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「トヨタらしさを失ってはいけない」~変革の時代のブレない軸~

2019.05.11

100年に一度の大変革の時代においても、TPSがトヨタの原理原則である理由。

「トヨタをモビリティカンパニーに変革する」。
「最後に残るクルマは“FUN TO DRIVE”」。

この2つは、どちらも社長の豊田が語った言葉である。前者は、2018年1月、米国で行われたCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)でトヨタの進むべき方向性を示した時。

後者は、トヨタイムズの香川編集長に、トヨタがスポーツカーをつくる理由を問われた時だった。

2つの言葉の意味をより深く理解するため、副社長の友山に話を聞いた。
コネクティッドやMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)といったモビリティの新たな可能性を広げる取り組みと、スポーツカーづくりの双方を担当している「友山ならでは」の解説があると考えたからだ。
全2回のインタビュー記事としてお届けしたい。

変革を強みにつなげるためにTPSがある

友山副社長がGR、コネクティッドに加えて、TPS(トヨタ生産方式)にも関わる理由は?

友山副社長

「コネクティッド」、「GR」、「TPS」の三つは、いずれも、トヨタの変革に必要な領域だと思う。コネクティッドは自動車ビジネスを変革する、GRはクルマづくりを変革する、TPSはそういった変革を「トヨタらしい強み」につなげるための原理原則だと思う。 コネクティッドにより、クルマは単なるプロダクトではなく、顧客や社会との接点に変わる。その接点を通じて、どれだけ魅力的なモビリティサービスを提供できるのか。これが「カーカンパニー」から「モビリティカンパニー」に変革する上で重要な要素になる。 GRは人を鍛えて、クルマを鍛えて、いいスポーツカーを世に出す。最新のレーシングカーは、最新のコネクティッドカーだとすると、コネクティッドがクルマのソフトを鍛えて、GRがクルマのハードを鍛える。二つが融合することで、より素晴らしいクルマができる。ただ本当にいい商品として完成させるためには、競争力のあるコストとリードタイム、適正な品質で量産しなければならないわけで、絶え間ない改善の積み重ねが必要。そこでTPSが出てくる。

サーキットのピット内でマシンを整備するメカニック達

特に近年は、顧客の価値観がモノからコトや体験に移る中で、ジャストインタイムは工場の出口で終わりではなく、より顧客に近い所にいかないといけない。それに必要なのは、コネクティッドだ。コネクティッドで顧客のクルマの状態や、顧客が今、何を欲しているのかを把握し、24時間365日、ジャストインタイムの安心サービスを提供する。だが、顧客の期待は無限に拡大するので、期待と我々の実力値の間には常にギャップがある。だから、ここでも、そのギャップを縮めるための絶え間ない改善活動が必要になる。クルマづくりであろうとコネクティッドサービスであろうと、我々のモノの見方、考え方の根幹にTPSがあり、それがトヨタらしさ、トヨタの強みに繋がる。

トヨタからTPSを取ったら普通の会社になる

トヨタは昨年からTPSを経営の前面に強く打ち出している。今、あえてそうしたのは何故か?

友山副社長

1991年に私は生産技術部から生産調査部に異動した。その部署は大野耐一(元副社長)が設立したTPSの総本山的な組織であったが、その時の直属の上司が豊田係長(現社長)だった。私は豊田の部下として、製造現場の改善から販売店の物流改善まで色々なことをやった。上司の豊田は、その当時から、「トヨタからTPSを取ったら普通の会社になる、その先にトヨタの未来は無い」とずっと危機感を持っていたように思う。 2009年に豊田が社長に就任して、最初の5年間はリーマンショック、品質問題、震災もあった。そうしたことを乗り越えるための5年間だったと思う。次の5年間は、次世代のトヨタに向かって走り出すための言わば準備期間だったと思うが、遂に、2018年1月、TPSを経営の前面に大きく打ち出した。(生産、販売部門まで含むTPS本部が組織化され、友山は本部長に就任)。 100年に一度という激動の時代を生き残るためには、TPSを生産分野はもちろん、事技系や販売流通分野にも徹底し、開発から、生産、販売、アフターサービスに至るまで一貫してビジネスの戦闘能力を上げていかなければならないからだ。

