日本でも、再エネを主力電源に?震災から10年、トヨタの技術トップが東北で目にしたものとは...。
3月25日に、福島県でスタートした“東京2020オリンピック聖火リレー“。同県浪江町を走る際や、その他一部区間で、聖火リレー史上初めて水素を燃料としたトーチを使用。次世代エネルギーの活用を重視する、日本政府の姿勢が国内外にアピールされた。
日本をはじめ、世界の多くの国が宣言する2050年までのカーボンニュートラル。これは、排出されるCO2と、吸収・除去するCO2を差し引きゼロにすることである。その実現のカギとなるのが、水素と再生可能エネルギー(以後、再エネ)だ。
そんな中、トヨタの技術部門のトップである前田昌彦チーフテクノロジーオフィサー(以後、CTO)が、再エネに関する我が国唯一の国立研究機関である「福島再生可能エネルギー研究所(以後、FREA)」を訪問。その様子を、トヨタイムズ新人記者・森田京之介がリポートする。
森田
前回、豊田社長が福島県浪江町の水素製造施設FH2Rを訪問したことについてリポートしました。これが私にとって、初めて「水素」について深く考える機会でした。
水素が太陽光エネルギーの弱点を補完する存在であることを知り、水素社会の実現と、再エネ技術の進化は切っても切り離せない関係であることがわかりました。
カーボンフリーな水素をつくるうえで、再エネ由来の電気は不可欠であり、今回前田CTOが訪問したFREAは、日本の再エネ技術の現状を把握するにはもってこいの場所。
水素、再エネ、カーボンニュートラル、豊田社長から始まった「東北の未来を考えるための訪問」がどのようにつながっていくのか、期待をもって取材に臨みます。
震災から10年。復興から、成長へ
今回、前田CTOが訪れた目的は、最先端の再エネ研究の実態、そして課題を知り、産学一体となりカーボンニュートラルへの取り組みを加速させることである。
エネルギーには、つくる→運ぶ→使うという段階がある。私たちが暮らしのなかでエネルギーを使うときだけでなく、その前段階など、すべてのライフサイクルで発生するCO2をゼロにしなければ、カーボンニュートラルは達成できない。
そのため、「エネルギー政策」と「産業政策」をセットで考えないと、カーボンニュートラルの実現は難しく、研究機関と手を取り合うことが非常に重要なのである。
福島をはじめ東北では、今でも避難生活を余儀なくされている多くの人がいる。見学前の挨拶で、前田CTOはこう語った。
前田CTO
震災から10年。“復興”から“成長”に変わっていく、ターニングポイントでもあります。実務レベルでも既にコンタクトを取り、協働していますが、トヨタとして福島、東北、そして日本にとって何ができるか、一緒にやらせていただけることがあれば、是非進めたいと考えています。トヨタだけでなく、あらゆる立場の方と連携して取り組みを加速できるよう、FREAのメンバーに加え、福島県庁や、地元のクルマ販売会社であるネッツトヨタ郡山の小室社長も同席して進められた。
燃料代が、事実上タダになるクルマ
視察中、気になったことを次々と研究員に質問する前田CTO。
前田自身も技術畑出身のため、かなり専門的なやりとりである。研究内容と、自身のトヨタでの取り組みに重なるところがあるのか、そのつながりを探るように、移動中も質問が途絶えることはなかった。
そんな中、もっとも具体的なやりとりが行われたのが、太陽光パネルについて。
FREAで開発が進む太陽光パネルは、効率よく発電するために、パネルの表と裏、両面から光を受け取ることが可能だという。つまり、設置できる場所が南向きに限定されず、自由度が大きく広がるのだ。さらに、軽量化によって、これまでは重量制限で設置できなかった場所にも置けるようになるという。
この話を聞き、取材していた我々を見て「記者さんの目が気になるな」と微笑みながら、前田CTOは具体的なイメージを語った。
前田CTO
昔、プリウスの屋根にソーラーを載せた。ただし満充電には時間がかかった。
今、車内の後ろの窓は、カメラモニターで見えるように変わってきているので、後ろの窓にもソーラーを載せられる。両面で光を集められるこのパネルなら、(運転中に)あちこち進路が変わるクルマでは、あらゆる方角からさらに効率よく発電できる。
