【5回連載】池田直渡氏(モータージャーナリスト)×寺師茂樹(第3回)。「仲間づくり」が必要な理由。
3月16日、17日、「THE PAGE」にてモータージャーナリストの池田直渡氏による「寺師副社長インタビュー記事」が掲載された。トヨタイムズでは、「THE PAGE」、池田氏の了解のもと、同内容を5日間に渡り連載する。
トヨタ自動車が月面探査プロジェクトに乗り出す。その挑戦は、地上でのクルマ技術を月でも実現する「リアルとバーチャルの融合」だと、豊田章男社長の言葉を借りながら語るのは、副社長の寺師茂樹氏だ。電気自動車(EV)対応が遅れていると揶揄されることの多い同社だが、世界的な潮流である電動化という次世代戦略を、トヨタの技術トップはどう考えているのか。モータージャーナリストの池田直渡氏が余すところなく聞いた。全5回連載の3回目。
向こう10年間の地球環境に貢献することを考えれば、実際にユーザーに選んで買ってもらえるという意味で、ハイブリッド(HV)が現実解であると言うトヨタだが、時代とともに、プラグインハイブリッド(PHV)や電気自動車(EV)、燃料電池車(FCV)の比率が上がって行くはずだ。
トヨタの面白さは、メーカーとしてHVからPHVへ主流が変化すると予測しつつも、それを選び決めるのはあくまでもマーケットであるというスタンスを崩さないところだ。だからトヨタは全ジャンルの商品を揃え、市場が自由に選択できる様にする。そしてそれは少数派への商品供給という意味も持つのだ。
ところがトヨタは、そうした幅広い技術、それも未来に主流になっていくはずのEVやFCVの技術を他社に公開し、搭載するための技術供与まで行うと言う。その理由を尋ねてみた。
トヨタは、今世界のシェアのうち11~12%くらいしか持っていません
- 池田
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地域地域で違うエネルギー事情を考えると、グローバルメーカーとしてのトヨタは、全部に備えなければならないということですよね。だとすると「電動化のフルライン化」みたいなことをやらなきゃならないわけですか。
- 寺師
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ええ。最近社長がうちは電動化のフルラインナップメーカーだって言ってるんですけど、ちょっと考え方を変えないといかんのじゃないのかって思ってまして、HVのときもそうだったんですけど、「自分たちで」じゃなくて、「自分たちも」に変わらないといけないんです。要は仲間を増やしてみんなでやるっていう発想がこれまで弱かったと思うんですよね。
例えば、僕たちがクルマを製造してお客さまに買ってもらいましょう、ってやってきたんですけど、トヨタは、今世界のシェアのうち11~12%くらいしか持っていません。 - 池田
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世界の10%超えってすごい数字ですけどね。
- 寺師
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いえいえ。だけど、地球環境のために普及をさせるっていうことでいくと、これをみんなが一緒になってやっていかないとダメだよねっていうことなので、例えば「EV C.A.Spirit」っていうトヨタ・マツダ・デンソーで立ち上げたEVの基盤技術開発のための会社も、今ではメンバーが増えて9社が集まっています。EVの基盤技術は9社みんなで一緒に開発して、それぞれがそれを使ってEVをつくろうねと、この考えはFCVでもたぶん使えると思っています。
- 池田
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素朴な疑問なんですけど、EVにしてもFCVにしても競争領域の非常に重要な技術じゃないですか。それをオープンにしていくっていうことがなぜ可能なんですか。
- 寺師
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17年の実績でトヨタが排出削減の達成率が一番いい。それ以外のメーカーは規制値ぎりぎりと。これが何を示しているか、結構思い切って言っちゃうと、EVを持っている会社の達成率はいいわけではないってことですよね。
- 池田
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トヨタは「EV出遅れ」って言われている会社ですからね。
- 寺師
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最新技術と言っても、今作っている世代のものをお使いいただくっていうことですから。その世代の1つ先、2つ先っていうのは、僕らはもうやっているわけですよね。だから最新技術を公開したから、もうトヨタは競争力を失うってことじゃなくて、次も、その次もまた頑張れば良い。ある意味自分たちで自分たちを追い詰めているところもあるんですけど、特にHVの時の反省として、僕たちの技術に一緒に付いて来てくれる方が少なかったと。
FCVはシェアのコンマ何%。普及のためには、トヨタだけではたぶんなんとも広がらない
