トヨタのDNAとも言われる改善の精神。その根底にあるのが「創意くふう提案制度」。改善ができる人材の育成ツールとしての役割も持つ同制度が生まれた背景や想いを取材した。
創意くふう提案制度の仕組み
70年以上の歴史がある「創意くふう提案制度」自体も、細かな改善を重ねながら現在に至っているが、そのステップに大きな変化はない。
①日々の業務のなかでの問題点や困りことを見つけたら、メモをとる習慣づけをする
②問題の原因を調査し、改善のためのアイデアを考える
③糸口が見つからない場合は上司に相談する
④相談された上司は、相手の成長度合いに応じながらサポートやアドバイスをする
⑤改善を実施。成果を定量的(ときに定性的)に確認
⑥所定の提案用紙に記入して提出
⑦上司が現地・現物で確認しながら審査して賞金額を決定
⑧賞金が振り込まれる
2019年に改訂された審査基準は、改善の効果を5項目で評価する「結果ポイント」と、問題の発見から改善実施までの着想性・独創性・努力度を評価する「プロセスポイント」の合計点で金額が決定するというもの。
基本の賞金は500円、優良賞2,000円、優秀賞5,000円、最優秀賞1~20万円となる。なお、5,000円以上は室長や課長が審査、5万円以上になると各工場や各部門にある「創意くふう委員会」で審議され決定される。
些細な提案をバカにしない、上司の度量がカギ
長い歴史のなかで、創意くふう提案はどれくらいされているのだろう?
2023年の総提案件数は約81万件、月平均で約6.7万、一人あたり年間14.4件(工場技能者の場合)という脅威的な数字を誇る。ここからも推測できるように、誰もが驚くようなアイデアばかりではなく、ほとんどは小さな創意くふうで占めている。
そこで大事になってくるのが、提案を受ける上司の態度・理解度だ。
若いうちは大きな改善なんてできない。でも、歩きにくい場所に置かれたゴミ箱の位置を変えるのも改善。そういう提案も上司はしっかりと受け止めないと。そうでないと、二度と提案しなくなっちゃうから。僕はNOと言ったことはほどんどない、いいじゃないか! やってみないとわからん! って盛り上げるんよ。
賞金を貰える喜びもあるが、自分が提案した創意くふうによって、「同僚たちから『すごくラクになった、すごく良かったよ!』と言われるのが何よりも嬉しかった。職場の景色が変わっていくのが楽しみだった」という。
楽しみながらやるから、面白いから続けられる。また、そういう雰囲気が生まれると職場は活性化され、人材育成でも有効なツールとなる。
そんな創意くふうのクセを付けるため、人材育成のため、入社2年目までの新入社員を対象に、月3件を目安に、年間36件以上の提案を達成すると貰える「ルーキー賞」も設けている。特に製造現場の新入社員は、これを目指すよう指導される。その積み重ねが、経験と共に大きな改革へと飛躍するのだ。
仕事を取り巻く環境の変化が、申請件数に左右する!?
グラフを見ると80年代が突出して高いことに疑問を持つ人もいるだろう。
バブルに向かって、仕事を取り巻く環境が変わったことがあげられます。生産台数が増え、人手不足がおこり、設備の自動化など変化が大きい時代でした。それに加え、工場部門を中心に提案競争が加熱していたんです。質よりも量の競争になっていたので、制度の中身を変えたりもしました。
オイルショックのあった70年代は省エネに関する提案が増え、現在はカーボンニュートラルやDXに関する提案が増えている。業務効率化のアプリを自作する人も出てきているという。労働環境の変化が激しい時代ほど、提案件数も増え、画期的なアイデアも出やすいことがわかる。一方で、「創意くふう制度」も現代にマッチするよう変化する必要があると語る。
TQM推進部 現場改善室 室付 プロフェッショナル・パートナー 湯沢貞行
事務・技術系を中心に、すぐに答えの出ない仕事が増えています。また、アイデアを持っていても、いろいろな人の技術やアイデアを集めないと実現できないことも多い。今後は、アイデアを提案するプラットフォームを設け、そこに共感した人が知恵や技術を出し合いながら実現させていく仕組みも必要だと考えています。
その第一歩としてデジタルの既存システムを改修中。現在、紙での申請とデジタルでの申請は半々。製造現場はパソコンを自由に使える環境にないこともあり、それらインフラ面も含めてデジタル化を目指す。そうすることで、創意くふうの共有も進んでいく。
70年を超える歴史のなかで、累計提案数はなんと約5,000万件。創設当初から「決して現場のものだけではない」という文言が書かれているが、現在も申請者の多くは工場などの技能系人材という問題はある。とはいえ、事務・技術系人材からもユニークなアイデアが日々生まれている。
TQM推進部 プロフェッショナル・パートナー 湯沢貞行
“もっといいクルマをつくろう”というときに、改善しなくていい人は一人もいないんです。また、改善する人を育てなくていい職場もないと思うんです。
第2回以降は、これまでに提案されたものから、誰もが身近に感じられる選りすぐりのアイデアを紹介していく。