こういった高効率な太陽光パネルがあれば、普段の走行距離が少ない人なら、事実上、燃料代がタダになることもある。
(クルマの開発においては)標準的な暮らしをイメージして議論されることが多いが、稼働率が低いクルマにとっては、燃料代がかからないという再エネのメリットもある。クルマの使い方はお客様によってさまざまなので、一人ひとりの暮らしに合う再エネの使い方も考えていかないと。
実装への課題はコスト。コストと効率のバランスを、リアルに考えていける時代になってきた。
ここで触れられた、“屋根に太陽光パネルを載せたクルマの話”は、研究技術の広がりを考えるうえで見過ごせない観点だったのだと思う。トヨタは、「普及してこそ環境技術」とよく言う。普及するために重要になるのが、お客様にとっての「わかりやすさ」だからだ。
目の前にあるクルマにソーラーパネルが載っていて、ガソリンの給油口もない、燃料代は一切かかりません、というのは、視覚的にもわかりやすい。
すでに、福島交通の路線バスでも実証実験が行われていたり、福島県の事業でも電気自動車(EV)に太陽光電池を載せるトライアルを構想しているという。
一方的に情報を収集するだけでなく、再エネの技術をどう生かすか、どのような課題があるのかを話し合い、一行は次の見学ポイントへ向かった。
再エネは、ハイブリッド車と似ている?
続いては、再エネを最大活用するためのエネルギーマネジメントの話に。
人間が生活する限り、CO2排出を完全にゼロにすることは現実的ではない。そこで、FREAが目指すゴールの一つが、CO2排出削減のため、再エネを主力電源化することである。
しかし、太陽光や風力といった再エネの発電量は、時間帯や天候によって変動。そのため、安定して電力を供給するための研究が進められている。
その内容を聞いた前田CTOは、「ハイブリッド車と似ている」と話した。ハイブリッド車は、運転手がアクセルを踏んだり緩めたり、次々と条件が変動するなかで、エンジンとモーターのバランスを最適に制御している。“変動するものを、制御して安定させる”という共通点があるというのだ。
考え方が似ているため、ハイブリッドの研究者と、再エネの研究者が技術交流をすれば、何か新しいアイデアが生まれるのではないか、と期待を示した。
見えてきた可能性と、見えてしまった課題
そしてこの後、前田CTOが頭を抱えるシーンがあった。
それは、再エネを安定供給するための、シミュレーションについて議論しているときだった。
FREAでは、火力発電のように供給を管理しやすい既存のエネルギーネットワークに、再エネを無理なく導入するさまざまなシミュレーションを行っている。多くの条件下でシミュレーションを重ね、少しずつ再エネ比率を高めていく研究だ。
この話を聞いた前田CTOは「壮大だな・・・」とつぶやいた後、頭を抱え、しばし無言になってしまった。その理由を尋ねてみた。
森田
あらゆる可能性を確認できた一方で、頭を抱えるシーンもありました。未来への展望が開けた部分と、やるべきことが膨大だなという部分、率直にどんな感想をお持ちですか?前田CTO
再エネを主力電源にしていくには、シミュレーションの精度を、どこまで上げるか考えないといけない。
(研究しているエネルギーネットワークを)実際に社会実装したらどうなるのか知りたくなるので、事前にシミュレーターで検証する必要がある。すると、検証した答えが合っているのか確かめないといけない。
(確かめるためには)多くの実証データがないと、シミュレーションの精度は上がっていかない。その精度を、どのレベルまで、どの規模まで広げてデータを取るか。
さらに、その途中にもエネルギー技術は次々と新しくなっていく。その規模感に倒れそうになった。でもやらないと、いつまでたっても前に進まない。
リアルな町で、再エネを主力電源にする。その道のりの険しさを突き付けられ、困ったように微笑みつつ、プラットフォームづくりの重要性を改めて認識した前田CTO。
地域によって、都市の規模やライフスタイルはさまざまである。まだまだ実証データの数は少なく、データを取るための障害も多いという。だからこそ、開発が進む未来の実証都市“Woven City”のようなまっさらな場所で、再エネのプラットフォームをつくれないか、期待値は大きいという。
省エネは、お客様がうれしくないと広がらない