インタビューに答える友山副社長 販売店のサービス改善研修の様子

20年前は、孫さんに啖呵を切って帰ってきた・・・

2018年1月にモビリティカンパニーになると宣言し、10月にはソフトバンクと提携した。20年前にも孫さん(現ソフトバンクグループ代表取締役会長 兼 社長)との接点があったという話だが、当時のやりとりは覚えているか。

友山副社長

鮮明に覚えている。1998年、販売店にTPSを入れる活動をしていた頃、販売店のキャッシュフローを改善するには、新車を売った際の下取り車を早く再販しなければならないことに気づいた。ところが下取りしてから展示するまでに何週間もかかって、さらに展示場に何ヶ月も売れ残っているクルマも多くあった。そこで下取りした瞬間に、そのクルマを写真で撮って画像で商談する、しかも展示場だけでなく、ネットにも出して全店舗で商談できるようにした「中古車画像システム」を開発した。

中古車画像システム

当時としては画期的なシステムだったが、インターネットも普及していない時代でもあり、社内からは、「画像でクルマが売れるわけがない」と抵抗されて、そのシステムの呼び名に、トヨタという名前をつけることが許されなかった。だから仕方なく、画像システムの「画像」から取って「GAZOO」と名付けた。GAZOOは、社内の抵抗に反して、販売店からは、非常に好評で全国に広がった。サイトには常に6万台ぐらいの中古車が載っていて、毎日3千台の新しいクルマが入ってくる。大成功だった。 そこで、この画像商談システムを新車にも広げようと、販売店への根回しに東奔西走していた矢先、同じようにインターネットでクルマを売ることに目をつけた孫さんが「米国のネットディーラーを正規のシステムとして採用しないか」と、トヨタに話を持ってきた。孫さんの非常に雄弁な説得に、一部のトヨタの上層部も傾きかけた。「メーカーと販売店の間にそんな厄介なインターネット仲介会社が入って良いはずは無い!」と、豊田と私は、おおいに危機感を感じた。

GAZOO.comの通信パラボラアンテナ前で。当時の豊田社長と友山副社長

豊田は課長、私は係長だったが、孫さんの所まで直接行って、「そういうことは、トヨタは自前でやる会社です」と啖呵(たんか)を切って帰ってきた。当時は若気の至りで、さぞかし失礼な態度を取ったと思うが、孫さんはすごく穏やかだった。「それはすごく残念ですね」と言われ、「でも分かりました」と。それからは、一切手を出してこなかった。それをきっかけに、ソフトバンクとトヨタは全く接点がなかった。仲が悪いのではないかという記事もあったが、接点がなかっただけ。今回、なぜソフトバンクと組んだのかと聞かれるが、むしろ社長と私も驚いている。そのくらい、この20年間で、自動車業界を巡る情勢は大きく変わったのだと思う。そしてトヨタも今変わろうとしている。

ソフトバンクと一緒にやろう・・と豊田が決断した

海外の配車大手と提携する中で、豊田社長は「扉を開けると孫さんがいた」という表現をした。20年前の記憶を思い起こすことはあったのか。

友山副社長

クルマの価値が所有から利用に移行しつつある中、膨大なユーザーと登録ドライバーを掌握している配車大手との提携は今後重要になる。そこで、ウーバー、滴滴(ディディ)、グラブなど、世界のライドシェア企業との提携を画策したが、必ず、その先に、第一株主=ソフトバンクの名前があった。20年前を思い出したか分からないが、豊田は「ソフトバンクと一緒にやろう」と決断した。そこで汐留のソフトバンク本社に行って、こちらから話を持ちかけた。おもしろいのは、そこでお会いした孫さん、宮内さん(現ソフトバンク社長)、宮川さん(現ソフトバンク副社長)は、20年前に孫さんに会いに行った時と同じソフトバンク側のメンバーだった。宮内さんは覚えていて、「やっと、そういう時が来たんですね」と感慨深く言われた。

20年前、なぜトヨタは自前でやろうとしたのか。

友山副社長

当時から、GAZOOは顧客との接点を創ろうとしていた。お客様と販売店とメーカーを繋ぐことを考えていた。あの時、全部、異業種にその接点を渡してしまっていたら、おそらく今のGAZOO(から始まったトヨタのインターネットビジネス)は無いし、トヨタのコネクティッド戦略は、全部、アウトソーシングに頼ることになっていたと思う。そこに、モビリティカンパニーとしてのトヨタの新しい未来はなかっただろう。

