写真家、三橋仁明氏が、ルーキーレーシングの戦いを写真で伝える連載。2021スーパー耐久シリーズ第5戦鈴鹿編
カーボンニュートラル実現を目指す仲間がさらに増えた第5戦
スーパー耐久シリーズ第3戦富士スピードウェイ24時間から導入されたルーキーレーシングの水素エンジンカローラことORCルーキー・カローラH2コンセプトにとって3戦目の舞台となったのが、世界屈指の難コースとしても知られる三重県の鈴鹿サーキット。
今回はカーボンニュートラルの実現を目指す仲間として、川崎重工業、岩谷産業、J-POWERらを新たに迎えた。第4戦オートポリスでは、地熱発電による電力でグリーン水素を“つくる”というテーマに挑んだが、今回はオーストラリアでつくられた褐炭水素を空輸し、陸路では水素やバイオマス燃料で走るトラックを使うなど、“はこぶ”というテーマにチャレンジした。
“つかう”というテーマについても、前戦のオートポリスからはわずか1カ月半という短い期間で、水素エンジンのパワーと特性を量産のGRヤリスと同等にまで向上させ、給水素に要する時間も車両の左右2箇所から水素充填することで半分に短縮させるなど、さらなるアジャイルなスピード感で進化し、各方面から注目が集まった一戦だ。
台風の影響により天候面での心配もあるなか、初日と2日目の専有走行、そして公式予選と想定以上の仕上がりで迎えた決勝当日。
「チームの雰囲気もすごくよかったと思います。なにより、モリゾウさんが常に笑顔だったのが大きいのではないでしょうか。モリゾウさんが気持ちよく乗れるということは、クルマもしっかりとセットアップできている証拠だったと思います」
その言葉を裏付けるように順調にレースは進んでいたが、2時間半が過ぎたあたりで突然チームに緊張が走る。山下健太選手が運転するGRスープラが接触のためピットイン。無事修復しピットアウトした直後、立て続けに今度は水素エンジンカローラが電気系統のトラブルでピットイン。チーム一丸となり両車とも事なきを得てレースに復帰したが、予期せぬドラマが起こるのもまたレース。なにより、アクシデントのたびに問題を洗い出し、チームも強くなる。そして、無事にチェッカーを受け、表彰台を掴んだことへと確実につながっているのだ。
そんな展開を繰り広げたスーパー耐久シリーズ第5戦鈴鹿で、三橋氏が最も注目したのは、記者会見で新型コロナウイルスによる影響で国内カーレースの開催が相次いで中止に追い込まれている状況について質問された際の、モリゾウによる日本自動車工業会会長としての「五輪がOKでも四輪二輪は許されないのか」という発言だったという。この一言には、モータースポーツに関わるすべての人の想いが詰め込まれ、その想いをたった一人で背負う覚悟が込められていたからこそ多くの人の共感を得た。
この場面に感銘を受けたという三橋氏だからこそ、説得力のある印象的な発言がある。
「個々が輝いている瞬間を写真に収めるということは、目の前にいたからとりあえずシャッター切りましたということではないと思うんです。そんなことでは、人は感動してくれません」
チームに関わるすべての人の想いを切り取り伝える。そんな使命を負ったからこそ写せる写真があるのだ。
三橋仁明が切り取った、2021年スーパー耐久シリーズ第5戦鈴鹿
スーパー耐久の関係者がまだ誰も到着していない木曜日の鈴鹿。朝早くからルーキーレーシングのメンバーの姿がそこにあった。
毎戦変わる給水素ステーションの設置場所。今回は最終コーナー寄りの「Eパドック」に設置された。ピットロードから給水素ステーションへの導線、安全上のパイロンの設置などを蟹江庸司主査(GRプロジェクト推進部)とともにモリゾウ自らが動く。
今回も、ここ三重を拠点とする仲間たちが、給水素ステーションの設置に手を挙げてくれた。
アジャイルに開発が進むモータースポーツの世界。給水素はこれまでの1系統から2系統に増やされた。初戦の富士で5分かかっていた給水素時間も、ここ鈴鹿では2分に短縮された。
金曜日、台風14号の影響を受け、不安定な天候が続く。午前はまだドライで走れた鈴鹿の路面も、午後には雨が激しく降る難しいコンディションとなった。
