7月7日の中日新聞朝刊に掲載された豊田社長のインタビュー。未掲載部分も含め、前後編に分けて紹介します。
7月7日、中日新聞の朝刊に社長の豊田章男のインタビュー記事が掲載された。今回のインタビューでは、新型コロナウイルスが仕事や暮らしにもたらした変化、6月30日に発表した役員体制に込めた想い、理想の後継者像など、豊田が初めて語った内容が数多くあった。トヨタイムズでは、新聞未掲載部分も含め前後編の2回に分けて、インタビューの模様をお届けする。
・前編:コロナとの闘い
・後編:豊田の経営哲学
前編のテーマは「コロナとの闘い」。豊田が実感した会社の変化や、自社研修所で送った“巣ごもり”生活などを紹介する。
豊田が仲間に伝えた「ありがとう」
――新型コロナウイルスに関わる支援活動を通じて、社員の行動の変化に気付いた
医療器具をつくっている人たちを、トヨタのノウハウでお手伝いしようと(取り組んでいます)。我々の改善メンバーの支援先の一つ、かっぱを製造する船橋(愛知県名古屋市)では、医療用防護ガウンの生産で日当り500着だったものが5000着くらいになり、「(多くの医療関係者などから)『ありがとう』と感謝され、うれしい」と(船橋の皆さんにも)喜んでいただけました。みんなが「ありがとう」と(言い合って)、笑顔になっている。そのようにお役に立てるのはありがたいです。
東日本大震災のときは、(社内に対して)大事にしなければいけない順番は「一に安全、二に地域の復興、生産の復旧は三番目」と何度も繰り返し言ってきました。今は何も言わなくても、現場のみんなが動いています。それがこの十数年の変化だと思います。
もともとトヨタはそうだったんですよ。現地現物で一番モノに近い、お客様に近い、市場に近い人に発言権があるべきだというのが私にはあるんです。それがいつの間にか、企画部門や肩書きをつけた人の意見を聞くようになっていると感じていました。
上の人には「肩書き」を「役割」として使ってほしいんです。担当者にも、上の人にも「役割」がある。ただ、上の人には「役割」に加えて「肩書き」があるじゃないですか。その「肩書き」を何に使うかですよ。
社長である私が何を最優先にして動いているか、分からないことがあったと思います。それが分かるようになった人が増えてきた。
私は現場に耳を傾けて、一番事実を知っている人の声を聞こうとしています。その行動をマネしてくれる上司が増えてきたから、ちょっと安心感が出てきたんじゃないかと思います。
この(社長就任後の)11年を振り返れば、一度たりとも平穏無事な年はないんです。コロナ危機で平穏無事じゃない年がもう1年きた。当時と今との一番の違いは、私自身が落ち着いているということです。今も、先が見えないし、答えはないけれども、「一緒にどうしようか」と考える仲間が増えてきたからじゃないですか。
普段(従業員に)は「文句を言っている」ようにしか聞こえないかもしれないですよ。だからこそ、(株主総会のような)ああいう場では感謝を伝えたい。
責任者として厳しいことも言います。でも、自分の人生を振り返ると、厳しいことを言われ続ける中で、自分では気付かなかった自分に気が付かせてくれた人もいました。私はそういう人のことをものすごくありがたいと思っているんです。今は自分がそういった(厳しい)ことを言う役割かなと感じています。
でも、そんな私にも「ありがとう」と言う相手がいるよということは伝えたい。
豊田が正式に社長に就任したのは2009年6月だが、実は、その2カ月前の4月に、社内でメッセージを発信している。そのときに豊田は「現場」と「現地現物」の大切さについて、このように述べている。
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「現地現物」とは、現地に行って、現地を視察することではありません。目の前で起こっていることを、「自分事」として捉え、さらに良くしようと、努力するためにある言葉なのです。そして、着実に「カイゼン」を続けることによって、自分も楽になり、 楽しくなり、 周りの人も幸せになっていくのです。
佐吉も喜一郎も、その取り組みは、徹底した現地現物主義でした。喜一郎が、技術者の心構えとして書いたものの中に、「日本の技術者は、机上の技術者が多い。だから、いざ実行するとなると自信を失い、他人の非難を恐れて断行する力に欠ける。こういう技術者では、自動車はできない」というくだりがあります。後に「1日3回手を洗わない者は、技術者としてモノにならない」とも言っていますが、とにかく「現場を知っている人が一番偉い」というカルチャーが、そこにはあったのだと思います。
肩書きなんて関係ない。最後は見ている者が強い。モノに近い、現場に近い人が勝ちなんです。
「現地現物によって、人は学び、人は育つ」というのが、今日まで、そしてこれからも変わらぬ私の信念です。
知られざる “巣ごもり”生活
――新型コロナ感染拡大による緊急事態宣言発令以降、愛知県内の研修所で“巣ごもり”生活をしてきた
少しずつ、以前の生活に戻りつつありますけど、“疎開”でいろいろと気付いたことがあるんですよ。移動時間も人と直接会うことも減りましたが、仕事は進んでいるんです。今まで一年に一度会えたかどうかの人とも、より(オンラインで)会えています。直接会えなくなって遠ざかっているはずなのに、気持ちは近づいた気がします。
以前は(社内で)「どうして決裁や了解しか取りにこないの。もっと相談しなさい」と言っていましたが、(最近は)相談の時間も増えたように思います。
研修所には、料理をつくったり、掃除をしたりしてくれる人がいます。でも、私がいることで、休みがなくなっても申し訳ないと思ったので、「ゴールデン・ウィークは家族と過ごしてください」と言いました。自分ひとりで炊飯していたわけではなく、周りのスタッフを最小限にして、入れ替えながら過ごしました。合宿生活みたいなものです。
マスクをして、スーパーを歩いていても、誰も(私のことに)気が付きませんから。精肉店の大将と話をする中で気付いたこともありましたし、地元の人から評価の高いスーパーは違うということが現地現物で分かりました。ハンバーガーショップにできるだけ大勢の人を連れて行って、セットメニューを頼み、7分の2の確率でスープラ(のミニカー)をゲットしたりもしました。
あと、ぬりえもやりました。色鉛筆も水をつけると水彩画のようになるものもあるんです。かつて、私が経験していたクレヨンや色鉛筆とは全然違います。私の趣味はクルマの運転とか、動いてやることばっかりで「静」の趣味がないんです。手っとり早いのがぬりえとか、毛筆でした。
でも、集中できました。運転もそうですが、何かに夢中になることで「無」になる。だから頭がリラックスする。“疎開”生活では、移動とか身体的な負担は楽になりましたけど、その分、頭をフル回転していることが多かったんです。頭のリラックス法がほしかったということもありますね。
忘れてはいけない「人中心」
――コロナ危機に直面して価値観に変化は?