今年の8月、豊田社長がソフトバンクの本社に行って、9月に孫社長もトヨタ本社を訪れた。どういうやりとりがあったのか。

友山副社長

お互いの戦略やビジョンを示して、決して競合ではないと確認し合った。どういう話をしたか全部は言えないが、例えばソフトバンクは、ビジョンファンドに代表されるように目利きに優れていて、世界中の成長する企業に投資をする。トヨタはそうした所は得意ではない。ただTPSをはじめ、企業の現場力を高める能力や、品質良く、適正なコストで量産し、市場に出た後も充実したアフターサービスを提供するなど、リアルの資産と強みを持っている。ソフトバンクの有する先見的なポートフォリオ(投資企業群)と、トヨタグループの有するリアルの強みを組み合わせることで、新しいモビリティ社会を構築できる可能性がある。そういう観点で、長期的にベネフィットとビジョンを共有できたということだ。

ソフトバンクの孫社長と握手する豊田社長

水と油を混ぜるとエマルジョンという違うものができる

ソフトバンクとトヨタは水と油と評されたこともある。一緒にやり始めて感じていることは。

友山副社長

今年1月にMONET Technologies(モネ・テクノロジーズ)という合弁会社を設立してから、ほとんど期間が経っていないが、3月末時点で17の自治体とサービス提供の覚書を結び、既に3つの自治体と1つの企業のオンデマンドモビリティサービスが始まっている。3月28日に100以上の自治体、約200社の企業に対して説明会もやった。横から見ていてハラハラするが、このスピード感と突進力は従来のトヨタにはないもの。

水と油を混ぜるとエマルジョンと言ってドレッシングのような違うものができる。だからトヨタにもない、ソフトバンクにもない、全く違うビジネスユニットが生まれる可能性があると期待している。

喜一郎の仏壇の前で血判状をつくった

社長就任10年。昨年1月、豊田社長が「7人のサムライ」と呼ぶ体制がスタートした。このままではいけないという問題意識は、どの様に持っていたか。

友山副社長

7人のサムライ体制が本格的にスタートする18年2月に、7人で静岡県湖西市の豊田佐吉記念館、つまり、喜一郎の生家を訪れ、佐吉、喜一郎の仏壇の前で血判状をつくった。この話はこれまでほとんどしたことがないが、今日は(トヨタイムズということもあるので)話しておこうと思う。そこに書かれた文面は、まず6人のサムライとしては、「我々は、日本、延いては世界経済・社会の発展のためトヨタグループを新たに創造すべく、豊田章男とともに、身命を呈してあらゆる努力を尽くすことを誓う」というものだった。それに対し豊田は、「豊田章男は、それに応えるべく、徹頭徹尾、本分を尽くし精進することを誓う」という内容だった。

喜一郎の仏壇の前で血判状をつくった「7人のサムライ」

豊田には、自分以外の誰にも背負いきれない重い使命がある。それは、喜一郎の無念の想い、道半ばの志を引き継いだものであり、豊田は、それと日々葛藤しつつ、そこから逃げ出さず、戦い続けている。我々には、豊田のその重い使命を代わりに背負うことはできないが、一緒に戦うことはできるはず。同じ、高い志を持って、ともに戦うことはできるという誓いを新たにした。 喜一郎のもとには、喜一郎の志に呼応し集まった、歴史にはその名が刻まれていないたくさんのリーダーたちがいた。今、この100年に一度の大変革期こそ、7人のサムライはもちろん、多くのリーダーが一丸となって、未来に虹のたすきをつなぐときであると思っている。その評価は、これから何十年も先の、次の世代がするものだと思う。

王様と将軍という異質のリーダーシップ

血判状までつくるのはかなりの決意だと思う。血判状で結ばれた7人の侍のトップマネジメントのあり方とはどういうものなのか?

