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岩手県の小さな商店で、トヨタが気づかされたこと

2021.04.30

トヨタグループが買い物支援を行う町を、自動運転を担当する山本CSOが訪問。見えてきたのは意外な事実だった...。

一過性ではない東北支援を掲げるトヨタ。毎年東北を訪れている豊田社長だけでなく、震災から10年となるこの春は、前リポートで紹介した前田チーフテクノロジーオフィサーなど、各執行役員も東北各地に足を運んでいる。

今回、東北を訪れたのは、クルマの“つながる化”を推進する「コネクティッドカンパニー」のトップを務める山本チーフソフトウェアオフィサー(以下CSO)。訪問の目的は、“この町いちばん活動”の取り組みを現地現物で確認することにある。

これは、トヨタが全国の販売店とともに進めてきた活動で、地域の人たちからもっと頼りにしてもらえるよう、“世界一”や“日本一”ではなく、その町でいちばん信頼されるお店を目指すものである。

全国約6,000店のトヨタの販売店、そして11万人のスタッフが、リアルの世界で町に根付き、町の人たちとの絆を深めている。

山本CSOが足を運んだ先は、岩手県葛巻町。森田記者が同行し、現地での様子をレポートする。

人よりも、牛のほうが多い町に、トヨタが訪れた理由

JR盛岡駅からクルマで1時間半ほど。鉄道が走っていない山間部にある岩手県葛巻町は、人口約5,800人、牛は約11,000頭。まさに人より牛が多い町である。

日本各地で、過疎化が叫ばれているように、葛巻町もこの30年で人口が4割以上減少。今では約半数が高齢者である。現地で取材をすると「60歳はここでは若手だよ」と笑顔で話していたのが印象的だ。

2018年10月、“この町いちばん活動”を強化するために、地元の販売会社(岩手トヨペット、ネッツトヨタ岩手)を中心にトヨタグループ7社は、葛巻町と包括連携協定を締結。今では岩手トヨタを加えて、災害発生時に給電機能付き車両を貸し出す「災害時連携協定」も結んでおり、住民の暮らしやすさや、地域活性化への取り組みを進めている。

そんな葛巻町の小屋瀬地区で、2019年にある出来事が起こった。集落で唯一の商店が閉店してしまったのだ。

そこで地元のトヨタ販売店を中心としたトヨタグループが、町の役場や商工会、地域住民と何度も話し合いを重ね、“スーパーくずまき”という店をオープンさせた。閉店した商店の建物をそのまま活用し、葛巻町の他の地区にある11の商店から商品を集めて陳列。まさに地元の力を集結させた“町の総合スーパー”だ。

毎週土曜日に営業し、30人ほどが来店。実店舗での買い物の他、電話注文を受け付け、買い物困難客への配達も行うという。

葛巻町の鈴木町長は、スーパー開業の意義を次のように語っていた。

「ここは、(町の中でも)特に高齢化率が高く、買い物弱者も多い地域です。行政だけでは、なかなか発想ができなかったところ、トヨタの皆さんから、情報、知恵をいただき、開業に至りました。地元の住民は喜んで、週に一回の営業日を心待ちにしています。我々行政も知恵を出しながら、より効率的なサービスを続けていきたい」

取材したこの日も、スタッフが地元の人たちと笑顔で話し、店内は活気であふれていた。

45分かけて別の地区から出店しているという女性は、「正直赤字です」と実情を明かす。それでも、お客さんの喜ぶ姿を直接見られることが背中を押している要因だという。スーパーくずまきは、ただ買い物をする場ではなく、地元の人が交流するコミュニティになっていた。

山本CSOは、このスーパーを見学し、一体何を感じたのだろうか。

不便を、不便と感じていない

今回、初めて配達サービスを申し込んだ人がいるということで、山本CSOとともに2軒の配達に同行させてもらった。クルマで届けられた商品を、玄関先で受け取る2人の住民に話を聞くことができた。

山本CSO(写真右)

まず一人目は88歳のおばあさん。商品を受け取った際には何度も感謝の言葉を口にしていた。「商店がなくなって、どうすればいいのか」と途方に暮れていたという。

しかし、話を聞いていくうちに意外な事実が浮かび上がってくる。“不便を、不便と感じていない”一面があったのだ。

普段はバスで移動するそうだが、その運行本数は2時間に1本ほど。それでも「バスがあるから便利ですよ」と話す。

もう一つの配達先に住む63歳の男性も、クルマは持っていないというが、同じような反応だった。

たとえば病院に行くにしても、バスのダイヤに合わせて出かける時間は調整できる。しかし、診察の終了時間は調整できないので、バスが来るまで数時間待つことも考えられる。そもそも、80歳を超えた高齢者が、バス停までの坂道を一人で歩く大変さもある。雪の日ならなおさらだ。

