昨年11月某日、東京赤羽にある国立スポーツ科学センターを訪ねた。新体操日本代表フェアリージャパン団体チームのキャプテンを務める杉本 早裕吏(23歳、渉外広報部)が、ここで合宿を行っている。
※本記事は、トヨタグローバルニュースルームに2019年5月15日に掲載されたものです
昨年11月某日、東京赤羽にある国立スポーツ科学センターを訪ねた。新体操日本代表フェアリージャパン団体チームのキャプテンを務める杉本 早裕吏(23歳、渉外広報部)が、ここで合宿を行っている。
杉本は13歳(2009年)の時に日本代表Bチームのオーディションに合格。その後、2013年にAチームに合格し、2015年の世界新体操で日本代表としては40年ぶりに団体リボンで銀メダルを獲得した。翌年のリオ2016オリンピックにも
出場し、団体総合で8位入賞の実績を持つ選手だ。
憧れ、ライバル、そして1番のサポーター
杉本は愛知県名古屋市の出身。4歳上に姉 多賀江がいて、幼いころから姉のまねをするのが大好きだった。新体操を始めたのも、もちろん姉の影響。楽しそうに踊るその姿を見て杉本も6歳から始め、憧れの選手は姉(現在は選手を引退)だったという。
「姉のほうが上手で、すごい成績を残していました。私も上を目指したいって気持ちがあったので、上達方法とか技のやり方とか色々聞いていたんですけど、教えてくれなかったりして。よくそこからケンカになりました。笑」
追いつきたいという杉本の想いと、抜かれたくないという姉の想いがぶつかることもあった。しかし、姉が現役を引退してからは、杉本の一番のサポーターになった。リオ2016の時も、はるばる地球の裏側までサプライズで駆け付け、夢の舞台で演技を披露する杉本に声援を送ってくれたという。
杉本は、日本代表に入れたのも有名だった姉がいたからだと話すが、それだけで入れるほど甘いものではない。だが、憧れであり、ライバルであり、一番のサポーターである姉がいたから、ここまで成長してこられたのは事実だろう。
「リオでは最後まで良い成績を残せなかったので、東京2020オリンピック・パラリンピックでもう一度姉の前で演技をして、恩返しをしたいと思っています。」
笑う門には福来る
年が明け2019年1月。ロシアでの合宿から戻ってきた杉本が、東京本社に出社すると聞き、再び会いに行った。
杉本たち日本代表のメンバーは、ロシア人コーチのインナ氏に振り付け、演技指導を受けるため、日本とロシアを行き来しながら合宿を行い、毎日8時間、練習漬けの日々を送っている。
共同生活をしているため、メンバーとは朝起きてから寝るまで、四六時中一緒にいる。それだけ一緒にいれば、揉めごとの一つでも起こりそうなものだが、嫌になることも、ケンカが起きることもないという。キャプテンを務める杉本は、普段の生活から意識していることがあった。
「その人の性格に合わせた言葉で伝えることを心掛けていて、やっぱり練習の時間だけじゃ分からないこともあるので、普段の生活から皆のことを理解しようって意識しています。」
メンバーのことを「家族のような存在で、皆かわいい妹」だとも話してくれた。そんな杉本でも、キャプテンを辞退することを考えた時期があったという。
「昨年の10月、11月くらい。世界選手権の後で、いつもだったら気持ちを切り替えて次に進もうって気持ちが湧いてくるんですけど、その時は湧いてこなくて・・・自分自身と向き合った時に、あと2年気持ちを維持したままやれるのかなって不安が出てきてしまったんです。キャプテンも辞めたほうがいいのかなとも考えました。」
昨年の世界選手権は、直前でのケガによるメンバーの入れ替えが影響し、団体総合(手具の異なる2つの演技を行ない、合計得点を競う)5位。切り替えて臨んだ団体種目別のフープでは銀メダルを獲得したが、杉本たちが目指すのは団体総合でのメダル。なぜなら、オリンピックでは団体総合しか行われないからだ。
加えて、この大会は東京2020の最初の予選で、団体総合の上位3カ国にその切符が与えられることになっていた。日本は開催国枠で出場できるが、自力での切符獲得を目指していた
「総合でメダルが取れなかったのは、私が最後までまとめきれなかったからじゃないかなと。あと、長い時間一緒にいて慣れてきてしまうと、皆が私に対して言いたいことが言えなくなっていないかなとか、勝手に考えてしまって。」
杉本は悩んだ末、全員でのミーティングを開いた。
