トヨタがなぜ家をつくるのか。その答えは、クルマづくりの原点と深くつながっている。トヨタの住宅事業、50年の軌跡。
苦難乗り越え独り立ちへ
1982年の「オーク」のヒットもあり、80年代後半からは生産体制が強化されていく。手狭になってきた外山工場を離れ、87年に初の住宅専用工場となる春日井事業所(愛知県春日井市)が操業開始。続けて栃木事業所(89年)、山梨事業所(91年)が立ち上がり、3工場で年間5,000棟の生産体制が整えられた。
自動車と並ぶ事業の柱へ、機は熟した…と思われたが、山梨事業所の開所と時期を同じくしてバブルが崩壊。思うように販売戸数は伸びず、対して工場生産であるがゆえの大規模設備の固定費が経営を圧迫する。
長く赤字体質が続いたが、95年から取り組んできた原価改善の徹底、販売奨励金制度廃止による販売店の独立採算型への移行、さらには競争力の高い商品展開により2000年に黒字転換を果たす。同年度では、愛知県の戸建販売戸数で初めてトップにも立った。
そして2003年、トヨタ自動車の住宅事業部から住宅事業の営業・マーケティング・施工機能が分離。「トヨタホーム株式会社」が設立する。
続けて08年に住宅の商品開発機能を、翌09年に残る事業企画、技術開発、生産の各機能も移管することを決定。2010年、トヨタホームはついにトヨタ自動車から完全独立することとなった。
分社化を発表した2009年、豊田章男社長(当時)はこのように語っている。
お客様第一にもっとよい住まいを提供するために決断をした。
この完全分社化を私流の表現で言えば「子どもが独り立ちする門出の時」。
これまで子どもが自立化に向けて、ある部分は親が協力をし、子どもの成長をずっと見守っていたが、今は、頼もしく成長し、完全に独り立ちできて、非常に喜ばしい。私は分社化の決断をする最後のランナーだった。2003年の設立以降、この事業が独り立ちすることを目的に着々と準備を重ねてきて丁度時期が今になった。
トヨタホームには、豊田章一郎 名誉会長も思い入れがあるかもしれないが、私自身も大変思い入れがある。今もトヨタホームに住んでいるし、当時、ユタカプレコンが最初に作ったコンクリート住宅で育った人間。そういう意味でも私にとってはトヨタの住宅のブラッドが家庭環境の中でも流れており、ある意味、思い入れは同等と思っている。
名誉会長をはじめ、これまで住宅事業に取り組まれたOBの方々も「かわいい息子が独り立ちしたのか」「トヨタホームにもそういう日が来たのか」「これからも地域の皆様やお客様にご愛顧いただくよう頑張れよ」というエールを送っていただいている。
道がクルマをつくると言っているように、地域ごとにクルマもお客様も違う。トヨタではクルマで地域ごとに責任者を設けて取り組んでいるが住宅事業では立花(貞司)専務や森岡(仙太)社長が中心となって自立化に向けて頑張ってきていただいた。
そういう体制のもと、親会社であるトヨタ自動車がしっかりとはしごを支えるという安心感の中、顧客第一の思想を持ち、スピーディに良品廉価な住宅づくりに邁進すれば、必ずやお客様に喜んでいただき、それを扱う販売店も喜び、トヨタホームにとっても良いことであり、それはトヨタ自動車にとっても良い。
自立を喜ぶ門出の時と考えていただきたいし、そのようにご理解いただきたい。
2025年、トヨタホームは創業50年を記念して、これまでの足跡を振り返ることができる歴史館を設立した。ここには、1977年に建てられた住宅のユニットがそのまま使われている。カチオン電着塗装の高い耐久性が証明された形だ。
「ここまでモノづくりにこだわれる会社は少ない」
歴史館設立に尽力したトヨタホームの田中透 執行役員は、2000年にトヨタ自動車にキャリア入社し、その後トヨタホームに転籍した経歴を持つ。レイアウト検討にあたって、ちょうどトヨタグループの歴史を学ぶ研修とタイミングが重なったという。
田中執行役員
トヨタホームの原点は、関東大震災や戦後の焼け野原を見た、佐吉さん、喜一郎さんの言葉が原点になっています。トヨタグループとしての「誰かを想う発明」の歴史がベースにあって、トヨタホームの歴史も始まっています。そういった原点を知っていくうちに、我々の歴史を大事にしていかなければいけないという想いが強くなっていきました。
(研修の中で)佐吉さんが発明にかけた壮絶な人生を送られてきたことや、豊田式木製人力織機の発明にどれだけの想いを持って挑まれていたのかを学びました。
母を想い、自分以外の誰かを想ってのめり込み、懸命に開発してきたことを伺って、本当にすごい方だなと。
その時に、佐吉さんのお父さんの「伊吉さん」が腕の良い大工だったということもお聞きして、すごく親近感が湧きました。佐吉さんは、織機の研究開発に没頭するまでは、お父さんと一緒に大工をされていたようですし、豊橋の大工の棟梁のもとへ修行に行かれたりもしたそうです。
そのように大工として家に関わる仕事をされてきたからこそ、関東大震災で街の惨状をご覧になって、「家に対する想い」が出てきたのだと、私は思っています。
トヨタ自動車に入社する以前もハウスメーカーに勤務し、住宅一筋でキャリアを積んできた田中執行役員。実家が建具屋だったこともあり、身近に職人がいる環境で育ったという。それだけにトヨタ自動車、そしてトヨタホームのモノづくりにかける熱量を強く感じている。
田中執行役員
ハウスメーカーの括りであっても、デベロッパーの括りであっても、ここまでモノづくりにこだわれる文化がある会社は、少ないと思うんです。
事業を効率的に、回転を上げていくことも当然必要なのですが、「もっといいモノづくり」にこだわっていくことへの許容度みたいなものが、トヨタはものすごく高い。
私もよく仲間に「ここまでこだわらせてもらい、さまざまなトライをさせてもらえる会社なんかないよ」という話をします。もちろん、責任もついて回りますが、それも楽しいです。
モノづくりを大事にしているところは、トヨタもトヨタホームも同じだと思っています。
一方で、こうしたモノづくりや品質へのこだわりが、お客様のもとへ届いていないという課題感もある。全国の販売店を訪ねると「工場が我々の強みなのに、訴求がまだ足りていないのではないか」という声も聞こえてきている。
「トヨタホームが工場品質を追求しているところは、もっと掘り下げられるし、お客様に知っていただける方法がまだまだあるんじゃないかと思っています」
度重なる災禍に見舞われた街を前に生まれた、“もっといい家づくり”への想い。それは、クルマづくりで培った技術と品質へのこだわりを武器に、幾多の挑戦を乗り越えて今日に至っている。
そして、本稿の公開と時を同じくして、こうしたトヨタ自動車とトヨタホームの絆を感じさせるCMがオンエアとなった。この中で娘役の當真あみさんが、ホームステイにやって来た留学生のベッカーに、こう語りかけている。
「これもトヨタの家。トヨタホーム!」
モノづくりへの飽くなき追求は、トヨタ自動車とトヨタホームに通底する強さの源泉であり、その精神は完全分社化した後も、それぞれの現場に脈々と受け継がれている。
クルマづくりの技術がトヨタホームの工場に生かされている様子については、後日トヨタイムズスポーツの森田京之介キャスターが、現地リポートする予定。そちらも合わせてご覧いただきたい。