2019.05.10

「クルマは全部、馬になる」 ~トヨタがスポーツカーをつくる理由~

「トヨタをモビリティカンパニーに変革する」。
「最後に残るクルマは“FUN TO DRIVE”」。

この2つは、どちらも社長の豊田が語った言葉である。前者は、2018年1月、米国で行われたCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)でトヨタの進むべき方向性を示した時

後者は、トヨタイムズの香川編集長に、トヨタがスポーツカーをつくる理由を問われた時だった

2つの言葉の意味をより深く理解するため、副社長の友山に話を聞いた。
コネクティッドやMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)といったモビリティの新たな可能性を広げる取り組みと、スポーツカーづくりの双方を担当している「友山ならでは」の解説があると考えたからだ。
全2回のインタビュー記事としてお届けしたい。

クルマが馬車になっても、自分の愛馬は残る

友山副社長はTOYOTA GAZOO Racing (以下、GR)とコネクティッドカンパニーを担当している。前者は自らが操るクルマ、後者は、その対極の動きとも言えるかもしれない。その立場から、「最後に残るクルマは“FUN TO DRIVE”」という意味を解説してほしい。

友山副社長

クルマがコモディティ化して社会の共有物になった時、極端に言うと、「皆さんの車庫にあるのは全部スポーツカーになる」ということだと思う。「自由に、自分の意志通りに移動したい」、「もっと速く走りたい」、「もっと遠くに行きたい」、こうした人間の欲求は普遍的なものであり、それを実現してくれるクルマへの人々の感情は熱く、心ときめくものがある。社長の豊田が、クルマは愛車と呼んでいること、『愛』の付く工業製品であることにこだわる理由もそこにあると思う。

(自動車の誕生により)米国で1500万頭の馬がクルマに全て置き換わったといっても、競走馬は残っている。馬をこよなく愛する人も世界中にいる。自分が移動する道具は自分だけのものにしたい、という意識は変えられないのではないか。
以前、「ITでクルマはどうなるか」といった質問を受けた時、私は「全部馬になる」と言った。馬は、操る楽しさはクルマに勝るとも劣らず、障害物があったら避け、穴があったら自分で飛ぶ。馬は人と心を通わせることもできる、馬は騎手にとってはかけがえの無い存在だ。クルマもAIの進化により、コネクティッドで人と心を通わせる存在になる。「最後に残るのは“FUN TO DRIVE”」という言葉の意味は、クルマがコモディティ化して馬車のようになっても、人々はそれぞれの愛馬を持つようになる、ということだと思う。

インタビューに答える友山副社長

いいスポーツカーをつくれる
=モノづくりの力がある

クルマがコモディティ化するほど、パーソナルカーでは“FUN TO DRIVE”が重要な付加価値になる、ということだが、そういうスポーツカーをつくり続けることは、メーカーにとっても意義のあることなのか。

友山副社長

いいスポーツカーを量産できるかどうかは、自動車メーカーの「モノづくりの力」の一つのバロメーターだと思う。いいスポーツカーをつくるためには、世界有数のレースに参戦して、ライバル達と対等以上に戦い、そこで鍛えられた人と技術を活かして、クルマをつくれないといけない。また、スポーツカーはたくさん売れるものでもない。多品種、少量生産のノウハウがないといけない。いいスポーツカーを開発して、適切な価格で売れる力を持つ自動車メーカーは、モノづくりの力がしっかりあるのだと思う。

レースに参加中のTOYOTA GAZOO RacingのトヨタTS050ハイブリッドカーのピットインの様子

GRでハードを鍛え、コネクティッドでソフトを鍛える

GRが目指す、モータースポーツで鍛えるクルマづくりは、コネクティッドが実現する社会共有のモビリティや移動サービスにも好影響を与えるのか。

友山副社長

なぜ、コネクティッドとGRを一緒に担当しているのかということに関連するが、コネクティッドは新しいモビリティ、モビリティサービス、更には新しい社会システムを生み出す可能性がある。例えばe-Palette(イーパレット)では、時刻や日にちによって、ひとつのクルマが様々な役割を果たしたり、クルマ自体がお店になって自分のところに来る。つまり、社会の共有物としてのクルマのあり方を創出する可能性がある。

e-Palette(イーパレット)発表の様子

一方で、そうなればなおさら、自分自身のスポーツカーや、趣味のクルマを持ちたくなるはず。「車庫にあるのは全部スポーツカーになる」とは、そういう意味である。スポーツカーづくりはGRが担当しているが、その根幹にある「いいクルマをつくる技術、基盤」は、スポーツカーもコモディティなクルマも共通のものであり、いいクルマをつくることに変わりはない。
どんなクルマになろうと、顧客が乗りたい、最終的には持ちたいというクルマ作りをするためには、コネクティッドというソフト面、GRというハード面、この2つがきちっと鍛えられなければならない。パーソナルなスポーツカーであろうと、e-Paletteのようなシェアリングモビリティーであろうと、トヨタならではの“味”を追及して行きたい。

モータースポーツと自動車ビジネスは表裏一体

スポーツカーはラインナップから脱落して、少なくなっている。GRカンパニーは、スポーツカーを復活することや、スポーツカーを独立採算制で一つのビジネスとして確立することが求められているのか。