1日の走行が終わると、必ずチームでミーティングを行う。それぞれが出したタイム、セッティング、気づいた違和感、マシンのカイゼンのためにそれぞれのセンサーが感じたことについて意見を出し合っていく。真剣なミーティングだけれど、カーガイ同士の正直な意見にいつもみんな笑顔。
土曜日の荒天が予想されたため、午前の走行スケジュールはキャンセルとなった。そんな時間に撮影できた、ルーキーレーシングのレースクイーン、不破アンナさん。
もう一人のレースクイーン、梨衣名さんの撮影の最中に、陽が射してきた。荒天が予想されていながら、いい天気になる、、そんな見えないチカラを我々は「モリゾウパワー」と呼ぶ。
モータースポーツがおかれている状況について正直な想いを打ち明けた記者会見
土曜日のお昼に、トヨタ自動車と川崎重工業で共同の記者会見を行った。
富士24時間から始まった水素エンジンでの参戦はこの鈴鹿で3回目。毎戦、記者会見を行っているが、そこに集まるメディアの数も、回を重ねるごとに、多くなっている。「つくる」「はこぶ」「つかう」という水素サイクルに「つたえる」が加わるメディアの意識。
「五輪で許されても、四輪二輪は許されない、、」モリゾウ選手としてではなく、自工会の会長として、モータースポーツがおかれている状況についての正直な想いを打ち明けた。その言葉を発したとき、会場は拍手に包まれた。そのときの自工会会長は、自らの言葉に共感してくれる一人ひとりに感謝するような目で、会場を見渡していた。
マスタードライバーとしてステアリングを握るときの目とは少し違う、人の心を動かす強さと、人の心に感謝する優しさが感じられる目だった。「この瞬間、この熱量を残しておかなければ、、」そんな思いで必死にシャッターを切った。
「レーシングドライバーもアスリート」モリゾウ選手は常々こうおっしゃってこられた。
そんな中、今年のル・マン24時間で初優勝を果たした小林可夢偉選手に金メダルを、2位の中嶋一貴選手に銀メダルが贈られた。
可夢偉選手はもとから記者会見に登壇する予定があったが「ル・マンの話をするかもしれないから」と、ルーキーレーシングのウェアではなくWECのチームシャツの着用を指示し、一貴選手には「撮影があるかもしれないから」と、同様にWECのチームシャツを着用した上で会場にいるように、ということだけが伝えられていた。そこで贈られたサプライズのメダル。
水素エンジンの共同記者会見は、気づけば、世界で戦う2人の金銀メダル贈呈式と、それを祝う会場に変わっていた。
二人に贈られたメダル。これはトヨタ自動車のデザイン統括部第2モデルクリエイト課と試作部メンバーが、一つひとつ心を込めてつくったもの。表面はル・マン・サルトサーキットを模したデザインに、2018年から続く優勝をデザインしたもの、裏面にはGRのロゴとモリゾウのサインが彫られていた。
どちらも、モリゾウさんから二人への感謝の想いが詰まった贈りものだった。
モリゾウ選手がプロドライバーと遜色ないタイムを叩き出した予選
土曜日、午後、公式予選。#32水素エンジンカローラのフロントバンパーに、川崎重工業のエンブレム「フライングK」が輝いていた。トヨタ自動車のマシンに、Kawasakiのエンブレム。カーボンニュートラル実現に向けて、企業の垣根を越えて、確実に広がっている共感の輪。
予選の出走は天候状況に鑑み、Bドライバー佐々木雅弘選手、Aドライバー井口卓人選手の順に出走していく。
タイムアタックから戻ってきた佐々木選手。いつものような笑顔がない。「乗れてはいるけれど、タイムに反映されない」。
今回も、エンジンの出力やトルク特性など、大幅なアップデートを施してきた。あるレベルに達したからこそ、直面した課題。これまでは、エンジン性能よりシャシー性能がまさっており、どちらかというと、シャシーはエンジンを助けるセッティングで進めてきた。出力がしっかり出て、加速性能も上がり、最高速度が伸びてきたことで見えてきた、足回りや空力に対するアップデートの必要性。
これは#32水素エンジンカローラが、カーボンニュートラルの選択肢を広げつつも、マシンがよりレーシングの開発領域に入ったことを意味する。
