第8回(後編)最新技術でオリジナルを超えるエンジンパワーを

2024.05.16

自動車業界が大変革期にある今、トヨタの原点に立ち返るべく始まった「初代クラウン・レストア・プロジェクト」。第8回後編では、最先端の加工技術でエンジンを修復し、オリジナル以上のパワーを実現したチームに焦点を当てる。

100年に一度の大変革期を迎えた自動車業界。トヨタ自動車ではあらゆる部門で前例のない画期的な取り組みがスタートしている。

そのひとつが2022年の春、社内のさまざまな部署から多彩な人材を集めて元町工場でスタートした「初代クラウン・レストア・プロジェクト」である。

トヨタイムズでは、その意義とレストアの現場をリポートしていく。第8回後編では、最先端のホーニング加工でエンジンを完全に修復し、オリジナルを超えるエンジンパワーと素晴らしいサウンドを実現した、上郷・下山工場 エンジン製造技術部のホーニングチームの奮闘をお届けする。

“異常摩耗”状態だったシリンダーボア

前編で触れたとおり、さまざまな問題に直面したエンジンチームだが、特に難題だったのがシリンダーの異常摩耗だった。

エンジンを完全にバラバラに分解して、外したピストンやピストンリング、オイルリングを細かくチェックしてみると、表面が大きく傷つき、カーボンスラッジ(黒いスス)が付いた部分も数カ所見つかった。
分解したピストンとピストンリング

これはエンジンの冷却不良で、エンジンオイルがピストンとシリンダーをきちんと潤滑できず、エンジンが異常摩耗と呼ばれる状態になっていたことを意味する。

このままでは、ピストンやピストンリングを新しいものに交換しても、エンジンは正常に動かない。

エンジンチームは頭を抱えた。前編でも述べたが、このエンジンには何度もオーバーヒートを起こした形跡がある。ピストンやピストンリング、オイルリングを新しいものにするのはもちろんだが、異常摩耗を起こして傷ついてしまったシリンダーの内壁を再生しなければならない。
分解したエンジンブロック。まだピストンが挿入されている状態

ところで、何度もオーバーヒートを起こしたエンジンはまるごと交換するのが定石だ。エンジンブロック自体が熱でゆがんで、冷却水漏れやオイル漏れを起こすことが多いからだ。

だが今回のレストアでは、エンジンのスペアはない。何しろ70年前のものなのだ。だからシリンダーを何とか再生し、エンジンが正常に回るようにするしかない。

シリンダーボアをホーニング加工

そこで今回、このエンジンを復活させるために、現代のトヨタが誇る最新の技術とノウハウが活用された。それが、シリンダーボアのホーニング加工だ。

ホーニングとは、一般的には刃物の刃先処理のことを指すが、エンジンのシリンダーに行うホーニング加工は、円筒形のシリンダーの内面(内壁)をホーニングマシンという工作機械を使って精密加工すること。

具体的には、ホーニングマシンのホーニングヘッド(工具)にいくつもの砥石を取り付けて、固定したエンジンブロックのシリンダー内を回転させながら往復させ、内壁の表面をミクロン単位で研磨して、適切な形状に仕上げることをいう。これはエンジンの総合性能を左右する、エンジン製作技術の要ともいえる繊細な加工だ。
ホーニングマシンにセットされたエンジンブロックとホーニングヘッド

ちなみにエンジンボアの加工には、「ボーリング」という工法もある。これはシリンダー内壁の表面を0.1ミリレベルで大きく切削するもの。シリンダーの内壁に大きな傷が付いて、そのままではエンジンブロックが使えない場合に行う。

またボアアップといって、シリンダーのボアの直径を大きくしてシリンダーの容積=エンジンの排気量を増やして出力アップを図る目的で行う場合もある。だが、ホーニング加工はそれよりもずっと繊細な加工だ。

シリンダーボアのホーニング加工は、単にシリンダーの内壁を砥石で研磨して、凹凸をなくして平滑にすればいいというものではない。

シリンダー内をピストンが上下するとき、シリンダーの内壁にはエンジンオイルでできた油膜がある。高速で上下するピストンとピストンリングがシリンダーボアに直接接触しないでスムースに動くことができるように、この油膜が潤滑の役割を果たす。

そのためにシリンダーボアは、表面がツルツルの状態ではなく、適度に細かな凹凸(粗さ)があって、エンジンオイルが表面に適度に保持される状態が望ましい。

反面、シリンダーボアの表面の粗さが大きすぎると、ピストンリングの密着性が損なわれ、ピストンリングとシリンダーボアの間に「すき間」ができてしまう。

すると、その隙間から燃焼ガスがクランクケースに入ってエンジンオイルを劣化させる「吹き抜け」や、エンジンオイルが燃焼室の中に入ってしまう、いわゆる「オイル上がり」が起きてしまう。

そうなると、シリンダーボアの表面に残った過剰なオイルが高温の燃焼ガスに触れることで燃えて、シリンダーボアの表面に燃えカスが残りピストンがスムースに動かなくなる「焼付き」や、排気ガスに燃えたエンジンオイルの白煙が混ざってしまい、その煙やススが排気ガスをクリーン化する触媒などの機能を損なうなど、エンジンにとって致命的なトラブルにつながる。

