2019.03.23

寺師副社長インタビュー(1) トヨタ、月へ行く

3月16日、17日、「THE PAGE」にてモータージャーナリストの池田直渡氏による「寺師副社長インタビュー記事」が掲載された。トヨタイムズでは、「THE PAGE」、池田氏の了解のもと、同内容を5日間に渡り連載する。

トヨタ自動車が月面探査プロジェクトに乗り出す。その挑戦は、地上でのクルマ技術を月でも実現する「リアルとバーチャルの融合」だと、豊田章男社長の言葉を借りながら語るのは、副社長の寺師茂樹氏だ。電気自動車(EV)対応が遅れていると揶揄されることの多い同社だが、世界的な潮流である電動化という次世代戦略を、トヨタの技術トップはどう考えているのか。モータージャーナリストの池田直渡氏が余すところなく聞いた。全5回連載の1回目。

与圧式月面探査車(ローバ)
トヨタはJAXAと連携して月面探査ミッションに乗り出す。

3月12日。宇宙航空研究開発機構(JAXA)とトヨタ自動車は国際宇宙探査ミッションでの協業の検討開始を発表した。10年後、われわれはおそらく日本人宇宙飛行士が月面に降り立つ場面を目にするだろう。月面には日の丸が掲揚され、トヨタが技術供与する人類初の与圧式月面探査車(ローバ)が月面の5か所の調査を含む1万キロ以上の月面走行を行うことになる。

この宇宙探査ミッションでは、人類の活動領域の拡大と知的資産の創出への貢献をテーマに国際協働かつ産学協働のプロジェクトとなる。

月までのアクセスを「地球-Gateway」(月近傍有人拠点)、「Gateway-月面」、「月面での移動を含む基地としてのローバ」の3つに分離する。ローバは調査拠点の間を無人のAI(人工知能)運転で移動し、宇宙飛行士は調査や実験、車両のメンテナンスなどの必要に応じてGatewayからローバへ月面離着陸機で移動する。

この国際宇宙探査ミッションについて、トヨタ自動車技術部のトップである寺師茂樹副社長にロングインタビューを行った。

リアルタイムで自動生成の地図を作りながら、AIで走っていくことになります

寺師副社長
宇宙への挑戦は「エンジニアの夢かもしれない」と語る寺師副社長(撮影:志和浩司)
寺師

もともとこのお話をいただいたのは、やっぱりランクル(ランドクルーザー)やハイラックスと言ったクルマが、世界中の色んな地域の過酷な条件下で、どんなところに行っても、必ず乗った人を連れて帰ってくると言う実績が評価されたからです。トヨタのクルマの耐久性とか信頼性とか走破性を評価してもらえたということですね。加えて、月面ミッションに必要な、CASE(Connected:コネクティッド、Autonomous:自動運転、Shared/Service:シェア/サービス、Electric:電動化の頭文字で今後の自動車に求められる技術の総称)の評価ですね。シェアリングはたぶんないと思うんですけど、一番はやっぱり、走行のための動力源をどうするかという技術と、自動運転です。月面の場合はAIで路面の判断をしながら自動運転するしかないんです。どこかの地図メーカーに地図を作ってもらうわけにはいかないので、リアルタイムで自動生成の地図を作りながら、AIで走っていくことになります。

池田

それはデータを1回送信するんですか、それとも車両に搭載のコンピューターでやるんですか?

寺師

一部は送るのもありますけど、やっぱり地球までデータを送って返ってきて、それから指示が出ても、時間差があるので間に合いません。基本はやっぱりその場の自律判断で走破していく必要があると思いますよね。

池田

CASEの実力が問われるわけですね?

寺師

そうですね。電動化も、コネクティッドのつながる技術も、AIを使う自動運転も重要なんで、まさに僕らがこれまでやってたリアルのモビリティ、つまり伝統的自動車技術の信頼性と、これから重要になるCASEという新しい技術を高度に融合させることが求められているんです。社長の豊田の言葉を借りると、「リアルとバーチャルの融合」。今回はそれを地上だけでなく月でも実現するっていう、そういうことなのかなって思います。

JAXA資料
有人・無人のロケットによって地上から打ち上げられた宇宙飛行士と物資は、Gatewayを経由して、月面に降ろされる。飛行士は必要な時ローバの近くに着陸するので、長距離の移動はローバ自身のAIによる自動運転で運行される(JAXA資料より)

池田

今回の計画は、いつごろまでにやろうという話なんでしょう?

