1時間半に及んだトヨタ株主総会の質疑応答。後編では、14年目を迎えた豊田章男社長が挙げた後継者の考え方を取り上げる。
6月15日、愛知県豊田市の本社でトヨタ自動車の株主総会が開かれた。
総会では1時間半にわたる質疑応答が行われ、トヨタイムズではそのやりとりを2回に分けて掲載。
トヨタを取り巻く環境への対応について扱った前編に続き、後編では、14年目を迎える豊田章男社長の後継者や“たすき渡し”の考え方が表れた2つの質問を取り上げる。
質問Ⅶ:TPSの精神
「トヨタの『思想』と『技』をしっかりと伝承し、『あなたは、何屋さんですか?』と聞かれたとき、『夢』と『自信』と『誇り』をもって、『私はクルマ屋です』と答えられる人財を育てることが、私のミッションだと思っております」
議案採決前のあいさつで豊田社長は「思想」と「技」というキーワードを使って、自身の使命をこう表現した。
実は、あと2回、総会の中で豊田社長はこの言葉を使っている。そのうちの一つが「TPS(トヨタ生産方式)の精神」について問われたときだ。
新型コロナウイルスの感染拡大や半導体不足で、ムダな在庫を抱えないTPSが機能していないのではないかと問題意識を投げ掛けられ、自ら次のように回答した。
豊田社長
トヨタを変革するために、私がこの13年、数値目標を掲げるだけではなく、みんなで考え、努力して、「いいクルマをつくろう」と申し上げたことは皆様も記憶にあると思います。
13年がたち、いろいろな変化点がありますが、今のトヨタには世界中のお客様に選んでいただける商品があると思っております。
商品をつくるのは仕入先を含め、トヨタのクルマづくりに関わる全ての仲間たちです。その商品に対する声を聞くことを販売店にもお願いしています。
いわば、全員で「ステークホルダーの皆様のために」という想いを共有し、「もっといいクルマ」を目指して、悩み苦しみ、努力した結果、これだけの商品が出てくる会社になったと思っています。
私たちは豊田綱領・トヨタフィロソフィーという“思想”とTPSという“技”を日々磨き続けており、その結晶が商品だと考えています。
また、本日、雨の足場の悪い中で来場される人の流れについてのアイデアも、実はTPSの考えからです。
今回お手元にある書類の中で1枚必ず取り出す用紙(議決権行使書)をピンク色にしています。これは事務職から出てきたTPSのアイデアです。
TPSはとかく生産だけのものと考えられがちですが、このように事務職で働く人、開発する人も、みんなが“技”として使う会社になってきていることは、ぜひともご理解いただきたいと思います。
また私自身、その思想と技を伝承するため、できることは一生懸命やっています。
毎週、役員や地域CEOと実施している「朝ミーティング」、より幅広いメンバーに私の経営思想を伝える「章男塾」、そしてクルマづくりの現場で自らハンドルを握ることは、ずっと続けています。
今後、世の中は多様化し、不確実な時代となっていきます。この中、私たちトヨタは「幸せの量産」を目指す企業として、「対立ではなく共感」「論破ではなく感動」「怒りではなく笑顔」を大切にしていきたいと思っています。
本日お配りした書籍には、世界で認められた日本の伝統文化である茶道や華道のリーダーシップのあり方として、それらの集団が持つ「思想」「技」「所作」を継承していくことの大切さが書かれています。
私自身、日々、自分ができることを一生懸命やり、トヨタらしさを次世代につないでいきます。
「思想」と「技」は、今年、来場した株主に配られた書籍「トヨタ『家元組織』革命 世界が学ぶ永続企業の『思想・技・所作』」(著者:スパークス・グループ株式会社 代表取締役社長 阿部修平氏)で使用されている言葉だ。
阿部氏は豊田章男経営を日本の伝統文化である「茶道」や「華道」に通じる「家元経営」であると分析。
家元とは、その流派の「思想」と「技」を非凡なレベルで体現する伝承者であるとし、豊田社長については、クルマの開発から販売に至るあらゆる現場で、自らトヨタの「思想」と「技」を実践し、トヨタを変革していると紹介する。
