市場低迷の中、本当に「国内生産300万台体制」守っていけるのか? 現場たたき上げの「おやじ」が答えた。
次の質問は“石にかじりついてでも守る”と豊田社長が言い続ける「国内生産300万台体制」についてである。
「豊田社長の生声が聞きたくて初めて総会に参加した」という株主からの質問だった。
<株主>
今回初めて(株主総会に)参加しました。ちょっと迷いましたが、コロナウィルスで、これだけ経済が低迷している中、ぜひ豊田社長の生の声が聞きたくて出席させていただきました。
東北復興についての社長の言葉で「モノづくりで東北復興の力になる」と(いう言葉が)紹介されていました。東北に対して、トヨタは大きく貢献しているんだなと改めて実感しました。
新たな危機を迎える中で、トヨタ自動車は国内生産300万台死守と言っています。
しかし国内市場が低迷、海外においても(市場は)落ち込んでいると聞いています。
そういった中、国内生産300万台を守っていけるのか?また守っていく施策を教えていただきたい。
株主が質問を終えると、「ご質問どうもありがとうございました。この件に関しては“おやじの河合”より回答申し上げます。」と議長の豊田は回答者を指名した。
“おやじ”の河合?
違和感を持った株主も少なからず居たと思う。
「“おやじ”の河合でございます…」
回答を振られた河合は何事もなく話をはじめていく。
河合も3月までは“副社長”という肩書きだった。しかし、今、名刺には執行役員と共に “おやじ”と書かれている。
小林副社長を“番頭”としたように、豊田社長は河合に対して“おやじ”の役割を付与した。
4年前の父の日に豊田社長が書いた「おやじ」というタイトルの文章が残っている。
その一部を紹介したい。(全文はこちら)トヨタには、かつて、仲間から「おやじ」と呼ばれる人がたくさんいたと思います。
張相談役は、大野耐一さんのことを親しみを込めて「おやじ」と呼ばれていますし、私にとっては張相談役、成瀬さんらが「おやじ」と呼べる存在です。
もちろん、豊田名誉会長は本当の「おやじ」ですが(笑)
「おやじ」「おふくろ」という言葉に、「包容力」を感じるのは私だけでしょうか。
間違ったことをすれば、ちゃんと叱ってくれる。
迷惑をかけた時には、一緒に謝ってくれる。
口数は少なくても、いつも見守っていてくれる。
職場にも、そんな「おやじ」や「おふくろ」が増えるといいな、と思っています。
“全社員のおやじ”になってもらいたいというのが、豊田社長から河合への期待であった。
そんな、トヨタの“おやじ”が株主の質問に答えた。
<“おやじ”河合>
東北は、(トヨタの)第三の拠点として頑張って参りました。
これからも引き続き頑張っていっていきたい。
ご質問いただいた300万台体制(についてですが)、現在コロナによって、車種によっては操業停止を余儀なくしているものもあるが、
この300万台体制については、こだわりを持って…
これまで死守してきたように、今後も考え・方針を変えることはございません。
300万台体制に対する拘りは、この環境下においても変えないという力強い宣言だ。
そして、想いを語りはじめる。
私ども、世界で1000万台ほどの車を生産・販売しておりますが、その全てが日本からつくったモノを移植しており、マザー工場であるべき日本に、一定量の量産現場が必要だと思っております。
クルマには品質・製造、また量産をする生産技術、そしてコスト。
この質・量・コストをしっかりと作り込む、そういう技術や人材をしっかり今後も育てて、もっといいクルマをつくる、という伝承をしていかないとならないと思っています。
クルマは3万点程の(部品で出来ており)、多くのサプライヤーさん(の力で)その7割を作っていただいています。
(サプライヤーの方々にも)しっかりとした品質を作り込むような人材、そういう人を伝承していっていただきたい。
そのためにも、やはり300万台は必要じゃないかと思っています。
そのことが日本に雇用を守る…、大切なことだと思います。
河合流の語り口ではあったが、豊田社長が様々な場で語っている想いと同じである。
“おやじ”は話を続け「コロナ禍の中、生産現場の従業員がどんな活動をしてきたか?」を紹介した。
先月・先々月(4−5月)の非稼働日に、
我々はとにかく体質強化をこの間にやろう!と…
コロナが収束したら一気にスタートするぞ!と…
今やれることをやろう!と…
全員出てきて、生産性向上とかTPS(トヨタ生産方式)を徹底的にやるとか、古い設備をオーバーホールするとか、品質を向上するとか、ということを徹底的にやってまいりました。
働き方改革も、それを教訓に、色々考えてやっています。
社会貢献については、アメリカで3D(プリンター)を使って、フェイスシールドをつくり出し、欧州・日本の各所に横展をして、昨日までで10万(個)以上を医療の方々に送り届けております。
