1時間半に及んだ質疑応答。地元からグローバルまで、過去から未来までテーマは多岐にわたった。前編ではトヨタを取り巻く6つのトピックをピックアップ。
6月15日、愛知県豊田市の本社で開かれたトヨタ自動車の株主総会。2時間に及ぶ議事のうち、1時間半を割いたのが質疑であり、足元の課題から未来に向けた取り組みまで、テーマは多岐にわたった。
トヨタイムズでは、その中の主だったやりとりを前後編に分けて紹介。前編は半導体不足やカーボンニュートラルなど、トヨタを取り巻くさまざまな環境変化への対応についてピックアップする。
質問Ⅰ:半導体不足
トヨタは新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、2020年の株主総会から2年間にわたり、株主へ来場自粛を呼びかけてきた。
今年は、自粛呼びかけは行わなかったが、来場を控えることにした株主の関心にも応えようと、インターネットで事前質問を受け付けた。
質疑の冒頭では、その中で最も関心が高かった2問に回答。うち一つが半導体不足への対応だった。
納車の遅れ、売上の減少が起きている事態への対応を問う質問に対して、議長の豊田章男社長が指名したのは調達本部の熊倉和生本部長。
ステークホルダーへのお詫びを伝えた後、半導体生産の現状と今後の対応策を答えた。
熊倉 調達本部長
クルマ1台には約1000個の半導体が使われています。ブレーキの制御、ナビ、オーディオなど多岐にわたります。半導体が1つ不足しただけでもクルマの生産はできません。
また、電動化の拡大と自動運転の進展により、半導体はますます重要な部品になっています。
東日本大震災でも半導体の供給で大変苦労し、仕入先に3~6カ月、在庫を持ってもらい対応してきました。
それでも、半導体の需給がひっ迫している現状では、在庫の確保、生産が大変難しい状況です。
半導体の生産は、半導体メーカーが生産能力を増強し、少しずつ良くなってきている一方で、需要が高く、十分供給が追いついていないのが実態です。日々皆さんと一緒に、生産ができるようにしていきます。
具体策の一つは、在庫を積み、生産に影響が出ないようにすること。もう一つは、部品メーカー経由で半導体メーカーとの関係をしっかりと結び、無理のないよう生産につなげてもらえる関係づくりをすることです。
私自身、日本自動車工業会のサプライチェーン委員長を務めていますが、大変なのは他の自動車メーカーも一緒です。
彼らやサポートいただいている経済産業省とも、コミュニケーションとりながら、半導体の供給体制改善に向けた策を考えていきます。
質問Ⅱ:電動化・カーボンニュートラル
もう一つの事前質問はカーボンニュートラル実現に向けたトヨタの電動化戦略を問うものだった。
海外の投資家からも、「トヨタの対外発信や渉外活動は、(地球温暖化対策の国際的な枠組みである)パリ協定の目標に合致しているか」という質問が寄せられており、Chief Technology Officerの前田昌彦副社長があわせて回答。
電気自動車(BEV)をはじめ、あらゆる電動化技術に本気で取り組んでいることを念頭に、「普及してこそ環境技術」というトヨタの考え方を説明した。
前田副社長
カーボンニュートラルは材料の調達、製造、走行におけるCO2の排出量をゼロにすることです。
このゴールのために、我々はいろいろな環境技術に取り組んでいますが、普及してこそ「環境技術」だと思っています。
普及のためには、お客様から選んでいただかないといけません。お客様によって、さまざまな要望、使用環境があります。そのため我々は、今は選択肢を狭めない、狭められないと思います。
トヨタはグローバルで多くのお客様にご愛用いただいた結果、フルラインナップの準備をしています。
例えば、欧州は再生可能エネルギーの豊富な地域です。こういう地域では、BEVのような選択肢が比較的早く普及していくのではないかと思っています。
一方で、ブラジルのような地域は、サトウキビからつくったバイオ燃料で、すでにクルマが走っています。しかも、価格はガソリンより3割も安い。
このような地域では、お客様にとって、バイオエタノールの方が選択しやすいという結果になっています。
このように、さまざまな地域の事情、お客様の選択に合わせた商品を我々はしっかりお届けする必要があると思います。
渉外活動のキーは「普及のためにどうあるべきか」。そのためには、電気や水素のようにインフラとセットで普及させるものを含め、各国政府、各地域の方々へ渉外活動を引き続き行う必要があると思っています。
質問Ⅲ:明治用水の大規模漏水
2つの事前質問に回答し、会場の株主から質問を受け付けた。そこで挙がったのが、愛知県豊田市にある取水施設「明治用水頭首工」の大規模漏水に関する質問だった。