寺師

2029年。10年後には、みんなで月面に降り立とうっていうことです。事前に行って予行演習するわけにいきませんので、かなり早い段階でクルマっていうかローバの基本スペックを決め、それをどうやって具現化するかを考えなくてはなりません。そのためには、環境条件がどうなってるかを調べて予想していかなきゃいけないんですけど、これはJAXAとトヨタだけではなく、他の人たちの協力が不可欠です。トヨタにクルマの基本はあっても、そこに入る技術はオールジャパン、たぶん日本の大きな会社、小さな会社、関係なく参加していただいて、必要と思われる技術をまず最初に全部洗い出す作業が要るんだろうなって。

池田

そこに参画する企業名って、もう決まってるんですか?

寺師

いや、どんな技術が要るのかっていうのは、全部これからです。宇宙を飛行する技術は、たぶんJAXAの方でこれまで色々とやられてると思うんですけど、月面上で走るっていうと、初めての経験です。その時何が起きるかっていうのを、いろんな専門家と知恵を出し合っていかなくてはならないです。例えばたぶん、ゴムのタイヤでは走れないですよね。

池田

ちょっと調べてみると、有人で月面を走ったのって過去3回、アポロ計画の15、16、17だけですよね。で、その最後から、もう47年経ってると。直近で言うと2013年に中国が「玉兎号」を走らせていますが、これは無人です。そういう意味では、有人で言えばアメリカに次いで日本が2番目。それから、無人だとしてもアメリカ、旧ソビエト、中国の次に日本っていう形になって、大変名誉のある話ですよね。しかも与圧式の車両で車内で宇宙服を脱げるというのは完全に初めてのことですよね。

寺師

そうですよね。ええ。ワクワクしますよね。

池田

そこで使うのは燃料電池なんですね?

寺師

実は、水素を使った燃料電池はアポロ計画から使われてきました。ローバだけでなくいろんな動力が水素なのです。ですから、CASEの様な新たな技術と同時に、このジャンルで伝統的に培ってきた技術ももっと熟成していかなきゃいけないので、エネルギー源は水素を使います。僕たちがこれから目指すのは、月に水素の社会をつくることです。

池田

そうすると、JAXAがトヨタを選んだ理由は、やっぱトヨタの信頼性と実績が、ランクルをはじめとしてあったからということで、トヨタが参画を決めたのは、燃料電池という中核技術がトヨタにあるからという理解でよろしいですか?

月面チャレンジはまさに僕たちが5大陸チャレンジでやりたいと思ってるベクトルの、ずっと先にある

タンドラ
トヨタが宇宙との接点を持つきっかけとなった2012年のスペースシャトル・エンデバー号の陸送。強度問題で重機が引けない橋の上をトヨタのピックアップトラック・タンドラが代行した
寺師

もう1つあります。トヨタは2014年から、5大陸走破チャレンジをやってます。オーストラリアから始まって、今年は最終ステージのアジア。2020年が締めくくりの日本。5大陸のリアルな道を走っていくんですよ。なんでそんなことをするのかと言うと、やっぱり、「道が人を鍛えて、その鍛えられた人がクルマをつくる」っていう基本に立ち帰ろうよと。どんな厳しい道を走っても、必ず無事に帰ってくる。そのためにどういう技術が要るのか、従来の自動車技術も重要だし、それに新しいCASE技術も入れます。ものすごく進化した技術を、ものすごく厳しい条件でとなると、従来のクルマの作り方の延長線上ではたぶん達成できません。だから厳しいリアルな場所で挑んでそれを乗り越えるための技術を開発する。その技術が僕たちの普段のクルマに返ってくる。実はやってみないとどれだけ返ってくるかは分からないんですけど、月面チャレンジはまさに僕たちが5大陸チャレンジでやりたいと思ってるベクトルの、ずっと先にあるので。5大陸と月の差はたぶん大きいと思うんですけどもね。だから、そういう技術の高みに1回、自分たちで挑んで、苦労して、それがお客様の乗るクルマに戻してこられればいいなっていう。

池田

そうするとトヨタとしては、今まさにトヨタが進みたい方向の研鑽の場として、月へのチャレンジというのは、大変、魅力的だということですね?

