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AIやデジタルの挑戦を生み続けるトヨタのボトムアップ組織「D-ROOM」とは?

2026.03.31

「AIがやりたいからトヨタに来る人はまずいない」「子どもの就職先としてトヨタを勧めますか?と社内に聞くと...」こんな話もあった今回の取材。「未来の若者が"いい感じに"働けるように」をミッションに掲げる、D-ROOMの中の人に話を聞いた。

わずか9分で開発環境を借用できた!

「検査工程でAI画像判定をしたいのですが、開発環境を借用できますか?」

Teamsのチャネル「おいでよD-ROOMプラネッツ」にこれが投稿されたわずか9分後、返信が届いた。「三好工場D-ROOMで貸出可能ですよ」

困りごとを書き込むと、誰かがすぐに返信して、さらに別の誰かが経験を共有する。これが日常茶飯事だという。

「まずはTeamsのチャネルで悩みを書いてみてください。返信の早さと情報の多さで、すぐにその価値を理解していただけると思います」

そう語るのは立ち上げメンバーのひとり、古谷公哉だ。

デジタル変革推進部 デジタルソリューション開発室 HANASAKU-550グループ長 古谷公哉

D-ROOMとは、「未来の若者が“いい感じ”に働けるように」をミッションに掲げる、トヨタの社内コミュニティのこと。Teams上のチャネルに加え、三好や元町などの工場にも18の拠点がある。

必要な人が、必要なときに、必要な情報を得ることができる一つの仕組みで、部署を横断して相談、共有、正味率向上が図れる場だという。

冒頭の相談者はD-ROOMで「教えないラズペリーパイ*講座」を受講し、AI画像判定を自作できないかと相談した。その結果、ラズベリーパイ、USBカメラ、レンズ各種、キーボードなどを借用し、現場で実験することができたという。

*ラズベリーパイとは、名刺サイズの小型・安価なシングルボードコンピューターのこと。通称ラズパイ。プログラミング学習や電子工作、IoT・サーバーなど幅広く活用できる。D-ROOMではラズベリーパイの活用方法講座も発信している。

接続失敗の悩み投稿に対しては、設定の具体策、過去事例、注意点など、79件も返信が集まった事例も。中には「その工場なら近いからいきますよ!一緒にエラーを直しましょう」という声もあった。

以前トヨタイムズで紹介した、DXで社内便の到着をお知らせする創意くふうにも、実はD-ROOMのサポートがあった。ここには、AIやデジタル関係の困りごとを相談できる場が広がっているのだ。

事務職場で開発!DXで社内便の到着をお知らせ の記事より。

そんなD-ROOMのはじまりは、上司からのこんな一言だったという。

上司からの“ふわっと”した指示。気づいたAIの可能性

「AIっていうすごそうなものがあるから、何かやってみて」

2018年、三好工場の品質管理部*にいた古谷と奥山学は、その言葉に戸惑った。
*車両・現場環境・材料が品質基準を満たしているかを検査する部署。現場が正しく検査しているかのチェックもおこなう。

「本当に“ふわっと”していましたね」と奥山は笑う。

デジタル変革推進部 デジタルソリューション開発室 HANASAKU-550/AICoEG グループ長 奥山学

当時はAI = 機械学習。まずは独学で機械学習の勉強を始め、外部講師を招いたAI講座などにも参加した。

古谷

AIの可能性は本当にすごいと思いました。私は品質管理部に配属される前、生産技術部に10年以上いました。生産技術は、対象となる製品を生産するための必要な設備や工程を検討し、現場の方に使ってもらえるラインを提供させていただく仕事です。

「現場をもっと楽にしてあげたい」と思いつつ、なかなか実現できずにいましたが、AIをうまく使うことで現場が大きく変わると思いました。

奥山

AIにより、数式でルールを決めてデータを出す時代から、データで答えを導く時代へ変わる。これは、大量のデータを持っている我々製造業と相性がいいと直感しました。

しかし、学びと実装の間には大きな壁があった。

会社のインフラに影響しない、されない開発特区をつくろう!

すぐに実装したい。しかし、それを試す「場」がなかった。

会社PCでは社内ルールの制約があり、プログラミングの環境構築ができない。専用ソフトをDLするにも申請と許可が必要…。

申請メールのやりとりだけで100通以上になりました(笑)と教えてくれた。

そこで「会社のインフラを危険にさらさない、独立した環境をつくろう」と決断する。

2019年、当時の三好工場長へ直談判。AIの必要性を熱く訴え、なんとか会議室の一部を使わせてもらえることに。独自のネット回線を引き、会社のインフラと切り離した、小さな実験場が生まれた。これがD-ROOMの原型となる「特命グループ」だ。

三好工場のD-ROOM拠点。ここの環境であれば、どれだけ失敗しても会社に迷惑がかからない。

最初に掲げた目標は、AIモデルの現場実装3件。外注も検討したが、提示された金額は億越え…。

古谷

それなら自分たちでやってみようと。AIモデルの作り込みさえできれば、その後の現場設備との繋ぎ込みはスムーズにいける確信がありました。

奥山

AI判定モデルをPCでつくること自体は、勉強すれば誰でもできます。難しいのはそのあと、動いている現場設備にどう組み込むかです。

古谷さんは生産技術部だったので、現場設備のことは理解している。僕がつなぎ部分のプログラムさえ用意できれば、配線はなんとかなる。品質管理も我々で判断できる。

ここまでいけば、内製までの勝ち筋があるなと思いました。

取材時も古谷はキャビネットから必要部品をどんどん出し、あっという間に繋ぎこみを完了していた。

古谷

ちょうど安価なラズベリーパイも出てきた頃で、1万円以下でできるかも?と会話したことも。実装が増えるにつれて、必要なセットも松竹梅のように揃えられるようになりました。

