交通死亡事故をゼロにするためには、クルマの安全技術を高めるだけではなく、ドライバーや歩行者の意識改革も必要だ。トヨタが取り組む2つの活動を追った。
「一人歩き」と「飛び出し」が最重要課題
ドライバーの次は、歩行者、特に子どもへの安全啓発について。突然だが、読者の皆様には、この絵本に見覚えがある人もいるのではないだろうか。
こちらはトヨタの社会貢献部が全日本交通安全協会(全安協)などと共に、1969年から発行している交通安全絵本。全国の販売店とも協力して、「幼児向け交通安全教材」として配布している。
創刊当時は「第一次交通戦争」と呼ばれ交通死亡事故が社会問題として深刻化。1959年から死者数は年間1万人を超え、ピークの1970年には1万6,765人を数えた。
特に歩行中の事故による死傷者は、7歳が突出していたこともあり、未就学児の交通安全教育、事故撲滅へとつなげるために作成された。
創刊から半世紀以上。キャラクターや表現は少しずつ変化してきたが、一貫して変わっていないこともある。それが「一人歩き」と「飛び出し」への注意喚起だ。
警察庁の調査によると、2010年から2019年の合計で、幼児の歩行中の死亡事故は「一人歩き」が35.1%(61人)、「飛び出し」が20.1%(35人)と、これだけで半数を超える*。
*警察庁 交通事故分析資料「幼児・児童の交通事故発生状況について 歩行中幼児(未就園児・就園児)の法令違反別死者数」による。
大人であれば、道路への飛び出しがいかに危険か分かっても、子どもには何が危ないのか理解できないことがある。だからこそ、大人が手本にならなければならない。
そこで2023年春に配布した最新の絵本では、保護者が子どもに安全を教える際に気を付けるべきメッセージを盛り込んだ。子どもに読み聞かせつつ、保護者も注意すべき点に気付いてもらう工夫だ。
全安協の井上悦希事務局長は、「子どもは、つい親が手を離した瞬間に、興味のある方へ一人歩きしてしまう。絵本を通じて、子どもはもちろんだけど、親にも子どもの特性を知ってほしい」と親子での活用を呼び掛ける。
さらに子どもへの教育について「真っ白い状態の小さい子どもたちは、これから複雑な交通社会の中で生きていかなくちゃならない。我々はそのために、まず基本ルールの大切さと、これを確実に身につけてもらうこと、そして、人に迷惑を掛けちゃダメだよ、ということを教えることがスタートになるんでしょうね」と語った。
絵本から広がる交通安全の輪
幼稚園や保護者の間でも交通安全絵本や紙芝居をきっかけにして、啓発の輪は拡大している。
熊本の販売店「ユナイテッドトヨタ熊本」は、絵本の配布先から打診を受けたことがきっかけで、2017年から交通安全教室を開いている。
昨年10月に開催した人吉幼稚園(熊本県人吉市)では、紙芝居の読み聞かせのほか、横断歩道の渡り方、シートベルトの効果体験などを実施。
人吉幼稚園では交通安全教室に限らず、日ごろから交通事故のニュースなどがあると、こうした教材を使って交通安全を教えている。
園児に向けた交通ルールや身の守り方を教える教材は少なく、絵本や紙芝居は大切なツール。また、教材の少なさ故か、子どもたちにとっては、絵本の主人公「クック」が登場すると「交通安全のお勉強」という意識が定着しているという。
保護者からは交通ルールを教える機会が少ないので、こうした教室の開催や絵本が助かっているという声が。一方で、安全教室の直後や絵本を読んだ後は意識が高まっているが、時間が経つと忘れてしまうので、定期的な開催を望む意見もあった。
死亡事故ゼロへの鍵は人を思いやる心
絵本がターゲットにしている未就学児とは離れるが、井上事務局長は、これからの交通安全教育について次のように語っている。
「7月からは(電動)キックボード(という交通手段)が新たに現れました。いろいろな方が車道や歩道を使います。お互いが譲り合って、自分も他人も大切にするということを(交通安全教育に)どう溶け込ませていくかが課題だと思います。一言で言うと交通道徳。そういうところかなと思います」
自分だけではなく、周りの人のことも思いやって道路を利用する。それは歩行者だけでなくドライバーも同じ。
タテシナ会議では、この利他の心を「愛」と表現し、三位一体とともに交通死亡事故ゼロへのキーワードとなっていた。
ドライバーへの運転講習も、小さな歩行者への安全教室も、ただ技術やルールを教えるだけではない。クルマを知ることを通じて、ドライバーも歩行者もお互いを思いやる心を啓発し、事故ゼロの社会実現を目指していく。