本当に不便ではないのだろうか?山本CSOは生の声を聞こうと、いくつかの質問を投げかける。

たとえば「スマホで注文して、配達されると便利ですか」という質問。これに対しては、「操作が苦手で…」という答えが返ってきた。

さらに「スーパーは週に一度の営業で、不便ですか」という質問には「欲しいときに、欲しいものを買えないので…」といった悩みも出てきた。

移動の不便さは強調しない。スマホで注文できれば便利になるというわけでもない。でも、欲しいときに欲しいものを買えない不便さは感じている。

本当の困りごとは何なのか、どうすれば解決できるのか、わからなくなってきた。同時に、自分の中に、「これは不便に違いない」と決めつける潜在意識があったことにも気づかされた。

町長が、「東北の人は我慢強いから」と話していたが、一方で、山本CSOからは「不便な状況に、自分たちを合わせているような印象を受けた」との感想もあった。長年住み続けているので、不便に慣れている側面もあるかもしれない。過疎地にある本当の不便とは何か、もう少し考える必要がありそうだ。

また、どうしても気になった点が一つある。それはおばあさんが“寂しい”と口に出していたことだ。

都市部と違い、隣の家とも数百メートル離れている。「近くに牛しかいないから。誰も相手がいないから」と少し寂しそうに話したのだ。

これらの声を聞き、山本CSOは「本当はもっと暮らしやすくなるはずだと思う。なんとかしたい」と力を込めた。

なぜか利用されない、配達サービス

集落に商店がなくなり、クルマやバスがないと買い物ができない。しかし、これまでの配達サービスの注文実績を聞いて驚いた。ゼロ件だというのだ。

先ほどの2人が、初めての配達利用者だったという。不思議に思い、町の人たちに話を聞いた。すると、その真相が理解できた。「誰かと話をしたい」といった声が多かったのだ。週に1回オープンするスーパーくずまきが地元の人の交流の場になっていたこととも一致する。

先ほどのおばあさんも、感謝を口にしながら、時折涙を拭っていた。商品が届いたことよりも、配達をしてくれたスーパーくずまきのスタッフと話ができ、ホッとしているように見えた。そのスタッフも、「一人暮らしの高齢者と、直接会って話すことに配達の大きな役割がある」と語っていた。何気ない会話、人との接点が大きな支えになっていた。

都市部では、家を一歩出れば誰かいる。同じマンションの住人と会話を交わすこともあるし、コンビニの店員と接する機会もある。都市部では当たり前にある“人との接点”が、人口が少ない過疎地ではとても貴重なのだ。

今後技術革新が進み、家の前まで自動配達ロボットが届けてくれれば便利になる、という考えは過疎地ではあてはまらないのかもしれない。過疎地の配達サービスは、人との接点を残す形で考える必要があると感じた。

便利を、押し付けてはいけない

こうした実態を知り、山本CSOは「便利の押し売りになってはいけない」と話す。

提供する側が良かれと思ったサービスも、地元の人たちのライフスタイルと合っていなければ使ってもらえない。使ってもらえなければ、結果的に何の解決にもならない。

悪天候の日や、足腰の悪い人が買い物をするときなど、時と場合により、ニーズは変わってくる。「これだ」と決めてかかっては、使ってもらえない。一人ひとりの暮らしが違うように、町に必要とされるサービスも、多様性をもって考えなければならない。

あたり前だが、町の支援のための活動が、町の人の仕事を奪ってしまってもいけない。地元の資産を生かしつつ、足りない部分を補うこと。そのためには“丁寧に話し合うこと”が何よりも大切なのだ。

大切なのは、一過性ではない支援

導入したものの、結局は使われないなど、町の支援は一過性で終わっては意味がない。山本CSOが取材中に何度も口にしたのが「継続」「持続的」という言葉だ。

山本CSO

継続しないと、企業としての責任も果たせない。

震災から10年がたち、自動車生産という面では少しではあるが、東北の地に貢献できてきている。しかし、それで終わらずに、ずっと地域のため、東北復興のために “やり続けること” が何よりも重要。“ゴールはない” ということ。

(町の暮らしやすさのために)自動運転も可能性の一つだし、やるべきことは広がり続ける。だから、継続して取り組むことが改めて大切だと感じた。

鈴木重男町長と話す山本CSO

収益の面でも自立できなければ、持続的な支援にならない。

これは豊田社長の、東北復興のスタンスと同じである。震災直後の2011年、「モノづくりを通じて、地域の人たちと一緒に東北の未来をつくる」「東北のモノづくりを中長期にわたって発展させていく」と “トヨタ自動車東日本” 発足へ動き出している。

