国内最高峰の四輪レース、スーパーフォーミュラ。「このままではなくなってしまうかもしれない」という強烈な危機感から生まれた改革の最前線を取材した。
公開で行われる未来へのテスト
「次の50年もモータースポーツを持続可能なものに――」
そんな精神のもと立ち上がったSF NEXT50では、レースを「モビリティとエンターテインメントの技術開発の実験場」と位置づけ、さまざまなプロジェクトを動かしている。
そのうち、来季投入を予定する次世代フォーミュラカーの開発として、主に次の2つに取り組んでいる。
①カーボンニュートラルの実現に向けた「素材」「タイヤ」「燃料」の実験
②ドライバーの力が最大限引き出せるエアロダイナミクス(空力)の改善
7月18日、富士スピードウェイには、隣り合わせのピットでマシンをテストするホンダ・トヨタのドライバーとエンジニアらの姿があった。
5度目のテストとなったこの日は、麻などの天然素材を活用したカウルの耐久テスト、バトルを生みやすくするリヤウィングの空力テスト、持続可能な素材を採用したタイヤの評価などを実施した。
翌19日を含めた2日間でドライバー2人が走ったのは366周。実に、9レース分を走破した。
ホンダのテストドライバーを務める塚越広大選手は、プロジェクトに関わりだして、自身の“ある変化”を実感している。
「今までは、クルマを速くし、レースに勝つための開発に携わってきた。でも、環境への対応や、レースをおもしろくするといった“速さ以外の開発”に関わるのは初めて。モータースポーツが大好きで、一生懸命走ってきたレース人生の中で、未来のために役立てる場面が増えてきたのはとてもうれしい。走る意味が変わってきた」
なお、この開発テストは一般の人も見に来ることができる。トヨタのテストドライバーを務める石浦宏明選手は言う。
「従来、レーシングカーの開発はクローズドな場所で、人知れず進められてきた。でも、今はトライ&エラーを公開の場でやって発信に努めている。オープンな現場に意義があるし、表に出ることでドライバーとしてのやりがいも感じている。モータースポーツの枠にとどまらず、もっと大きな視点で見てもチャレンジングなことをしている」
レースであり得ない開発風景
この日は、ホンダのピットでファンを魅了してやまない「排気音」についての開発も行われた。
「音にこだわっても、車両は重たくなるし、パワーも上がらない。だから最初はやらないつもりだった」
そう語るのは、ホンダレーシング(HRC)で開発責任者を務める佐伯昌浩LPL(Large Project Leader)。それが、前回のテストでトヨタが音の開発に着手したことで、エンジニア魂に火が付いた。
「トヨタに先を越されると、技術屋は我慢できなくなる。『もっといいものつくってやろうぜ』という気持ちになる」
本来は「あわよくば、多気筒エンジンに戻せないかとずっと思っている」と漏らすほど、音への強いこだわりを持つ佐伯LPL。
TRDの佐々木孝博部長は、ホンダの開発陣が「(排気管を)見せてほしい」とピットにやってきたときのエピソードをこう振り返る。
「通常は我々もホンダのピットには入れないし、ホンダも我々のピットには入らない。普通のレースではありえない。でも、この現場ではそういったことができる。『しょうがないですね』と言って見せたら、佐伯さんからは『次もっといいものつくってくるから』と」
業界の未来をつくる開発に、会社の垣根は一切ない。誰が音頭を取るでもなく、SF NEXT50で取り組む課題やテスト結果はすべて共有されている。
さらに、この“ライバルの共闘関係”は、開発スピードの向上という成果ももたらしている。
現在、テスト中のカーボンニュートラル燃料は、海外から取り寄せるため、量が少なく、サーキットでのテストに向けて、最低限のデータしか取れないこともある。
しかし、両者が情報を共有すると、まったく同じ結果が出るのだという。
「普通なら結果の確からしさに不安があるところも、お互いに安心してサーキットに持ち込める」と佐々木部長がホンダの開発陣に寄せる信頼は大きい。
佐伯LPLも「『データを見られたかな?』と思うくらい同じ結果になる。テストカーを走らせても、ほぼ同じタイム。普通ではあり得ない。まったく違うメーカーが組んだエンジンで、ドライバーも違うのに」と目を見張る。
日頃はライバルとして火花を散らしながらも、実力を認め合い、信頼を寄せる両者。お互いの存在が、モータースポーツを未来へとつなぐ技術開発を加速させていく。