豊田社長は、株主が総会の会場で実際に体験したTPSによる改善事例を紹介することで、トヨタの「思想」と「技」が現場に根付きつつあることを伝えた。
質問Ⅷ:後継者の条件
もう一つは、質疑の時間も残りわずかとなったころ、「次の後継者は育っているのか?」と問われたときだった。
トヨタは2020年4月に副社長職を廃止し、経営陣を執行役員に一本化していたが、今年4月の組織改正で復活。
近健太 Chief Financial Officer、前田昌彦 Chief Technology Officer、桑田正規 Chief Human Resources Officerの3名が副社長に就いた。
この役員人事を受け、株主は新任副社長が次の社長候補なのかと質問。議長の豊田社長は回答役に小林耕士番頭を指名した。
30年以上の時間をともにしてきた豊田社長の姿を紹介しながら、番頭は後継者の考え方を示した。
小林耕士番頭
豊田社長は赤字転落直後に就任し、その後は、東日本大震災やタイの洪水など、いろいろな危機の連続でした。
社長が入社してしばらくしてから一緒に仕事をするようになりましたが、昔から、社長はピンチになるとエネルギーが湧いて、私たちもやる気になりました。
先日、小島プレスのサイバー事件もありましたが、必ず現地現物で現場に行きます。そして事実を確認し、真因について素早く対策を打ちます。
はたから見るとTPS(トヨタ生産方式)という血が流れている、TPSがDNAであるような気がします。
なかなかできないことですが、「自分以外の誰かのために」と一番強く思っています。
そして、自工会会長として550万人の自動車産業に関わる人のためにという想いでやっています。
「過去の話は自分たちで解決し、次の世代には未来の仕事をさせたい」とも話しています。
これまで、いろいろな問題点、あつれきがありました。でも何とかして、ここまでやってきました。同時に強い信念で未来の種まきもやってきました。
今の副社長やここにいる幹部社員含めて、「世の中を見て仕事を進めよう」と言い、大きな観点でいつも導いてくれます。
本当は豊田社長にずっと社長をやっていただきたいと思うのですが、限りがあります。
社長は次世代に向けて、経営の仕組みづくり、人財育成をしてきました。なので、誰が後継者になろうと、おそらくうまく回ると私は信じています。
では、それが誰なのかというと、社長は常々3人の副社長、執行役員、幹部職、全社員37万人にいつでも出番があると言っています。ただ一つ、私(の出番)はもうないと思います(笑)
それでも、豊田社長がいなくなるわけではありません。その経営哲学・思想を受け継いだ人たちが頑張ると思います。
引き続き、豊田章男、トヨタ自動車のファンになっていただき、末永くご支援いただきたいと思います。
「自身の出番はない」と冗談めいて言う番頭の回答を受けて、豊田社長(66)も「番頭(73)、おやじ(74)、副会長(68)、会長(75)。この4人は後継者のリストからは外れています。せめて、後継者は若返りさせていただきたいと思います」と応じ、自ら回答を補足した。
豊田社長
一つだけ後継者の条件を挙げれば、トヨタフィロソフィーやTPSといったトヨタの「思想」「技」「所作」を身につけている人。トヨタは何のために存在している会社なのかという軸をぶらさない人。
振り返ると、私は誰からも望まれない社長として登場しました。次のバトンタッチこそは、みんなから望まれている社長になるよう、人選やタイミングを考えております。
株主の皆様と一緒に後継者の発掘や育成を進めていきたいと思いますので、ご支援・応援をよろしくお願いします。
今総会で、豊田社長が「思想」と「技」という言葉を使ったのは、いずれも人財の成長や育成に話題が及んだときであり、社長就任以来、何よりも「人を育てる」ことに時間を使ってきたことがわかる。
豊田社長は「『たくさん儲けていますね』ではなく、『いいクルマをつくっていますね』『いい人財が育っていますね』と周囲から言ってもらえる会社にしたい」と言う。
そんな会社を目指し、「現場に一番近い社長」は今日も現場に立ち、行動で「思想」と「技」と「所作」を伝えている。