コロナ禍で育ったトヨタ工業学園の生徒たち。思い描いていた学園生活とは一変した状況の中で、どう行動し何に気付いたのか。
「もうすぐ春が来る」。トヨタには毎年そう思わせてくれる行事がある。トヨタイムズでも過去2回取り上げてきた、企業内訓練校であるトヨタ工業学園の卒業式だ。
2021年2月18日、今年も卒業式が行われたが、コロナ禍においては例年と違う光景だった。
三密を避けるため、出席者は卒業生と指導員に限定。学園は遠方からの入学者も多く、離れて暮らすわが子の晴れ姿を楽しみにしていた保護者に向けては、初めてオンライン配信が行われた。
国歌や社歌は“斉唱”ではなく“静聴”。毎年その迫力に圧倒される全員での「豊田綱領」の唱和も、代表生徒のみで行われた。
違ったのは卒業式の風景だけではない。コロナ禍で世の中が大きく変わる中、学園生たちが過ごしてきた卒業までの1年間も、思い描いていた学園生活とは大きく違うものだった。
そんな中で学園生たちのよりどころとなったのが、豊田社長が常々従業員に伝えてきた「YOUの視点」だったという。
豊田社長は卒業式のあいさつの中で、生徒たちにこう語りかけた。
豊田社長
クラブ活動や行事を含め、日常生活が大きく制限される中、これまでのような訓練ができなかったと思います。それでも皆さんは、「今、自分たちができることをやろう」と自ら考え、行動してくれました。
経験したことのない苦しさを乗り越えて、「強さ」と誰かを思いやれる「優しさ」、この2つを身に付け、立派に成長してくれました。
もっともっと強くて優しい人になってください。そして、多くの人々を笑顔に、幸せにするために一生懸命努力してください。
(豊田社長あいさつ全文はこちら)
前例のない環境下で学園生たちはどう行動し、そこからどんな気づきを得てきたのだろうか。
学びの場は自らつくる
昨年6月、コロナの感染拡大により高等部3年生は予定していた校外での訓練が中止となった。空いた時間を使って、困っている人たちのために何かできることはないか。行動範囲や予算が限られる中、取り組んだのが「マスクづくり」だった。
自分たちのマスクは自分たちでつくり、会社から支給されたマスクは必要としている人へ渡そう。そんな想いで計画がスタートした。
しかし、いざマスクをつくろうとしても、その経験もなければ裁縫が得意なわけでもない。それでもマスクの形やつくり方、使う材料、原価などを自分たちでゼロから考えることにした。
「自分たち自身を振り返ったときに、『計画性がない』『人任せ』、これが僕たちの弱みだと思いました。弱みを少しでもなくして、いい状態で職場へ行きたかった」。活動のリーダーを務めた宮川さんはこう話す。
早く、安く、品質の良いマスクをつくるにはどうしたらいいか? 7~8人のチームに分かれ、トヨタ生産方式(以下、TPS)をもとに知恵を絞った。
宮川さんのチームでは、強度が必要な部位は返し縫いをする予定だったが、慣れない針仕事で想定以上に時間がかかった。そこで波縫いと返し縫い、両方のマスクを試作。波縫いでも強度は十分なことが分かり、仕様を変更して生産性を大幅に向上させた。
良品条件を明確にして必要な工程を考える。まさにTPSの改善のやり方だ。
マスクの寄贈先も学園生自らが調整し、会社から支給された不織布マスクは地元の医師会へ、国から支給された布マスクは市役所の保育課へ寄贈した。
人生初の市役所への電話に緊張したという近石さんは、「当初考えていた寄贈先は十分なマスクがあることが分かり、不足していた保育課へお渡ししました。自己満足で終わらないように、相手のニーズにしっかりと応えられるようにやることが大事だと学びました」と振り返った。
コロナ禍で学習の機会を失ったが、与えられるのを待つのではなく、自分たちで学びの場をつくり出した生徒たちにたくましさを感じた。
「ありがとう」という言葉のうれしさ
一方、専門部(工業高校などを卒業した生徒がより技能の専門性に磨きをかける)でも、校外での訓練が中止となり、自分たちに何ができるか検討が行われた。取り組んだ活動の一つが「地域の公園の清掃(草むしり)」だ。
寮の周辺をランニングしていた学園生たちが、雑草の生い茂る公園のようすに気づいたのがきっかけだった。
聞けば、コロナ禍と高齢化で自治会が清掃できずにいたという。「若者の出番だ!」とばかりにその役目を引き受け、高等部と同様に自分たちでゼロから計画を立てた。
「自分たちは将来現場のリーダーとなるべくここ(学園)にいます。前に立つのが苦手な人を各活動のリーダーとして立てて、みんなでサポートしよう。トヨタ社員として求められる行動が、会社の外に出ても実践できるように行動目標を立てて取り組もう。そういうことを計画段階で折り込んでいきました」
社会貢献活動全体の取りまとめ役を担った吉村さんはこう話す。
平時であれば指導員によってある程度まで訓練の計画が立てられているため、ベースがない状態から取り組むのは初めてのこと。0から1をつくり出す難しさにぶつかりながらも、何とか活動までこぎつけた。
まだ厳しい夏の暑さが残る9月初旬、「子供たちが安心して遊べるように」と、汗だくになりながら手作業で雑草を取り除いていった。
そんな姿を見た地域の人たちからは、たくさんの「ありがとう」やねぎらいの言葉をもらい、わざわざ差し入れを持ってきてくれた方も。
同じく活動全体の取りまとめ役だった加藤さんは、「マスク越しでも分かるくらいの笑顔が見られた。本当にやってよかった」と、「ありがとう」の言葉のうれしさを実感していた。
北海道士別市にある試験場でのテストコース走行や、同市での異業種(農業)体験など楽しみにしていた校外での訓練や学園・会社行事はすべて中止。他の学校と同じように部活動も制限され、思うような結果は残せなかった。工場実習へ行けば、減産による稼働停止でモノがつくれない悔しさも味わった。
しかし、すべてが白紙になったことで、学園生たちはゼロから自分たちで考え行動することを学んだ。
自分たちが困っているときは、周りの皆も困っている。社会の一員として何ができるかを考えて行動することの大切さ、そして相手の笑顔のために努力することで、自分も笑顔になれることを知った。
(後編へ続く)