「皆が『私は今こう思っていて、やっぱり早裕吏にキャプテンを続けてほしい』って言ってくれました。本音をぶつけてくれた分、私も真剣に皆のことを理解して、チームをまとめていきたいって思いが強くなりました。」
メンバーの気持ちに応えようと、キャプテンを続ける決心をした杉本。一人ひとりの意識にも変化があったという。
「皆、去年の悔しさがあるので、今年は最初から色んな試合でメダルを獲得して、自信が付いた状態で世界選手権に臨もうって気持ちです。これまでも笑顔で練習していたけど、難しい技をやるからこそ楽しくやろうっていう雰囲気になってきていて、今シーズンの初戦に向けてすごくいい練習ができています。」
結果、2019シーズンの初戦であるモスクワグランプリでは、団体総合で銀メダル。団体種目別のボールとフープ&クラブでは、宿敵ロシアを抑えて見事優勝し、最高のスタートを切った。
思い返せば、杉本が悩んでいた時期は、ちょうどインタビューをした時期と重なっていたが、笑顔で練習に取り組む杉本が印象的で、悩んでいることなど微塵も感じられなかった。
「自分のモットーとして、笑顔を大切にしています。辛い時でも、笑ってやっていたらいつの間にか乗り越えられていたってことがあるので、常に笑顔でいることを忘れないようにしています。」
杉本の座右の銘は「笑う門には福来る」だという。新体操に、チームに、そして自分に。真剣に向き合っているからこそ、日々色んなことを感じ、葛藤が生まれることもある。それでも、凜と背筋を伸ばして笑顔で困難に立ち向かう杉本を本当に美しい人だと思った。
自信を持てるかが勝負
新体操の種目は、手具が2年毎に変更される。昨年まではフープとボール&ロープだったが、今年から東京2020まではボールとフープ&クラブが種目となる。今年の演技の見どころを杉本に聞いた。
「毎年、硬い手具を使う種目は力強さのある曲をインナコーチが選んでくれていて、今年もフープ&クラブは強い曲調です。クラブには穴が開いていて、繋げられるようになっているんですけど、繋げた状態で技をすることで得点が高くなるので、演技中にたくさん入っています。」
杉本自身もユニークな技に挑戦するという。
「フープの上にクラブを2本置いて蹴り上げて、フープは前に、2本のクラブは真上に上げるっていう技で。今はまだ私の蹴り方によって、すごい回転がかかってしまったり、クロスして上がってしまったりするので、見えないようにクラブに色テープをつけて、上がった瞬間、クラブを取る役の2人が『何色(を取る)!』って声を掛け合って、何とか取っています。(笑)」
杉本は一生懸命説明をしてくれたのだが、練習の動画を見せてくれるまで、全く技のイメージが湧かなかった。(コラムを読んでくれている皆さんは、ぜひ大会の中継などで実際の技を見てほしい)
「ボールのほうは、『旅へ行く』っていうストーリーをつくって演技をしていて、すごく明るくて元気な曲なので、観ている方ものってきてくれるように楽しく踊ることを意識しています。」
旅の目的地は決まっておらず、皆それぞれ行きたいところをイメージして演技をしているそうだ。
新体操の得点は、「技の難度を評価するD得点(加点法)」と「出来栄えを評価するE得点(減点法)」の2つの要素で構成されている。これまではいずれも10点満点で評価され、合計20点が最高だった。しかし、昨年のルール改正でD得点の上限がなくなり、加えてミスによる減点も大きくなった。
難度を競うD得点が青天井となったことで、難しい技を連発し高得点を狙う演技構成になった中、ミス無く演技をしなければならない。そして、芸術として「魅せる」ことも求められる。
「ミスをしたチームが負ける。ただ、ミスをしないようにって考えすぎてしまうと、演技自体が小さくなってしまって、見た目の美しさを出せない。どれだけ自信を持って伸び伸び演技ができるかが勝負だと思います。」
演技への自信を付けるため、毎日の練習では技の成功確率の目標を定めて自分たちにプレッシャーを掛け、クリアできるまでひたすら反復練習を行っているという。「練習は裏切らない」とは言い切れないかもしれないが、本番の舞台に立ったとき、誰よりも練習をしてきたという自負が自信につながる。
「プレッシャーを乗り越えるには練習しかない。1日1日の練習を大切にしています。」
東京2020まで、すでに500日を切っている。残された準備期間をどう過ごすか。まずは前哨戦とも言える2019年の世界選手権で、その成果が出ることを楽しみにしている。