている人たちもたくさんいます。みんな、私たちのお客様であり、みんな、置かれている「現実」が違うのです。
「誰ひとり取り残さない」「すべての人に移動の自由を」。
そう願うからこそ、私たちは「グローバル・フルラインアップ」にこだわり、日々、努力を続けているのです。
トヨタ自動車の社長として、マスタードライバーとして、モリゾウとして―。
さまざまな立場でクルマづくりの現場に立ち続けた豊田。その14年間は、トヨタの商品の変化に表れている。