つまり、シリンダーボアは、ピストンリングとオイルリングをしっかり密着させながら、表面にミクロンレベルのオイルの膜が保持されるよう、表面を理想的な粗さ(凹凸のある状態)に仕上げる必要がある。それが実現できれば、エンジンは最高のパフォーマンスと耐久性を獲得できるのだ。

世界を指導してきた「ホーニングのスペシャリスト」たち

今回、この繊細な作業を担当したのが、上郷・下山工場のエンジン製造技術部 RE整備課 岡田孝行課長のもとで三輪隆幸工長が率い、佐藤拓也EX、中林広夢で構成されるホーニングチームだ。彼らは、このホーニング加工のエキスパートとして、世界中のエンジン工場を訪れてこの技術を指導してきた。

三輪工長

ボアホーニング加工のボア面の仕上がりは、加工前の被削面の状況(形状・粗さ・硬さ)と使用する研削砥石の切れ味との組み合わせで全く異なります。今回、テスト加工が出来ない一発勝負という中で、私たちの技術とノウハウが、記念すべき初代クラウンのレストアに役立った、この仕事に関われたことは、私たちにとっても最高の喜びでした。

チームが行うエンジンの最新のホーニング加工は、表面の粗さを1ミクロン(1ミクロン=1/1000㎜)レベルで管理しながら行う。

エンジンブロックを社内で独自開発したホーニング加工機にセット。シリンダーの中に砥石の付いた筒状の工具を挿入。研削用クーラントを流しながら、この回転工具をシリンダーボアの表面に押し付けて上下させ、シリンダーボアをミクロン単位でていねいに研削していく。

岡田課長 

この砥石を付けた回転工具には、トルクメーター(トルクセンサー)が付けてあります。そのセンサーからの情報で、いま加工中にシリンダーボアの表面にどのくらいの切削負荷がかかっているのかが分かります。

三輪工長をリーダーとしたメンバーは、この切削負荷と加工精度の関係性を検証し加工品質と砥石切れ味を継続的に両立するために、加工法を進化させながらエンジンブロックの変化に全て対応してきました。
ホーニング加工後の精度を測定する中林広夢
測定結果の良否を判断する佐藤拓也EX

回転工具に付ける砥石も、ダイヤモンド砥石、CBN(超高圧焼結体)砥石、WA(白色アルミナ質と粒)砥石の3種類を使い分けている。現場にはその3種類の砥石を使った3種類の回転工具と、現行車だが加工前と加工後のエンジンブロックのサンプルが置かれていた。

加工前と加工後のシリンダーボアの表面の違いは、近寄って見れば一目瞭然だ。加工前の表面には、よく見ると切削工具でできた細かな筋目がある。だが加工後の表面は鏡に近いキラキラ、ツヤツヤとした輝きになっている。
ホーニング加工前(左)、ホーニング加工後(右)

三輪工長

初代クラウンの前に行った初代パブリカのレストアでもそうでしたが、エンジンブロックのスペアがないレストアの場合は、加工代(かこうしろ=加工を行う表面の深さ)を最小限にする必要があります。今回も同様に、加工代を最小限にしながら理想的な状態に仕上げる必要がありました。

その具体的な工程を下の動画でご覧頂きたい。

この加工の成果は、レストア作業を終えたR型エンジンを組み直して最初にエンジンをかけたときに、そこに立ち会った人々は身をもって体験した。これまでレストアメンバーが聞いたことのあるR型エンジンのエンジン音とはまったく違う、スムースなサウンドだったのだ。さらに、エンジンパワーも期待以上の結果を示した。

ガソリンエンジンの歴史を考えれば当然のことだが、初代クラウンが誕生した70年前のエンジンは今とは素材も構造も違うものだし、当時はシリンダーボアの精密加工技術も現在と比べれば極めて浅いものであった。

今回、この現代の技術を活用することで、初代クラウンのR型エンジンは誕生当時とは異次元のスムースな回転と出力を得ることができたのだ。これこそ製造元のトヨタだからできる「オリジナルを超えた究極のエンジンレストア」といえるだろう。

クルマの電動化が進む中で、残念ながら世界的にエンジンが「過去の技術」として軽んじられている風潮がある。

だがこうした内燃機関には100年を超える進化の歴史があり、製造技術も飛躍的な進化を続けてきた。この「エンジンのホーニング加工」という技術は、まさにこのエンジン製造技術の真髄であり最先端ともいえるもの。

今回のように昔のエンジンにこの技術を活用することで、製造当時では考えられなかったパフォーマンスや信頼性、耐久性が得られるとすれば、愛着のある古いクルマを大切に乗り続けることができる。これは旧車のレストアの世界に新たなページを開く技術と言っていいだろう。
左から、三輪隆幸工長、中林広夢、佐藤拓也EX、岡田孝行課長

(文・渋谷 康人)

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