先月、漏水が発覚し、トヨタやグループ企業では、工場の稼働が一時停止する事態に発展。
問題が発覚して1カ月がたった今も、工業用水、農業用水の利用が制限されており、完全復旧には至っていない。
株主から生産への影響を問われ、回答したのは生産本部の伊村隆博本部長。復旧に力を注ぐ関係者への感謝を伝え、トヨタの節水の取り組みについて答えた。
伊村 生産本部長
トヨタは今回のような事案に対して、まず、最初に「人道支援」。次に「地域の復旧」。最後に、「自社の生産復旧」という優先順位をつけ、行動します。今回も復旧に最大限の協力をします。
明治用水の影響により、本社の部品工場、豊田自動織機の長草工場の2ラインが停止しました。生産台数で約600台が影響を受けました。
水が足りないときは、緊急対応として井戸水を利用するとともに、テレワークの推進、食堂の閉鎖など、全社を挙げて節水し、工場の稼働を再開しています。
これまでも、我々は水を使わないモノづくりとして、塗装工場ではクルマがラインに来るときだけ取水して洗浄したり、水を再利用したモノづくりをしたりするなど、コツコツと節水を進めてきました。
その結果、工業用水の取水は約20年前と比較し、半減できるまで改善しています。
完全復旧まで予断を許さない状況ですが、特に農業用水には完全に水が供給できていないと聞いているので、地域の皆様への影響を注視しながら、稼動継続の判断をしていきたいと思います。
続いて、議長に指名されたのが“おやじ”こと河合満Executive Fellow。子どものころから現在まで、取水施設のすぐ近くで生活している。
自らも稲作に取り組んできた経験を持つ者として、農家の人たちの苦労にも思いをはせながら補足した。
河合おやじ
私は(明治用水頭首工の)水源橋を通勤で使っています。いつも満水が当たり前で、その様子を見ながら通勤していましたが、5月17日に川底が見え、ショックを受けました。子どもの頃に木の板の上を通って川を渡った記憶が蘇りました。
今はやめてしまいましたが、私はずっと稲作をやってきました。そのため、この時期に水がないのは死活問題だと分かります。
稲が枯れ始め、また、田植えをする予定の田んぼが干上がったのをテレビで見ました。農家の人たちの気持ちを考えると本当に心が痛みました。
今は仮設ポンプ162台で、農業用水は4日に1日の割合で通水しています。工業用水は50%です。トヨタの工業用水としては162台のポンプの1%を供給してもらっています。
私も工事を毎日見ていますが、鉄板と土のうで食い止め、用水に自然に水が流れるよう対策をしています。
一刻も早く復帰できるよう、引き続き、我々も協力していきます。
質問Ⅳ:地政学リスク
トヨタの総会にはある特徴がある。それは本社がある愛知県豊田市の地元の話から世界各国の話まで、質問が極めて広範にわたるということだ。
先ほどの明治用水の大規模漏水が地元の話題だとすると、今回のグローバルなテーマは、ウクライナ・ロシア情勢だった。
質問者は、ウクライナに侵攻したロシアから企業が撤退していることに触れ、中国・台湾の間でも、有事の際は事業活動ができなくなる可能性があると指摘。
グローバルに事業を行うトヨタの地政学リスクへの対応を質問した。
この質問には、海外事業を担当し、4月にChief Competitive Officerに就任した宮崎洋一執行役員が回答した。
宮崎執行役員
トヨタはモビリティを通じて、全ての国・地域の皆さまに幸せをお届けしたいと思い、事業をしています。
各地域の幸せの量産の第一歩は、お客様のニーズに合ったクルマをタイムリーに、喜んでいただける品質と価格でお届けすることだと考えています。
スムーズな生産が行えるよう、サプライチェーンをさまざまな観点から点検し、盤石なものにしていくことが大切だと思っています。
また、日々の事業を取り巻く環境は我々の想定を超えるスピードで変わっているので、各地域CEOとの連携を密にし、変化に対する反応のスピードを上げていくことを心がけています。
各地域での事業のあり方については、お客様をはじめとする世界中のステークホルダーの皆さまから、理解と共感を得るという軸をぶらさず、どうしていくか考え、悩み、判断をしていきたいと思っています。
豊田社長は危機対応について、「トップはこういうときこそバタバタしてはいけない」と言います。上位者がバタバタすると現場がより一層不安になるからです。
社長の態度と言葉によって、グローバルトヨタのメンバーが安心して行動ができているのも事実です。
いろいろリスクはありますが、しっかりと対応を続けていきたいと思います。
その後、欧州本部のマット・ハリソン本部長によるロシア事業の現状を挟み、議長の豊田社長が自ら回答を補足。トヨタの決断の軸となる考え方を説明した。