寺師

そうですね。ええ。

与圧式月面探査車(ローバ)
6.0メートル×5.2メートル×3.8メートルの外寸に13平方メートル、2名分の居住空間を持つ

池田

この、月面車両、これからたぶんいろんなスペックを決めていくタイミングで、その前にどんな機能が要求されるかということを調べていくんだと思うんですが、ひとまず、今分かっていることで、月面探査車に必要な機能っていうのはどういうことなんですか?

寺師

クルマのサイズはマイクロバス2台分くらいです。これはミッションによってはずっとツアーに出て月面を走って戻ってこなきゃいけませんので、キャンピングカーみたいな窮屈さではなく、ある程度、中で生活できるぐらいのサイズ、だいたい4畳半程度って言ってるんですけど、その中で生活もできるっていうぐらいのサイズの。

池田

人間の生活空間が4畳半ぐらい確保できるんですね? それ以外は機材。

寺師

機材です。で、(水素を)1回充填すると1000キロぐらいは走りたいんです。月には酸素がないし、水素も持っていかなきゃいけない。だから酸素と水素のタンクを持っていくんですけど、月面で宇宙服を着てしょっちゅう交換するっていうのは、たぶん大変なので。当然、スペアを持っていくんですけど、1000キロぐらい走れると、そういう作業にあまり時間が取られなくて済むんじゃないかと思うんですね。

池田

予想イラストを見ると太陽光パネルもあるのですが、常にこれを使うわけじゃなくて、例えば止まっている間の補助電源の様なイメージですか?

寺師

いわゆる電気自動車っていう言い方しますけど、僕たちの中では、EV(電気自動車)とFCV(燃料電池車)は別物だとは思ってないんですね。モーターと電池と、制御するパワーコントロールユニットの3つを備えているのが、電気自動車だと考えると、FCVもEVも同じ様に3つ持ってますと。ただ、エネルギーをあらかじめ電池に貯めて走るために、電池をたくさん積んでいるのがEVで、自分で水素と酸素を化学反応させて電気を作りながら、余った電気は電池に蓄えながら走るクルマがFCVなのです。電力をコンセントから取るか自分で発電するか以外はまったく一緒なんです。例えば今開発中の全固体電池で性能が良くなれば、コンパクトなやつを載せて、さらにFC(燃料電池)で発電もやると、その時々で効率の良い方を切り替えて使えば良いのです。月の昼夜は14日周期なのですが、昼間は太陽光パネルで充電して生活します。太陽光発電ができない長い夜は水素で生活をするというコンビネーションだと思ってます。

池田

今おっしゃってるのは、バッテリーは極めて限定的なサイズしか積まないということなんですか。

寺師

最終的にはどう使うかっていうのは電池の性能次第だと思うんですね。1回の充電でどれだけ持つかっていうことで、それは水素を使ったほうが効率的なのか、電池を使ったほうが効率的なのかっていうのは、これから先の技術の進化でバランスは変わってくると思うんですよね。それに加えて日が出てるときと出てないときっていうのがあるので、できるなら両方いいものを、ある程度、積んでおきたい。電池をたくさん積むと重くなってくる。でも6分の1ぐらいの重力だからいいかっていうこともあるんだけど。

池田

でも、重量は打ち上げコストにものすごく響きますよ。

寺師

そうそう、打ち上げのほうがあるので、その辺のバランスはこれから。軽量化は一生懸命やらなきゃいけませんのでね。で、もう1つ良いのは、水素で走るとお水ができるんですよね。

池田

おー、それは月の貴重品ですよね。

寺師

そう。そうなんですよ。ざくっと計算すると、5キロぐらい走ると1リットルのお水ができます。だからある程度の生活用のお水は、自分たちで作ることもできるので。

池田

ゼロってわけにいかないですけど、水タンクをあんまり持っていかなくていいわけですよね?