Cドライバーはモリゾウ選手。Aドライバー井口選手、Bドライバー佐々木選手のフィードバックをもとに、マスタードライバーとしてのセンサーを研ぎ澄ましていく。
刻一刻と迫る出走時間、そんな緊張感で満たされるコクピットを、レースクイーンの2人がバックカメラ越しに応援する。
「2分33秒619」。モリゾウ選手が叩き出した、プロドライバーと遜色ないタイム。午前の荒天が嘘のように、晴天の鈴鹿サーキットをバックにピットに戻る。
ST-Qクラスの表彰式が実現した決勝
日曜日、決勝。#28スープラが、ライバル車をかき分け、出走グリッドに向かう。
スタートドライバーは豊田大輔選手。
#32水素エンジンカローラのスタートドライバーは佐々木選手。グリッドでモリゾウ選手と談笑する。
午前11時30分、グリーンに灯ったシグナルが決勝のスタートを告げる。大輔選手は、クルマを信頼したドライビングスキルと、タイヤマネージメントを意識することを課題としていた。マシンと会話をしながら、マスタードライバーとしてのセンサーを磨いていく。25周を走破し、第2ドライバーの山下健太選手に交代した。
レース開始からおよそ2時間を過ぎたころ、#28スープラの姿はピットガレージにあった。
42周目に起こったST-Zクラス車両との接触により、ロアアームとタイロッドが破損。1秒でも早くコースに送り出せるよう、メカニックが全力で修復作業にあたる。
ステアリングを握っていたのは山下選手。プロドライバーとしての責任を感じ、メカニックの作業を控室から見守る。しかし、モリゾウ選手は笑ってこう言うだろう「また、これで、スープラがもう1段階強くなったね」と。メカニックは1時間12分という作業時間で、#28スープラをコースに送り出した。
神様は「カイゼン」への試練を次々に与える。#28スープラをコースに送り出したのも束の間、今度はそれまで順調に走行していた#32水素エンジンカローラがスローダウン、ピットインを余儀なくされる。
リアハッチを開け、トラブルの原因を突き止める。
モリゾウ選手は、ピットに戻ってきた佐々木選手のもとへ駆け寄り、状況を確認する。
佐々木選手との会話が終わると、すぐさま佐藤恒治プレジデント(GAZOO Racing Company)、坂本尚之チーフエンジニア(GRプロジェクト推進部)ととも、解決策を話し合う。このような、マスタードライバーモリゾウの行動が、クルマの開発をさらにアジャイルに進める。
電気系のトラブルでエラーが出た。異常電圧も確認した。ルーキーレーシングがチーム一丸となって原因を突き止め、わずか20分の作業で#32水素エンジンカローラをコースに送り返した。
レース終盤、#28スープラがピットロード速度違反によるドライビングスルーのペナルティを受ける。これまでルーキーレーシングは、ST-Qクラスという、同クラスでライバルがいない「メーカー開発車両枠」での参戦であったため、接触やペナルティはほとんど受けることがなかった。
今回の接触やペナルティといった課題は「情熱ある意思と行動の結果だ」とモリゾウ選手はレース後に語った。
#32水素エンジンカローラの最終ドライバーは、モリゾウ選手が務めた。クルマが好きで好きでたまらない、カーガイの輝いた目。
井口選手からステアリングを託されたモリゾウ選手は、ピットアウトをアクセル全開でコースに戻っていく。
16時30分、チェッカーフラッグ。#32水素エンジンカローラは、5時間の耐久レースで90周無事に走り切った。距離に換算すると522kmにも及ぶ。#28スープラも95周を完走。
チェッカー後、チームにとってうれしいサプライズがあった。モリゾウ選手が願ってやまなかった、ST-Qクラスの表彰式が実現した。トヨタ自動車が、ルーキーレーシングが考えるモータースポーツでのアジャイルなカイゼンは、STO(スーパー耐久機構)にも伝播していた。
表彰台から見えた景色。そこには新しいレーシングの未来と希望が詰まっている、そんな景色だったに違いない。そう感じさせてくれる、登壇したルーキーレーシングメンバーの笑顔だった。