ラズベリーパイ

「なぜ品質管理部がやっているんだ?」という声は常にあったが、興味を持ってくれる仲間には、仕入れ先などの社外も含めてどんどん知見を共有した。その結果、目標の現場実装3件を半年で達成。

「当初から1拠点だけで終わらせるつもりはありませんでした。絶対に同じことで悩んでいる仲間がいるはずで、みんな環境面で挫折していたんです」。(古谷)

学ぶ場・試す場・共感する場 挑戦の選択肢を広げるためのコミュニティづくり

古谷

AIを学んで仕事が面白くなってきた、会社に可能性を感じるようになった、という声をたくさん聞くようになりました。それは「バッターボックスに立たないとWOWは起こせない」という会長の言葉ともマッチする。それならば、広がりを持たせようと考えました。

そこで注目したのがオンラインコミュニティ。まだ電話やメールが主流だった頃にオープンチャットを立ち上げ、瞬く間に約500人が集まった。

2020年のコロナ禍で全社的にTeamsへ移行したことを機に、D-ROOMもチャネルを立ち上げた。活動はオンラインを起点に自然と広がり、やがてAIに限らず、デジタル全般の困りごとを解決する場へと変わっていった。

その後、元町や田原工場に、実際の作業部屋としてD-ROOM拠点が増えていった。拠点づくりは立候補者が先頭に立ち、その立ち上げから運営までを担う。専属スタッフを置かない点も大きな特徴だ。

インフラ面はD-ROOMが支援しつつ、会社に迷惑をかけないことを前提に、各拠点が最もやりやすい形で運営されている。

古谷

D-ROOMのコンセプトは、「20年後の若者たちがいい感じに働ける世の中を目指す」です。学ぶ場・試す場・共感する場があり、自分でやるための場所。チャレンジの背中を押すという立ち位置です。

ここは特区ですし、失敗しても何も起きません。「借りたPCを壊したら始末書ですか?」と聞かれて、「PCは3回壊してこそ一人前」と言って貸し出しましたが、本当に壊してきたときは笑いました。(笑)

自ら挑戦する場所だからこそ、失敗には寛容だ。

奥山

TeamsのD-ROOMには、失敗を自慢するチャネルもあり、面白い失敗をした人ほど多くのいいねが付きます。失敗例があるからこそ、誰もがハマる落とし穴が見える。失敗の何が悪いの?と本気で思っています。

三好工場D-ROOMのキャビネットには、カメラやPCなどさまざまな機器があった。

新入社員が「チーフエンジニアの話を聞きたい」と投稿したときには、コミュニティのつながりで、1時間ほどで本人へつながったという。

「場があると、物事は勝手に動き出すんです」と古谷は付け加えた。

2022年、D-ROOMはデジタル変革推進部の所属となる。トヨタが真のモビリティカンパニーになるべく変革を目指すために設置された部署だ。直轄部署であるため、予算の自由度も高くなり、必要な機材を購入して貸し出すなど、より高度な支援も可能になった。

貸し出し一番人気は、やっぱりラズベリーパイですね、と教えてくれた。

未来の若者たちが“いい感じ”に働ける世の中へ

最後に、D-ROOMのミッションである「未来の若者たちが“いい感じ”に働ける世の中」の真意を聞いた。

古谷
「子どもの就職先としてトヨタを勧めますか?」と社内に聞くと、口をつむぐ人が多いんです。

ここにはチャレンジができる「場」がある。その「場」にはAIやデジタルも、それ以外の挑戦や失敗もたくさんできるよ!と胸を張って言える大人を増やしたい。トヨタを選んでもらう世界にするには、何をすべきか?から考えたことが発端です。

奥山
AIがやりたいからトヨタに来る人はまずいない。ですが、絶対にうちに来たほうがAI研究的には面白いことができますよ、と伝えたい。

モビリティカンパニーを目指すのであれば、受容性や広がりが大事だと思っていて。やれることの選択肢を増やすことで、若い子に「トヨタに遊びにおいでよ」と気軽に言える、受容できる範囲を広げていきたいです。

やるべきことをやりつつ、自由に挑戦ができる。チャレンジを楽しむ人たちが多い会社は強いと思います。

どこかで「やってみよう」の芽が生まれたとき、その芽を育てる「場」がある。D-ROOMでは今日も、立場に関係なく挑戦と実践を支えあい、ありがとうの共感が生まれている。

奥山は現在、AIの知見が認められ、トヨタ全体でのAI導入・最適化・ガバナンスを促進する「AICoE(AI Center of Excellence)」のグループ長になった。 古谷は現在、役割が拡大し、社内外のコミュニティ活動全般を推進する「HANASAKU-550グループ」のグループ長になった。日本の自動車業界550万人全体を視野に入れ、「人の改革」という文脈でコミュニティを醸成する活動をおこなっている。
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