YOUの視点で、デジタル化

一過性ではなく、持続的に何ができるか。町の利便性を上げるとなると、真っ先に「デジタル化」という考えが出てくる。

しかし、岩手トヨペットの元持雅行社長は、「我々(販売会社)だけで、高齢者でも使いやすいものをつくるのは大変。トヨタと一緒に進められるのはありがたい」と話す。また、ネッツトヨタ岩手の元持儀之社長は、「岩手は高齢者が多い。デジタルを触れない人たちに、いかにデジタルを普及させるかが重要」と話す。

だからこそ山本CSOは、「地道にやり続けることが大切」と考えているようだ。高齢者がいきなりデジタルを使いこなすことは難しい。相手のペースに合わせ、徐々に利便性を実感してもらいつつ、心地よさをアップデートしていくのである。

そこで大きな可能性を秘めているのが、Woven Cityだという。

山本CSO

将来のモビリティを描いてテストする環境の一つが、Woven City

どんな道路をつくったらいいか、全部ソフトの中でシミュレーションできるし、やりたいテーマをどんどん持ち込んでやってみる。そして(Woven Cityの)住民に評価してもらう。葛巻町に使えることも必ず出てくるはずだ。近距離移動の手段ができれば、いろんな地域に応用もできる。

先進のテクノロジーを駆使した未来の実証都市が、その正反対に思える町の暮らしにつながる可能性を秘めているのだ。

スーパーくずまきの開店にも大きく関わった一人である、ネッツトヨタ岩手の元持儀之社長は、こう話す。

ネッツトヨタ岩手 元持儀之社長

町との付き合いは一生終わらない。だからこそ、町とのつながりは大事にしないといけない。スーパーのオープンまでも、多くの苦労があった。町の人に寄り添わないと進まない。

だからこそ、忘れてはならないのが“YOUの視点”だ。

利便性の押し売りではなく、本当に役立つ支援を行うため、YOU(相手)の視点に立って考えることが重要なのだ。

自治体だけではできないこともある。企業だけではできないこともある。大切なのは、現場を訪れ、町の人のリアルな声をたくさん聞き、お互いが課題解決のために手を取り合うこと。

なぜ苦労をして、スーパーくずまきの立ち上げまで至ったのか。町長や販売会社の社長に聞くと、「町を笑顔にしたいという想いだけ」と一様に同じ答えだった。

スーパーくずまきの運営に関わる皆さん

おじいちゃん、おばあちゃんの幸せを量産へ

スーパーの配達で取材したおばあさんは、何度も「ありがとうございます」と話し、我々記者が乗ったクルマが遠く離れても、振り返ると、最後まで手を振って見送ってくれていた。

モビリティの可能性を考えることは、町の人たちの幸せを考えること。まだ、答えは見つかっていない。でも、暮らしの困りごとに対して、モビリティができることはきっと、もっとあるはずだ。

「幸せの量産」とは、決して均一の幸せを量産することではない。現地現物で、自分たちの目で見て、話を聞き、理解する。その上で、一人ひとりに本当に役立つサービスを提供し、それぞれの幸せにつなげることであると感じた。

最後に、山本CSOは、豊田社長が常々話すTPS(トヨタ生産方式)の原点について語った。

山本CSO

TPSの原点は「誰かを楽にしたい」という考え。住民の皆さまに寄り添って「何がお困りか」をしっかり把握した上で、何ができるか考えていきたい。

ITやICTはあくまで手段なので、それらをどう使うのか。TPSの考えを軸にすれば、お役に立てることも多いと思う。そのためには、住民の皆さまに寄り添ってお声を聞くしかない。

トヨタだけでなく、IT事業者からも、あらゆる好事例が出てくると思う。それをみんなで共有して、その地域ごとに最適なご提案は何か、一緒に考える場をつくっていきたい。

スーパーを立ち上げたのは、ゴールではなくスタートである。町の課題解決の答えは、テクノロジーの開発現場ではなく、町の人の心の中にあると思えた。

今回の取材では、過疎地の困りごとを解決することの難しさを痛感した。地元の商店が閉店に追い込まれ、困っている人がいる。そこに手を差し伸べたら、地元の人たちは簡単に受け入れてくれる、そんな誤解もあった。

同じ過疎地でも、地域によって、人によって困りごとは異なる。困りごとを一つと決めつけて、都会の便利を振りかざしていては、一向に解決しないだろう。その点、スーパーくずまきの取り組みは、時間をかけて地元の人に寄り添い、ようやくたどり着いた大きな一歩であると感じた。

山本CSOは、トヨタでソフトウェア、MaaSという先端領域を手掛ける。だが、今回の訪問中、山本CSOが積極的にそうした先端技術をアピールするシーンはなかった。もちろん、先端技術が役に立つフェーズはやってくるはずだが、まずは地元に寄り添い、本当の困りごとは何なのか、現地現物で向き合う。その先にしか、本当の解決はないのだと実感した。

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