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FCVも特許をオープンにしました。いろんな引き合いはありましたけど、じゃあいろんなところが付いてきてくれたかっていうと付いてこなかったんです。だからさっき言ったように自分たちがクルマを出すっていうことにとどまらず、例えば色んな方々にトヨタのスタック(発電心臓部)と高圧水素タンクを使ってくださいって言って、「それ頂戴、それでつくるわ」っていう会社さんがあれば、僕たちはそれを提供するっていうのはもう全くやぶさかではないし、それを搭載して適合するのに必要な技術が要るのであれば、それもどうぞと。当然有償にはなると思うんですけど。
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FCVはまだ自動車全体のシェアのコンマ何%しかありません。それが普及していくためには、トヨタだけではたぶんなんとも広がらない。みんなと一緒に協力ができるんだったら提供しましょうよっていうことなので、電動化のフルラインナップメーカーではあるものの、従来の自動車メーカーとしての側面だけじゃなく、システムサプライヤーみたいな仕事もやっていくつもりです。
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それと別に僕たちがずっと直接対応をしなければいけないっていうことではなく、いろんな技術サポートをしてくれるエンジニアリング会社ってたくさんあるじゃないですか。例えばそういうエンジニアリング会社と一緒になって、他メーカーさんへのシステム適合を1回やれば、このエンジニアリング会社は次からもうトヨタのサポートなしでもできます。僕たちの技術を、あるものを使っていただくことによって仲間が増えてくる。従来は一緒にやりませんか、やりませんかって言ってても、ハードルがやっぱりあるので難しかったんです。だからお手伝いできるところはお手伝いしますので、一緒に仲間を増やしませんかというのが今のトヨタのスタンスです。
- 池田
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私が想像していたのは、技術を開発する過程ではいろんな試行錯誤があって、実は失敗の経験こそが財産で、最終的な答えだけ見せても、競争的な優位は揺るがないというふうにトヨタは考えているのかなと思ったんですが、そうではないんですか。
- 寺師
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もう全然違います。ええ。だから情報だけ開示して、ほら自分でつくってごらんよということではなく、さっき言ったように特許で押さえているものに加えて、適合にはノウハウがありますし、その経験だとかも含めていろんなものがないとクルマには最終的には仕上がらない。だからそういうところのお手伝いもしますよ。
- 池田
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そのノウハウも出してしまう?
- 寺師
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出しましょうと。というぐらいのことをやらないと、このゼロエミッションのクルマは広がっていかないんじゃないかって思って、できる限りお役に立てればなと。
- 池田
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そうするとやっぱりある種の社会貢献的事業ということなんですかね、エコに関して言えば。
- 寺師
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トヨタ自動車もやっぱりちゃんとした一企業なので、単純に持ち出すだけではなく、やはりこういう技術が広がっていくことによって、競争が激しくなってそれに背中を押されてわれわれがまたさらに一歩進み、いろんなものを使っていただけて、部品が欲しいと言われれば買っていただいて、その部分で収入を得ると。
- 池田
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そこはバランスなわけですね。
- 寺師
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ええ。
- 池田
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企業経営という部分のバランスと、それから地球の環境を本当に良くするためにはいくらトヨタが大きいとはいえトヨタの製品だけではダメだから、じゃあその両方のバランスを取りながら社会貢献しつつ企業としての利益も上げていくと。その2つの目標を同時に叶えるブレークスルーを今やろうとしているということですね。
- 寺師
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そういうことをやろうとすると、これまでのトヨタはあまり信用がなかったのか、「あいつらまたなんか考えてんじゃねえのか」みたいな。そうならないように、ここ数年間はいろんな会社さんと一生懸命仕事をやるっていう、僕たちの内側の問題もだいぶ解決できてきました。これから先は、ひょっとしたらもう日本にとどまらず、海外のメーカーとも仲間になっていかないといけないんじゃないかと。さっき欧州委員会の資料を見てもらったように、みんな薄々HVが当面の一番実効のある解の1つだっていうふうには思ってると思うんですね。