友山副社長

一言で表すと、戦う体制だということだ。思い返せば、1996年、豊田が業務改善支援室を設立したとき、「俺は王様、おまえは、将軍になれ」と言われた。「どこと戦うかは王様が決める、どうやって戦うかは将軍がやる。勝ち負けも王様が決める。決まるまでは将軍は戦い続けろ」と言われた。王様と将軍と言っても、当時は、70人の寄せ集め組織の課長と係長。あれから23年経ち、その関係は、社長と副社長となったが、今も変わっていないのが、「決めるリーダー」と、「やるリーダー」の関係だ。ただし、今は、将軍は6人になった。

戦乱の時代だからこそ、何かを決めることに時間をかけてはならない。では、なぜ、決めることに時間を要するのかといえば、「それをやれるか、やれないか、どうやってやるか」を、同時に考えてしまうから。迷っているうちに、どんどん戦況は変わってしまい、「やっぱり、しばらく様子を見るか」となってしまう。

やると決めるのは王様の仕事、どうやってやるのかは将軍の仕事、極論すれば、将軍は王様が決めることに口を出さない、王様は将軍のやり方に口を挟まない。この二つのリーダーシップが、迅速に機能する必要がある。戦乱の世を乗り切るトップマネジメント体制には、王様と将軍という異質のリーダーシップが必要なのだと思う。

次世代にバトンをつなぐ上で、社長は自らの後継者のことをどう考えているのか?

友山副社長

そういうことは社長に聞いて欲しい(笑)。今は一日一日、必死なのではないか。生き残るために必死だと思う。目の前には従来の競合メーカーに加え、ITジャイアントを始め、敵か味方か分からない様々な異業種が、自動車ビジネスに参入しようと虎視眈々(こしたんたん)としている。一方で、顧客の嗜好や価値観もどんどん変わっていく。クルマを所有しないでライドシェアで済ませ、その分、スマホにお金をかけるとか・・。そうした中で、どうやってトヨタグループ37万人プラス、サプライチェーンを含めた集団が生き残れるのか、そういうことに今は必死だと思う。ここで生き残ることが出来なければ次の世代にバトンタッチも出来ない。

トヨタには共通の価値観があるはず

春闘では、トップマネジメントとそれ以外との間で、危機感に相当な開きがあるという話が出た。友山副社長が感じるトヨタの課題はどこにあるか。

友山副社長

トヨタがいわゆる(普通の)大企業になりかけていないか、という危機感はある。何が普通で、何が普通ではないか、口で説明するのは難しいが、トヨタには、トップからボトムまで共通の価値観があるはずだ。そこが他の会社とは違うと思っている。 春闘で、労使で競争力を高めるために何をすべきか、ということを真剣に議論する場が持てたことは良かった。ただし、競争力を強化する上で、トヨタには他社に無い共通の価値観があるはずだ。その一つがTPS。TPSでは、限りなくリードタイムを短縮しなければならない。また、各工程、各職場で異常を顕在化し日々改善しなければならない。更に、仕事の量や種類の変動に関わらず生産性を落とすこと無く一人工(いちにんく)を追求しなければならない。これらは、トヨタで働く以上、当然のことであり、そこに、職層や職域を越えた共通の価値観がなければならない。

工場を視察する友山副社長

例えば、一見、仕事が楽になりそうな設備やシステム、やり方であっても、リードタイムが長くなったり、現場で異常が分からなくなって改善が進まなくなるようなものは入れてはならない。また、負荷の変動に応じて、隣り合う工程や職場を移動し、助け合うことは当然のことであり、それがやり易いように、職場は大部屋化、人は多能工化しなければならない。手待ちやムダを省き、一人工を追及することは、決して労働強化ではなく人間性尊重である。そういうことに疑問や議論の余地は無いはずだ。 トヨタはこの5年で安定期に入り、当面は潰れる心配はないだろうと思っている人もいるのかもしれないが、それは大間違いだ。一番怖いのは、我々自身がトヨタ独自の共通の価値観を失いつつあるということだ。企業は人である。人が普通になるとトヨタは普通の会社になる。そうすると、トヨタ特有の競争力は失われ、その先にトヨタの明るい未来は無い。

まだ間に合うか。

友山副社長

間に合うと思う。おそらくここ2~3年が重要な時期だと思う。そのための7人の侍であり、そのために今、皆さんと共に、様々な変革に挑戦している。

友山副社長

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