寺師

そうですね、まあ。どれだけの自給率になるかは未定ですけど、かなり自前で供給できるんじゃないかと思うんですよね。

月のほうが水素社会に向いてるんじゃないかという気がします

与圧式月面探査車(ローバ)の太陽光パネル
太陽光パネルでの充電も行いつつ、水素による燃料電池と効率を判断しながら使い分ける
池田

ここまでの話を総合すると、燃料電池の特性は宇宙に極めて適しているという考え方でいいんですかね?

寺師

そうですね。やっぱり昔から、アポロ計画の中でも燃料電池が使われてきたっていうのはそういうことだろうと思います。それとね、かぐや姫に聞いてみないと分かんないんですけど、月に本当にお水があるのか? これたぶん、あるとしたら氷だろうと思うんですけど、もしあれば、太陽光の電力で電気分解して水素と酸素に分けておけば、水素社会が月でできる。太陽光で電気を作って電池に貯めて、満充電になったら余剰電力で水を電気分解して水素の形にしてエネルギーを貯蔵しておく。月のほうが水素社会に向いてるんじゃないかという気がしますよね。

池田

最初のうちは一生懸命、水素と酸素のタンクを持っていかなければならないけども、もしかしたら月で自給ができるようになったら、もうタンクを持っていく必要がないかもしれないわけですね?

寺師

という妄想を今してるんですけどね。

池田

そう考えると、やっぱり燃料電池の未来っていう感じがすごくしますよね。ほかに求められる性能として、さっき、自動運転を挙げておられましたけど、それから温度の問題とかもありますよね。そういう全体的な想定として、地球の上を走るクルマと大幅に想定が違うと思われることを教えていただけますか?

寺師

やっぱりかなりの高温から低温までを考えなきゃいけないので、地上のクルマと同じ熱の特性ではダメでしょう。冷やすほうと温めるほう、これはたぶん、いろいろ技術的に考えなきゃいけませんね。

もうひとつは、路面、地盤がどんなものか分からない。平坦に見えるけど、ものすごく軟らかかったり、硬かったりするかもしれない。僕たちは普段普通に走っている限りクルマの横転なんて考えられないですよね。ところが月では何が起きるか分からないので、ひょっとしたら、横転してもクルマが自力で起き上がれる仕掛けがいるかもしれません。もしくは乗ってる人たちが、押せば起き上がれるぐらいの仕掛けとか。

池田

JAFは呼べないですからね(笑)。

寺師

そうですね(笑)。ただ、無人で走らせる区間のことを考えると、そこでは起こしてくれる人もいないので、やっぱり、自力でなんとか起き上がれるっていう機能が要るんじゃないかとか。

池田

6分の1の重力のところでのクルマの運動特性がどうなるかっていうのは誰も経験してないですもんね。

寺師

そうなんです。シミュレーション上はできるかもしれないですけどね。それと車速がそんなに速くないので、高速のハンドリングとかは要らないと思うんですけど。

池田

ただ、質量は変わらないのに重量が1/6となると、ロールセンター(車両の横傾き軸)と重心の高さの関係とかは、われわれが普段、地球で想像してるものとは違うかもしれないですよね。

寺師

そうですね。悪路を走るときには重心は低いほうが安定しますので、どこにどういうものを配置するかっていうパッケージを考えるところから始めないと。けれどパッケージを考えるには、さっき言った走行条件や環境条件を全部決めてからじゃないと、パッケージが決められないので。もう最初のうち、月面での使用条件をみんなで知恵を振り絞るっていうのが、当面、一番やらなきゃいけないことかなって。

池田

なるほど。月の過酷な条件でのチャレンジはまた、地球で電動化社会をどう広げるかっていうことにつながらないと、人々に還元できませんよね。

トヨタの月面チャレンジは自動車にどんな進歩をもたらすのか? 電動化の未来を探る話は続編にて。