豊田社長
先が見通せない中、私たちはステークホルダーを守っていくために、現地・現物・現実を見て、日々悩みながら、いろいろな判断・決断をしています。
全ての方々から賛同を得られるとは思っていません。しかし、決断の時期は必ずきます。
そんなとき、ステークホルダーの皆さまから賛同を得て、共感されることが私たちの決断・行動の一つの指標になっていくと思います。
株主の皆さまには、いろいろな場面で、私たちの目となり耳となり、また、先生となり、コミュニケーションを重ねていただいていることを大変ありがたく思っています。
質問Ⅴ:販売店不正車検
次に取り上げるのは40年にわたってトヨタ車を愛用しているという株主からの質問。
今も昔も、同じ販売店でクルマを購入し続けてきたが、一部のトヨタ販売店で不正車検が行われてきたというニュースを知り、ショックで裏切られた想いがしたという。
トヨタとして責任をどう考えているか、国内販売事業本部の佐藤康彦本部長が回答した。
佐藤 国内販売事業本部長
昨年から今回の株主総会までに、全国39店舗、台数で7000台の車検の不正検査が発覚しました。これは法令違反で、あってはならないことです。
原因を突き止めるため、私たちメーカーもサービス工場や店舗にうかがい、働いている方の気持ちや苦しみ、困りごとを聞く活動を今も繰り返しています。
(不正が起きた原因の)一つはクイック車検。1時間で車検を完了し、お返しするサービスがあります。1時間という時間が目的になっていました。
クルマやメカニックがかわった場合、標準作業を常にTPSで改善していかなくてはならないのに、改善しきれていなかった。人材育成・改善が風化していたこともわかりました。
入庫の予約を取る営業マンと整備するメカニックがお互いに連携していれば、こうはならなかったこともわかってきました。
TPS、安心・安全、そして、お客様に安心していただく品質よりも、仕事をこなしていく(ことが重視される)現実、現場になっていたと思います。
販売店もトヨタです。これからも1店舗1店舗、お客様の笑顔につながるもっといいお店づくりを販売店と一緒に頑張っていきたいと思います。
質問Ⅵ:10年後の未来
CASEやカーボンニュートラルといった激しい環境変化の中で、モビリティカンパニーへの変革を目指すトヨタ。
今総会で最後の質問となったのは、トヨタが見据える5年後、10年後の姿だった。
議長の指名で前田副社長とWoven Planet HoldingsのCEOも務めるジェームス・カフナー執行役員の2人が回答した。
前田副社長
これまでトヨタは自動車産業という確立されたビジネスモデルの中で成長を続けてきました。
しかし、今はCASE(情報化、自動運転、シェアリング、電動化の4つの革新技術)で自動車ビジネスは変わろうとしています。
移動という価値の周辺に関わるあらゆるサービスを社会に提供する企業になっていくべきだと思っています。
そのためにオープンにさまざまな業種や企業と連携して、サービスプラットフォーマーとして成長することが、幸せの量産にもつながっていくと思っています。
カフナー執行役員
世界のモビリティのニーズは急速に変化しており、世界の人口は2050年までに100億人に達すると言われています。
また専門家の予想では、個人が所有する自動車の台数が減少していっても、人がクルマで移動する距離は2030年までに60%増加すると言われています。
だからこそ新しく、サステナブルで、安全なモビリティ技術とサービスが世界各地で求められています。
トヨタとWoven Planetは、Arene(アリーン)というソフトウェアプラットフォームを開発しており、2025年までに投入する予定です。
Areneは、デジタルエクスペリエンスを期待するお客様に新たなモビリティサービスや価値をお届けするうえで、優れた基盤になります。
トヨタはモビリティ製品の開発を加速するため、Woven Cityの建設も進めています。
具体的には、自動運転や先進安全、持続可能なエネルギー、スマート物流などに関連した新しい技術のテストをリアルな環境で行います。
未来のモビリティがもっと人々の生活に織り込まれ、人と地球の幸せ、ウェルビーイングに貢献してくことを目指しています。
将来、自動運転や新しいモビリティサービスなどのテクノロジーが世界中のお客様の暮らしをもっと良くしていけることを大変楽しみにしています。
課題はたくさんありますが、私たちが力を合わせれば、トヨタを信頼され、世界をリードするモビリティカンパニーに変革できると信じています。
後編では、豊田社長の後継者や次世代への“たすき渡し”についての質疑をとりあげる。