その後、風力やアンモニアなどの研究を見学し、話は「省エネ」の重要性へ。
カーボンニュートラルへの近道は、シンプルに言うと、いかに化石燃料を使わないエネルギーで暮らすか。つまり省エネだ。そんな省エネには、実は2つの種類があるという。
1つは、“使わない省エネ”。単純に使う量を減らすことだが、ときには消費者の快適さを犠牲にする可能性もある。
もう1つは、エネルギーの“扱い方を工夫する省エネ”。先ほど紹介された太陽電池のように、従来よりも効率を高めることで、消費者に負担をかけずエネルギーを節約することができる。
前田CTOは省エネについて、「お客様がうれしくないと広がらない」と指摘。「ここで研究されているシミュレーションが非常に役立つし、技術開発とセットで省エネを進めていかないといけない」と話す。社会にどう受け入れられるかを意識したうえで、省エネと向き合っていく重要性が語られた。
選択肢の多さは、可能性の大きさ
FREAが進めている研究も、実装して使われなければCO2排出削減につながらない。では、どうすれば実装されるのか。それは、地域ごとでさまざまなニーズに応えていけるかにかかっている。
そのためには、ひとつのエネルギーに頼るのではなく、複数の手数を用意し、お客様が最適なものを選べることが重要である。一口に再エネといっても、太陽光、風力、地熱など多くの種類がある。水素のつくり方、使われ方もさまざまだ。
今回の見学は、あらゆる可能性を探ることが目的であり、FREAもトヨタのような事業会社と連携することで研究を世の中に生かすことができる。前田CTOは力を込めて、こう語った。
前田CTO
ワンイシューではなく、(さまざまなエネルギーを組み合わせる)“エネルギーミックス”が、日本の強みになるかもしれないし、何よりお客様にあらゆる選択肢をお届けできる。そのための(多様なエネルギーを)準備しておくことが大切。
そして今回のように、ヒトとヒトとが直接意見交換する重要性を、このように語った。
前田CTO
豊田社長が常々言っているように“選ぶのはお客様”。しかし、お客様のニーズは知らない間に変わっていく。(技術や材料といった)シーズも着々と進化していく。そこで、世の中のニーズとシーズを結びつけることが大切。
今回のように、最先端のシーズを知りに行くことが大切だし、ニーズとシーズがつながる確率を上げなければならない。そのプロセスを、なるべく多面的に(幅広い人材で)回していくことも必要。今後、さまざまな再エネ研究が行われているFREAに来るトヨタのエンジニアを増やした方がいいかもしれない。
ニーズとシーズをつなぐ、マッチングアプリみたいなものができないかと考えたが、難しい。解説もいるし、理解も深めないといけないので、つなぐのはヒト。中身を理解しながら、出口に向かって一緒に加速していくために、ヒトとヒトがもっと技術的なやりとりを深めないといけない。
トヨタには、“エコカーは、普及してこそ環境への貢献”という考えがある。普及するためには、選択肢を増やさないと選ばれない。そのためにも先進技術を、どれだけ早く出口(実装)につなげることができるかが大切だ。
ここにも、トヨタが大切にする「現地現物」や「ヒト中心」といった価値観が生きている。
カーボンニュートラルを目指すうえで、水素なら水素と、ゴールを一つに決めて突き進んだ方がよいと思っていた。でも現実はそうではなさそうだ。
カーボンニュートラルへの貢献にはさまざまな形がある。前田CTOが何度も繰り返した、あらゆる可能性を持っておく必要性。エネルギーの多様性は、カーボンニュートラル実現への可能性の大きさなのだ。
各地域の事情に寄り添った“適地・適エネ”、2050年はエネルギーのダイバーシティがあふれる世界かもしれない。それぞれの地域と向き合い、再エネと水素が活用されるクリーンな未来へ。ここ福島から生まれる新たな技術が、“復興から成長”への、確かな足がかりになるように感じた。
見学を終え、駐車場に向かう際に、前田CTOはFREAの玄関に描かれている東北の地図を見つけた。そして足を止め、東北への想いを語った。
「大学時代を仙台で過ごしていたので、浜通りも中通りもよくドライブしたんですよ」
「この地域は、蔵王山から流れ出るミネラルで、貝がおいしいんですよね」など、自然豊かな東北に思いをはせて、自らの運転するプリウスPHVでFREAを後にした。