想いが強まったのは、やっぱり「人中心」だなということです。先端の技術や技能が出てきたとしても忘れてはいけないのは、「使い手である人間の幸せが量産できるかどうか」だと思います。
「生活は楽になったけど、満足度が損なわれました」ではいけない。Woven Cityなどの新規事業でも、人をど真ん中に置くことこそが、自動車事業をずっとやってきた我々の役割だと思います。
今まで環境問題にずっと取り組んできましたが、各国の規制に合わせることの優先順位が高かったと思います。そこに、SDGs(持続可能な開発目標)の概念が入ってくると、モビリティがいつまでも必要とされるものであってほしいという想いになりましたし、(SDGsの「誰ひとり取り残さない」という理念を受けて)「すべての方に移動の自由を(提供したい)」という想いがさらに強まりました。
もう一つ、SDGsでさらに思ったのは、誰もが同じ地球上に住んでいるということです。我々は以前から「ゼロエミッション」よりも「マイナスミッション」と言ってきましたし、ある地域だけではなく、地球全体(を俯瞰して見る)「ホームプラネット」という考え方で認められる会社になろうという気持ちが強まりました。
SDGsについて、今年5月の決算発表の場で、豊田はこのように述べている。
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今回の(コロナ)危機で、考えさせられたことがあります。それは「人間として、企業としてどう生きるのか」ということです。地球とともに、社会とともに、全てのステークホルダーとともに生きていく。ホームタウン、ホームカントリーと同じように「ホームプラネット」を大切に、企業活動をしていくということです。
そして、もう一つ、多くの人たちが、改めて、気づいたことがあると思います。それは、「感謝」の気持ちです。医療の最前線で我々の命を守ってくださっている方々はもちろん、私たちの日常を支えてくださっている全ての方々に対する感謝の気持ちです。今まで当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなくなったとき、「当たり前のものなど何一つない。どこかで誰かが頑張っているおかげなんだ」ということに気づきます。
地球環境も含め、人類がお互いに「ありがとう」と言い合える関係をつくっていく。企業も人間も「どう生きるか」を真剣に考え、行動を変えていく。私たちは今、大きなチャンスを与えられているのかもしれません。そして、それは、ラストチャンスかもしれません。
私たちの使命は、世界中の人たちが幸せになるモノやサービスを提供すること、「幸せを量産すること」だと思っております。そのために必要なことは、世界中で、自分以外の誰かの幸せを願い、行動することができるトヨタパーソンを育てることだと思います。私流に言えば「YOUの視点」をもった人財を育てるということです。これが、ウィズコロナ、アフターコロナの時代に向けて、私自身が全身全霊をかけて取り組むことだと思っております。
そして、これは、「誰ひとり取り残さない」という姿勢で国際社会が目指している「SDGs」、「持続可能な開発目標」に本気で取り組むことでもあると考えております。
ベンチャーのように進める先進プロジェクト
――今年の1月にWoven Cityプロジェクトを立ち上げた。その進捗は?
定期的に(プロジェクトメンバーと)私とのミーティングがあります。その場では、「Woven Cityでやりたいこと」「決まったこと」「仕掛け中」「終わったこと」という具合に、しっかりとスケジュール化し、私が出る今後のミーティングやイベントがわかるようにしてくれている。プロジェクトの進行状況の相談もしてくれます。
また、昨日まで言っていたことを覆してもいいというルールで、やり直しをしながら動いている。進め方はものすごく先進的だと思いますね。Woven Cityは非常に順調に進んでいるので、ご期待いただきたいと思います。
新しいモビリティの将来の種まきという面もありますが、成功体験を持つトヨタという会社が、ベンチャーのように形にとらわれず、ぐいぐいやっている会社へ変革するきっかけになってほしい。自動車業界だけでない仲間づくりもやっていくと思うので、ぜひ応援いただきたい。
後編のテーマは「豊田の経営哲学」。新しい役員体制など直近の改革に見る社長の想いや、初めて語る理想の後継者像などをテーマに取り上げていく。