2010年の上海万博で注目を集めたトヨタのバイオリン演奏ロボット。活躍の場を変えながら、今もその音色は続いている。今年、機体トラブルをきっかけに、かつての開発者たちが十数年ぶりにロボットのもとを訪れた――。
万博の後にできた、新しい舞台
上海万博を終えると、楽器演奏ロボットはトヨタの展示施設などに活躍の場を移しながら、来場者の前で演奏を続けた。
2014年からは、上海万博で使用されたバイオリン演奏ロボットがトヨタ産業技術記念館で演奏を開始し、「パール」と名付けられた。現在は初代に代わり、同じく上海万博向けに製作された別の機体が「2代目パール」として演奏を続けている。
「演奏時間が迫っているときにエラーが出ると、間に合うかなって、ドキドキします」
そう話すのは、トヨタ産業技術記念館の南川友里さん。
一日の仕事は、開館前にパールを起動することから始まる。毎回の演奏前には、その都度、バイオリンを調弦し、弓に松やにを塗り、パールに弦を一本ずつ弾かせながら、正しく動作しているかを確認する。
南川さん
再起動してもエラーが直らなければ、その回の演奏をキャンセルしなければなりません。でも、復帰するとお客様がすごく喜んでくださるんです。
「このロボットの演奏を聴いて、子どもがバイオリンを習い始めたんです」と教えてくださったお客様もいらっしゃいました。逆に「音痴だね」と言われることもあります(笑)。
上手な演奏ではないかもしれないけれど、それもひとつの人間らしさなのかなと思います。
「何とか動かす」元保全マンの仕事
トヨタ産業技術記念館の佐藤元治さんは、かつて高岡工場で設備保全に携わっていた。その経験を生かしながら、これまで可能な限り、自分たちの手でパールを動かし続けてきた。
今年5月、右腕の通信異常に加え、弓を正しく調整できない不具合が発生した。佐藤さんは、考えられる原因を点検メーカーとともに一つずつ洗い出し、配線を一本ずつ確認していった。
原因の一つは、弓の状態を検知する信号を送る、右腕内部の通信ケーブルだった。長年の動作による配線の接触不良で、正常に動いたり、突然エラーになったりしていた。
本来なら、傷んだケーブルを体内で交換したい。しかし、その作業には時間がかかり、その間、ロボットを動かせなくなる。
「お客様は、ロボットが演奏している姿を見たがっている」
佐藤さんは、ケーブルをあえて体の外へ出し、右手までつなぐ方法を選んだ。
引っ掛かりや突っ張りがないか、約100回演奏させて確認。問題なく動作することを確かめた。
佐藤さん
メカニックの部分は、自分なりにできることをやって、何とか動かしています。チャレンジの連続ですね。
今、外に出しているケーブルも、やむを得ずそうしているんです。いつかまた体内に戻したいという思いがあります。
目の前の不具合は解消した。しかし、製作から十数年が経った機体には、これからも同じような問題が起きる可能性がある。また、コンデンサーなど、既に生産が終了し、補給できない部品も増えてきている。
佐藤さんは、今後の延命も含めてトヨタ側に相談することにした。しかし、現在トヨタでロボット開発を担う部署には、16年以上前の開発現場を知るメンバーはほとんど残っていなかった。
手がかりをたどるうち、連絡はやがて、かつてバイオリン演奏ロボットをつくった技術者たちへとつながっていった。
十数年ぶりに開いた設計資料
パールの状況について連絡を受けた小林さんは、開発当時の設計図や仕様書を開いた。このロボットの資料は、今も手元に残していた。
小林さん
いつかこんな日が来ると思っていた――わけではなくて、単純に思い入れが強かったので残していたんです。
久しぶりに開くと、「そうそう、ここのボルトを取れば、この電気品に触れられる」と、すぐ記憶がよみがえりました。
小林さんは資料を確認しながら状況を整理した。ただ、自身の専門は電気系で、バイオリンそのものに関わる部分まではカバーしきれない。
「伊豆さんにも声をかけよう」
そうして、2人で状況を確認したうえで、「まずは現地現物で見てみよう」とトヨタ産業技術記念館へ向かった。
そこで初めて、佐藤さんらが十年以上にわたり、どのようにパールを動かし続けてきたのかを目の当たりにした。
伊豆さん
機体を目の前にして、感動しました。よくぞ、まだ動いていたな、と。当時の音の外れ具合までそのままで(笑)。
ここまで動かし続けてきた皆さんの職人魂を感じましたね。
外装を開けると、懐かしさだけではないものが見えてきた。補修されたケーブル。注意点を書いた付箋。
それは、10年以上にわたりパールを動かし続けてきた人々の、工夫と執念の跡だった。
小林さん
よく頑張っていたね、お利口だねって、子どもを褒めるような感覚でした。現場の皆さんが、来場者に楽しんでもらいたいという想いで、ずっとパールを守り続けてくださっていた。それを初めて知りました。
普通に考えれば、いつ動かなくなってもおかしくない状態です。かなり上手に維持してくださっていたんだと思います。
2人は佐藤さんらから、これまでの修理やメンテナンスの状況を聞きながら機体を確認。今後も演奏を続けていくため、予備機の部品活用なども含め、対応について話し合った。
その中で、長い年月の間に、バイオリンを保持する位置がわずかにずれていたことも分かり、位置を調整。音程もぐっと改善した。
つくった人から、守る人へ。そしてまた――
パールは今日も、トヨタ産業技術記念館で演奏を続けている。
南川さんはこう語る。
南川さん
パールの演奏を通じて、自動車の進化を支えてきた技術が、いろいろな形に広がっていくことを感じてもらえたらと思います。
できるだけ長く、この先も演奏を続けてほしいですね。
バイオリン演奏ロボットを世に送り出した後、伊豆さんと小林さんは、それぞれの立場でロボット開発の経験を生かしてきた。
伊豆さんは、現在のパールを見ながら、こんな言葉を口にした。
伊豆さん
こうして動く状態のまま残していただいているのは嬉しいですね。トヨタの技術の歴史を伝える場所で、このロボットも見てもらえているのはありがたいことだと思います。
この20年で、世界のロボット技術はものすごく進化しました。十数年前の我々の取り組みが、今につながっているのだと思います。そう考えると本当に嬉しいですね。
上海万博後、歩行リハビリ支援ロボット「Welwalk(ウェルウォーク)」や活動量計測システム「Welgain(ウェルゲイン)」など、人の動きを支える技術や事業にも携わった小林さんは、今回の出来事を通じて、自らの技術者としての出発点を思い出していた。
小林さん
私がトヨタに入社した理由は、愛知万博で楽器を演奏するロボットを見て「自分もあのロボットを開発したい」と強く思ったからです。
今回パールに再会して、人との出会いを大切に、未来につながる、世の中のためになるものづくりに携わっていきたい、という初心を思い出しました。
ある日、パールの演奏を聴いたひとりの子どもから、南川さんはこんなことを尋ねられたという。
「将来、こういうロボットをつくれるようになるには、どうすればいいですか?」
人々がつないできた音色は、今日も誰かの心に小さなきっかけを残している。