本業とは関係ないように見える取り組みを紹介する「なぜ、それ、トヨタ」。今回は、トヨタの驚きだらけの学校!
嘘つき担任と呼ばれて
鋳鍛造部 板頭
指導員に任命されたときは「なぜ自分が!?」と思いました。家でも子どもたちから「先生になるの?転職するの?」と聞かれちゃいました。
上手く務める自信はなかったですが、自分を変えるチャンスだと思って飛び込みました。
しかし、未経験ゆえに苦悩は尽きない。着任当初は訓練生との正しい接し方が分からず、一人ひとりの想いに向き合えていなかった。匿名アンケートではそれを見抜かれ、前述の厳しい意見を書かれた。
さらには、顧問を務めた野球部で部員たちに練習をボイコットされる経験も…
板頭は「これが現実か、指導は難しいと感じました」と当時を振り返る。それでも一生懸命、ある取り組みを続けたという。
板頭
挨拶だけは自信を持って教えられると思いました。ただ挨拶をするのではなく、どんな挨拶をすれば相手が一番気持ちいいか。
挨拶を返してくれなくてもいいんです。相手に「今日も頑張ろう」と気持ちよく思わせるのが挨拶なので。
見本を示すために、毎朝通りかかる訓練生たちに挨拶をしました。相手の目を見て、頭を下げ、気持ちを込めて語尾まではっきり発音する。3年間続けました。
寒さが厳しい真冬でも、黄色いジャンパーを羽織って定期的に続けたという。
板頭が3年間の指導員生活を終え、元職場に帰任する際「自分が挨拶運動を引き継ぐので黄色いジャンパーをください」と願い出る訓練生も現れた。
他にも、何事にも懸命に取り組む板頭の姿に励まされている教え子がいる。
板頭が3年次のクラス担任を務めた時に「寡黙な自分とはタイプが違う人が担任になってしまった…大丈夫かな…」と感じていた渡邊瑠斗だ。卒業後も悩みができると、元気をもらうために真っ先に板頭を思い浮かべるという。
多くの訓練生たちにとって、板頭の姿が励ましになっていたのだ。
板頭本人は訓練生たちから嫌われていると感じていたが、担任したクラスが卒業する時にはサプライズで寄せ書きをもらった。
「嬉しかったですね。宝物です。指導員を経験したことは、かけがえのない財産だし、教え子のことは一生忘れない」。板頭は寄せ書きの一人ひとりの名前を笑顔で見返していた。
教える側も、成長する
思春期や反抗期の若者に厳しく指導する。Z世代と呼ばれる10代の若者たちと向き合うには、いくつもの難しさがあるはずだ。
しかし、卒業後に教え子から食事に誘われるなど、この学園には不思議な一体感がある。その理由を板頭はこう語る。
板頭
教え子たちが、卒業後は自分たちの職場仲間になることが分かっている。だからこそ、一般的な学校よりも深い愛情を注げるのかもしれません。
健全な精神は健全な体に宿るという言葉がありますが、健全なクルマは健全な人間にしかつくれません。漠然と働くのではなく、気持ちを込めてモノづくりをする。それを伝えるためには、自分の生き様を見せることも大事。
目標に向かってチームをつくり上げる。そんな組織づくりの方法を、訓練生たちから逆に教えられた気がします。
板頭の上司である鋳鍛造部の酒井雅浩シニアエキスパートは「学園に異動して指導員を経験したことで、彼の成長を感じる。3月からチームリーダーになったので今後が楽しみです」と話す。
山下学園長は「訓練生だけでなく、教えるという経験を通じて指導員も成長できる。それこそが社員に指導員を務めさせる最大の理由」だと語った。
もう一人の元指導員にも話を聞いた。
品質管理部のチームリーダーである野中香奈子は、女性の自分が指導員を務めたからこそできたことがあったと語る。
品質管理部 野中
女子訓練生に「(女性の指導員が)学園にいてくれて良かった」と言われたときや、女性ならではの悩みを打ち明けてくれた時はすごく嬉しかったです。
指導員を3年間やり遂げて自信がつくと同時に、上長の立場でどう判断するか、今までにはなかった目線を学ぶことができました。
保護者が感じた学園の強み
2月20日、トヨタ工業学園の卒業式が行われた。
参列した保護者からは「他の高校と違って、学生時代から社会人と接するので、息子も早く成長できたと思う」との声があった。
訓練生と指導員。立場は違っても双方がトヨタ社員であり、教えることと、教えられることで双方が成長する。
85年以上の歴史を紡いできたトヨタ工業学園。これからはデジタル人材の活用も含めた多様な指導員を揃えていくという。“人づくり”がどう進化していくのか、ますます楽しみだ。