友山副社長

豊田は、「モータースポーツは、人を鍛え、クルマを鍛え、いいクルマづくりの基盤である」と明言している。これはモータースポーツと自動車事業は表裏一体であるということ示している。モータースポーツは営業の宣伝目的、マーケティングの手段ではない。景気のいいときはたくさんやるが、景気が悪くなるとやめていたのでは、いいクルマづくりはできない。レースという極限の世界で鍛えた人、技術でいいスポーツカーをつくる。そのいいスポーツカーを販売し、収益を稼ぎ、それをまたモータースポーツに投下するサイクルを回すことが、健全なモータースポーツを継続する上でも、いいクルマをつくる上でも重要だ。

レースマシンを整備するメカニック達

GRカンパニーは、モータースポーツ活動をやるだけ、スポーツカーをつくるだけの部署ではない。レースに参戦し現地現物で鍛えた人とノウハウで、スポーツカーを開発する、その活動が、トヨタ本体の働き方の変革に波及し、最終的には「いいクルマづくり」の土台を強化する、という重要な使命を背負っている。

例えば、ニュルブルクリンクでスープラを鍛え上げるのは、スープラの開発に必要なことだと思うが、カローラやファミリーカーにはどういう影響を及ぼすのか。

友山副社長

モータースポーツでは、一般的なクルマが走る状況よりも、さらに高い限界性能を要求される。そうした中で、パワートレーンやサスペンション、クルマの制御を鍛えていく。ここで磨かれた技術は、一般車の乗り心地や、走行性能の魅力を向上させる上でも重要なノウハウになる。

例えば、WRCにヤリスで参戦しているが、レギュレーション上、ベースとなる市販車の骨格構造など、使わないと行けない部位や部品が決まっている。そうすると、どうしても勝つためには、例えば、従来以上にサスペンションのストロークが必要になり、市販車の設計を見直さないといけない。次のヤリスはWRCの経験を相当つぎ込んでいる。サスペンションのストロークを改善することは、レースだけでなく、普通のクルマの乗り心地、走行性能、限界性能を引き上げることにも繋がる。レースでやったことを市販車の開発に活かすことで、従来のテストコースだけで開発するのとは違った次元のクルマづくりができる。

WRCのレースで荒野を疾走するヤリス

経営と現場が一体となることが、強いチームづくりに不可欠

WRCに参戦し、友山副社長自身が深く関わって学んだこと、再発見したことは?

友山副社長

昨年、WRCは13戦中6戦行った。豊田もWRCフィンランドに来て選手と一緒に表彰台に上がった。トップマネジメントがレースの現場に立つ意味は、トップがいるからレースの成績が良くなるわけではない。トップがチームと喜怒哀楽を共にし、そこで何が起きているか、現場と課題を共有することで、経営と現場が一体となる。そういうことが、強いチームづくりには不可欠だし、詰まるところ、いいクルマづくりにつながるのだ、と強く感じた。

昨年はWRCにヤリスを3台出し、マニュファクチャラーズタイトルを取ったものの、13戦中のべ14回、クルマがリタイヤしている。本番では数多くのトラブルを抱える。1戦終わり、1カ月足らず後の次戦までの間に、クルマから集められたデータと現地現物で起きたことを照らして合わせてクルマを改善しなければならない。ドライバー、エンジニア、メカニックが、職域や専門領域の壁を越えてワンチームで、限られた期間に改善を施す。そして走らせる。また壊れる。改善する。トヨタが2年でやっている開発を年間13回やっていることになる。こうした仕事のやり方は、必ずトヨタの仕事のやり方にも良い影響を与えると思う。

右から、WRC2018 第8戦フィンランド戦で優勝したヤリスWRC 8号車のドライバーのオット・タナック選手、コ・ドライバーのマルティン・ヤルヴェオヤ選手、豊田社長、友山副社長

最新のレーシングカーは、最新のコネクティッドカー

2018年1月、「e-Palette」を出した直後、「GRスーパースポーツコンセプト」を東京オートサロンで出した。その時、「レーシングカーはコネクティッドカー」だと友山副社長は言った。モータースポーツが走る、曲がる、止まるというクルマの素性に影響を与えるのは分かるが、コネクティッドの世界に与える影響をどう考えているか。

GRスーパースポーツコンセプト
友山副社長

最新のレーシングカーは最新のコネクティッドカーだ。ラリー車にも、サーキットを走るクルマにもセンサー、通信端末がたくさん付いていて、常にクルマのデータが上がるようになっている。データと実際の走りを見比べて、クルマを良くする。改善のサイクルを回す。クルマが今どうなっているかリアルタイムに「見える化」するためにコネクティッドは不可欠だ。

クルマは、単純にステアリングを右に切ったから右に曲がるわけではない。特にレースでは、ステアリングを切るのと同時に、ブレーキとアクセルを積極的にコントロールするから、高速でも安全に曲がれる。レースの世界だけでなく、普通のクルマでも同じだと思う。例えば、世界一流のドライバーであるタナック(オィット・タナック、TOYOTA GAZOO Racing WRCドライバー)が、どうやって路面の悪い中で、百数十キロで安全に曲がれているかというのは、クルマを良くする上で重要なデータだ。

WRCのレースで雪道を疾走するヤリス

タイヤがグリップを失う限界域においても、車両を安全にコントロールできる技術を開発する為には、こうしたデータは大切な財産になる。将来、誰でもタナックのように、美しく、安全に速く走れる自動運転も可能となるだろう。