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例えば今回のジュネーブモーターショーの記事を見ると、表面的にはいろんなところでEV花盛りに見えますけど、よく見るとルノーさんが「HVを出す」って言ってみたり、ホンダさんが「25年には全部電動化にするよ」と言ってみたり、あれは全部EVにするって言ってるんじゃなくてたぶんHVだと思いますし、日産さんが「e-POWERを欧州でも」って言いだしているのはやっぱり当面の課題解決にはHVが一番効果的だっていうのは皆さん判断は変わらないんじゃないかと。
- 池田
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そうですね。ただでさえ「クルマは高くなった」と言われる中で、普及させるということを考えると、今のクルマの値段プラスアルファぐらいで売れなければ難しいですよね。走行用バッテリーは現状では部品としてあまりにも値段が高すぎるので、EVに必要な容量を積もうと思うと車両価格の4割とかがバッテリーに占められてしまう。そうするとよっぽどのブレークスルーがない限りやっぱり今、売っているEVの値段になってしまう。あるいはバッテリーをケチって航続距離を我慢するか、装備を落とすか。だけど例えば、300万円ぐらいのラインで普通の人に十分に訴求できる商品力で売ろうと思うと2019年現在としてはHV、特にマイルド・ハイブリッドがたぶん一番有効なんでしょうね。
- 寺師
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そうなんでしょうね。少なくとも今は。僕たちの長期的課題は、マイルド・ハイブリッドとか、僕たちのストロング・ハイブリッドとか、その次のPHVとか、規制が厳しくなって行った時どうするのかと。欧州委員会の規制と、たぶん中国も日本もアメリカも、だいたい同じようなところの目標値になると思うんですね。そうすると、今のHVの賞味期限はどの辺までなんだろうっていうのが次の問題になってきて、たぶん2030年の目標がこの間、欧州で出ましたけど、その規制値をクリアしようとするともう今のプリウスではダメなんですね。
- 池田
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あの数値を見るとそうでしょうね。
- 寺師
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まだこれから10年ぐらいありますので、プリウスもどんどん良くしていきますけど、2030年ぐらいまではたぶんHVが主力になって、そのあと徐々にPHVに移っていきます。「HVは賞味期限切れ、もう古いよ」って、使えないっていう言われ方もしてますけど、THS(トヨタ・ハイブリッド・システム)のHVとPHVって基本技術は一緒です。これから先10年間HVの技術進化をちゃんとやっておけば、PHVでまた活かせるんです。PHVになった途端にもうHVの何倍も燃費が良くなるので、2030年を越えたら今度はPHVが間違いなく一番効果的になってくると。
- 池田
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PHVはHVより大きなバッテリーを積んで家庭で充電できるシステムだから、例えば1カ月30日あって、20キロ以下の走行距離で済む日っていうのが例えば8割、バッテリーの電力だけではカバーできないほど遠出するのはほんの2割だとすると、8割のところはバッテリーだけで走れるでしょうと。するともうこれはほぼEVじゃないですかってことですね。スマホの電池切れにモバイルバッテリーをつなぐように、PHVでは予備のエンジンを使う。EVに充電だとその間線につながって動けなくなっちゃうから、モバイルエンジンが便利だと。システム的にはHVは電池が小盛り、PHVは並盛り、EVは大盛りで、電池容量の大きなクルマは大きいし重いし高い。そこを減らしてその分エンジンで備えると。
- 寺師
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そうなんですよね。だからおっしゃったとおり、例えばHVなのか、PHVなのか、EVなのかっていう分け方はあまり現実的ではなくて、たぶん半分以上のお客さんが毎日走る距離は電池だけで走れちゃいますと。とすればこれはもうほぼEVなんですよね。だからEVとPHVの間に線を引くっていうのは、法規的にはなんらかの意味はあると思うんですけど、一般のお客さんからするとあまり意味がないかもしれません。電池でどれだけ走れるかっていうことなんだろうなっていう気はします。
さて、今のインフラを前提としたトヨタの電動化戦略とその実現のための仲間づくりの話をここまで進めて来た。ではその先、エネルギーインフラの新時代にトヨタはどう対応して行くかという点を次に尋ねてみる。