5月の決算説明会で佐藤恒治社長が語った「モビリティカンパニーへの変革に必要な足場固め」。今、トヨタが乗り越えるべき課題とは?
上流から下流まで “共通言語”で話す
こうした状況を打開するため始まったのが、車両開発システム「OMUSVI」の構築だ。
OMUSVIとは「Organized Master Unified System for Vehicle Information(共通言語化したコラボレーションシステムとしての車両情報)」の頭文字をとった略称であり、情報を“結ぶ”という意味も込められている。
「車両仕様書」の“共通言語化”を進め、「読み替え」を廃止するのが目的だ。
もともと、仕様書の“言語”を部門や車種ごとに最適化してきたことで、販売店から集まるお客様の声を、営業や生産を通じ、最上流である企画までタイムリーに上げられないという事態が発生。
極端に言えば、機能や組織の壁を越えるたび、国境を越えるがごとく、英語から日本語に、そして中国語に…と翻訳を挟んでいるような状態となっていた。
お客様のフィードバックを機能横断で共有し、即座に反映するクルマづくりはできないか。お客様と会話ができる仕様書をつくろう。OMUSVIはそんな問題意識のもと始まった。
クルマづくりの源流である企画から、川下の販売現場まで車両仕様書を共通化するには800以上の既存のシステムを変更する必要がある。
これまでは全体を一気通貫で管理する人がおらず、改革に着手できなかった。その状況を変え、情報が双方向かつリアルタイムに流れるようにするのが最終目標だ。
車両の企画が始まったのち、工場で製造する仕様がどのように決まり、販売店のカタログに載る装備がどう絞られていくのか。それら一連の業務の物と情報の流れを、トヨタ生産方式の考え方に基づいて整理。
具体的にどこで「読み替え」が発生しているかを洗い出した(以下イメージ)。
ムダの発生箇所を特定したのちは、 企画部門で使う車両仕様書をベースにし、共通言語を策定。「読み替え」を廃止したクルマづくりをバーチャル環境で試験していく。
また、「読み替え」廃止と並行して、販売店でお客様に選んでいただける装備の組み合わせを起点に、生産する仕様数を絞っていく。
それにより、必要な部品とそれを生産するための金型が減り、クルマをつくるリードタイムが短くなるだけでなく、仕入先の負担も減っていく。
プロジェクトリーダーの和田敏尚は、既存システムの制約で、人が手を動かし、時間を使っているというムダが生じている現状に対して「人がシステムの番人になっているのを変えなくてはならない」と語る。
OMUSVI 和田プロジェクトリーダー
リアルタイムな情報伝達ができないのが最大の課題です。
お客様が真に必要とする仕様はなにか、どのような要望があったのか。販売店が得た情報を企画まで吸い上げ、クルマづくりに反映させる。そのためには上流から下流まで、一気通貫で情報という血液を流さなくてはならない。
「読み替え」をなくし、お客様の情報が社内にめぐる大動脈をつくる。すぐに成果は出ませんが、10年後のトヨタの働き方を変えるため、今できることを始めなくてはなりません。
2021年3月に数人で集まり始まったこの活動は、まさに「読み替え」に膨大な時間を費やしてきた企画、設計、生産、営業をはじめとした社内の関係部署の有志が集まり、300人を超える規模のプロジェクトとなった。
検証を重ねたのち、2023年から新システムの開発に着手。25年以降、実際のクルマづくりを通じてOMUSVIの適用が進む予定となっている。
余力を生み、お客様のために使う
OMUSVIはトヨタのDX(デジタル・トランスフォーメーション)も加速させる。
車両仕様書を共通化したうえでAIを活用し、世界中の需要と供給をリアルタイムに分析、機能横断で共有するツールの開発も可能に。
地域ごとにどのような装備や機能が求められているのか、お客様の要望をグローバルに、より素早く反映したクルマづくりが実現できる。
働き方を変え、足場を固める。生まれた余力は、お客様への価値創造に転換する。そのうえでもOMUSVIが果たす役割は大きい。
車両仕様書の読み替え廃止は、全社を挙げたプロジェクトである。だからこそ、当初はトップ直轄の専任組織化を求める意見が経営陣に寄せられた。しかし、佐藤社長はあえて組織をつくることはしなかった。
「組織化するとその組織だけの仕事になってしまう。どこかの部署だけに責任を負わせ、任せきりになってはいけない。部署を越えて、トヨタの一人ひとりが自分事にして取り組めるよう、有志で集まるチームとした」(佐藤社長)。
グローバル・フルラインアップで商品展開し、世界中のお客様の移動をサポートし続ける。そのうえで新たな価値をつくり出すためにも、OMUSVIによる変革がますます重要性を増している。
組織の壁を越え、機能の壁を越え、お客様の「幸せの量産」のため、10年後の働き方を今つくり直す。
クルマ屋同士が共通言語で話し、未来をつくる姿を目指し「足場固め」は進んでいく。