工場ではマスクも自前で作り、近隣の方々にも提供しようとしています。
ちょうど運動部が(活動を)自粛している最中なので、選手たちもマスク作りをしてくれています。
そこには当然、トヨタ生産方式があり徹底的にムダを排除して、“1枚でも多く”ということで(やっていますので)(TPSの)良い勉強の場となっております。
休校中の小学校・中学校・幼稚園・保育園に出向いて、草刈りや地域貢献をやったりもしてくれていました。
自動車会社が“クルマを作れない日々”を過ごすのは本当につらい。
工場は動かせなくとも、動き出せる時が来たら一気に全速力を出せるよう準備を続けていた仲間たち、クルマは作れなくとも、なにかを作って誰かの役に立とうした仲間たちのことを“おやじ”は紹介した。
話は続いた。“誰かのために役に立とうとした仲間”が他にもいたという話である。
また7社の中小企業の皆さんが、医療の現場で使う防護ガウンを1枚でも早く作って送ろうという声を聞きました。
私たち(トヨタ)に何かできることがないか?と支援にいきました。
そこでは徹底したトヨタ生産方式(の導入や)…
古い設備をオーバーホールして使うことも支援をさせていただきました。
その会社では(当初)1日頑張っても500枚しかできなかった中で、数週間(の支援)で(日当たり)4000枚以上と生産性が8倍に上がった。
支援先の社長からは、「本当にトヨタ生産方式を実践できて、自分たちの社員にも勉強になった」と大変感謝されております。
(ガウンづくりの改善を中小企業7社でお互いに)横展しながら、9月末までに200万枚届ける目処がついたということです。
こういう支援もしてきました。
この話は、5月27日掲載のトヨタイムズで紹介した「トヨタのおっちゃん達が雨がっぱ工場に生産工程改善にはいった」という話のことである。
河合は、医療用防護ガウンづくりに挑戦した雨がっぱ工場や、水着工場の現場にも行ってきている。
普段は、あまり訪れることのない他業種の工場も見て感じたことあったようだ。
マスクのようにコスト(低減という目的)だけで、(ものづくりの現場を日本の)外に出す…
こういったことのないように、ものづくりを守っていく。
(医療防護服ガウンをつくる)7社で働いている従業員の多くはベトナム出身の方でした。
日本のお家芸である細かい作業を、そういった人にお願いをして作っているのが現状です。
世の中が困った時に「必要なものを作る技能や技術」を持ち合わせることが大切だと思っています。
競争力を磨く現場として、やはり(国内生産)300万台体制は死守しながら、頑張っていく覚悟でございます。
国内生産300万台体制を守る…
すなわち日本国内に工場を残すという経営判断について、「経済合理性から見れば間違っている」と、豊田社長は今まで幾度となく批判を受けてきた。
コストの安い国でつくったほうが会社は儲かるからである。(少なくとも短期的には…)
それでも、豊田社長は一貫して、ものづくりの現場を国内に“死守”してきた。
その想いについて、あらゆる場で話している。5月の決算発表でも以下のように述べた。
“石にかじりついて”守り続けてきたものは“300万台”という台数ではありません。
守り続けてきたものは、世の中が困った時に必要なものをつくることができる、そんな技術と技能を習得した人財です。
こうした人財が働き、育つことができる場所を、この日本という国で守り続けてきたと自負しております。
コロナ危機に直面した今でも、この信念に、一点の“くもり”も“ゆらぎ”もございません。
会社の利益が上がれば、株主は配当金を多くもらえるかもしれない。
そう考える株主からは「生産工場を海外に移転してほしい」という意見があってもおかしくない。
その意見が通らなければ、トヨタの株を手放すということだってありうる。
長く株を持ち続けている株主の多くは、豊田社長の経営判断に賛同して見守ってきた人たちとも考えられる。
河合は1963年にトヨタに入社した。
以来、50年以上“ものづくり一筋”、“現場一筋”である。
副社長になってからも執務室を本社でなく工場の中に置いたままにしている。
「300万台体制を守っていけるのか?」
株主から、この質問があったことで“株を持ち続けてくれている株主”に“トヨタのモノづくりの想い”を、改めて伝えられる場面が訪れた。
いつもなら自ら想いを語る豊田社長が、今回は、横に座る“ものづくり一筋”、“現場一筋”のおやじに、その回答を託した。
この議長の采配には、ものづくりに携わる現場のみんなを代表する“おやじ”から株主へ、“今までの御礼”と“これからの覚悟”を示して欲しいという意味が込められていた。
次回も、引き続き、株主総会での質疑応答をお届けいたします。
次は「ひとりも勝たなかったら、この国は一体どうなるのでしょうか?」。