クルマ好きを惹きつけてやまないエンジンの音。トヨタの音づくりはいかにして始まったのか。音づくりの変遷をたどる。
LFAというブレークスルー
では“静粛性の壁”を超えたのはいつなのか?
「LFAからです」と佐野主任を始め、話しを聞いた技術者たちは口々に言った。
企画開始からおよそ10年かけ、全世界で限定500台のLFAが2010年に発売された。
部品の一つひとつを専用に開発したことでV8エンジンより小型となったV10エンジンを搭載するLEXUSのフラッグシップスポーツカーだ。
佐野主任
サウンドデザインを取りまとめた当時の担当者は「1次、2次、3次の次数音がちゃんと出ていないとサウンドじゃないよね」と言って、排気音はオクターブハーモニーの澄んだ響きに、高回転域での吸気音はハーフ次数を加えた複雑で厚みのある音になるように取り組んでいました。
吸気音はヤマハのオリジナル技術を採用し、何度も試作しては評価ということを繰り返していました。
また排気音は、低回転域では迫力があって、高回転域では鋭さをもった音色になるような理想的な排気音を開発しようと、音声学 * で使われる分析手法なども取り入れたりしていました。
*音声学:人が発する言葉の響きがどのようにつくられ、伝わり、聞き取られるかを科学的に研究する学問
LFAは音楽的であったり、音声学的であったり、通常とは違った考え方も取り入れ、試作と評価を繰り返すトライアンドエラーで開発が進められた。
のちにLFAのサウンドファクターをDNAとして引継ぎ、LEXUS LCのサウンドづくりを手がけたレクサス性能開発部感性性能開発室 中山裕介主任は、「“天使の咆哮”ともいわれるドラマチックなサウンドを生むLFAのエンジンは完全等間隔爆発のV10です。その72°というバンク角は、サウンドのために決められたと聞いています」という。
それを裏付けるように、当時の排気系資料を見るとV8エンジンに2気筒追加した90°のバンク角では不等間隔爆発で理想的な音づくりができないというシミュレーション結果をもとに、「72°バンク角エンジンを開発することになった!」という記述が見つかる。
バンク角については第1回でも触れたが、V型エンジンは2列のシリンダー(気筒)列を持ち、この列をバンク、V字で挟んだ角度をバンク角と呼ぶ。この角度がエンジンの振動に大きな影響を与え、つまりはサウンドにも影響することになる。
バンク角が72°のV型10気筒エンジンは、各気筒の爆発間隔が等しくなり、振動が少ない上にエンジン回転がスムーズとなる。それによりサウンドの雑味が少なくなる。
では、他のクルマも72°にすれば、バランスのとれたエンジンとなり、いいサウンドになるのではと思うところである。しかし、そこにはエンジンルームのスペース、エンジンを構成する各部品の大きさ、配置等の難しさがあり、一つひとつ専用に開発したからこそ72°が実現したのだ。
そして理想のエンジンサウンドをつくるという想いは、LFAという形を得た。
濁りのないオクターブハーモニーを生む、特徴的な3本出しパイプへと続く等長排気システム。低回転域では重低音を、高回転域ではV10らしい高音を奏でる排気マフラー。
豊潤な吸気原音に共振による個性的な“鳴り”を与える等長吸気システム。吸気サウンドを車室内に引き込むサウンド伝達機構。
レクサスブランドのサウンドデザインにブレークスルーをもたらしたLFAの咆哮をロングバージョンでご堪能いただきたい。