トヨタイムズ

Athlete Stories スケート部 横山 大希

スポーツ 2019.02.12 UPDATE

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※本記事は、トヨタグローバルニュースルームに2019年2月12日に掲載されたものです

様々なフィールドで戦うトヨタのアスリートたちの、バックグラウンドや競技にかける思いをご紹介します。今回は、スケート部の横山 大希選手(24歳、第1材料技術部)。

突然だが、“スピードスケート”と“ショートトラックスピードスケート(以下、ショートトラック)”の違いをご存知だろうか?1周400mのトラックを2人が同時に滑走し、フィニッシュタイムを競うスピードスケートに対して、ショートトラックは1周111.12mの小さなトラックで複数人(4~6人)が同時にスタートし、ゴールの順位を競う競技だ。選手同士の駆け引きや、体を大きく傾けコーナーを高速で滑り抜けていく様は、まさに“氷上の競輪”。

トヨタのスケート部は、所属している5人全員がショートトラックの選手。まだ記憶に新しいと思うが、平昌2018オリンピック(以下、平昌2018)にも女子の菊池選手(第1材料技術部)をはじめ、3人が日本代表として出場した。横山もその1人だ。1月10日、全日本選手権を目前に控え、長野県野辺山市にある帝産アイススケートトレーニングセンターで合宿中の横山を訪ねた。

純粋に楽しんだ世界の舞台

小さなころから体操、陸上長距離、テニス、水泳、アイスホッケーなど、さまざまなスポーツにチャレンジし、その一つがスケートだった。スケートを始めたきっかけを聞くと、関西人らしい答えが返ってきた。

「小さかったのであまり覚えていないんですけど、後々両親に聞いたのは、2歳くらいのころに『スケートくらい滑れないと、女の子と付き合った時に恥ずかしいやろ』っていうことで、連れて行ったらしいです・・・関西人なので半分冗談もあるんですけどね。逆に女の子に引かれるレベルにまでなってしまいました。」

小学4年生の時、スケート教室の先生に言われた一言をきっかけに、ショートトラックの道に進むことになった。

「スピードを出すことが好きだったので大暴走しちゃったんですよ()。そうしたら先生から、『あんた危ないから、そんなに飛ばすんやったらスピードスケートやりなさい!』って怒られて。それで紹介してもらいました。」

スピードスケートができる大きいリンクは、岐阜県恵那市にあるスケート場が最西端。当時、神戸に住んでいた横山が通える距離ではなかったため、必然的に競技はショートトラックを選択した。練習への参加は自由という、ゆったりとした地元のクラブに加入し、自由にスケートを楽しみながら、少しずつ緩やかに上達していった。

転機が訪れたのは、中学校に進学したころ。夏季の練習場として使用していたスケート場が閉鎖されてしまったため、大阪のスケート場まで通い、そこのクラブの練習に混ぜてもらうことになった。

「神戸のクラブでは、練習開始時間の直前にリンクに行って、ウォームアップもせず滑っていたんです。大阪のクラブは、しっかりウォームアップをして、陸上での筋力トレーニングもしてからだったので、最初はリンクで滑る時には既にばてていました。」

中学2年生になると、その練習の成果が結果に現れ始めた。アジアンオープントロフィー(アジア地域の国際大会)の日本代表に選ばれ、日の丸のついたユニフォームに初めて袖を通した。とはいえ、まだ怖いもの知らずの中学生だ。スケート強豪国の韓国に力の差を見せつけ
られるも、初めての世界の舞台を純粋に楽しんでいた。

「ただただ楽しかったです。本当に上の選手はすごいな!速いな!っていうのと、追い付いていきたいなと感じました。」

横山は後に、この「楽しむ気持ちの大切さ」に改めて気付くことになる。

壁に挑んだ先に

身体が小さかった横山は、背の順で並べばいつも1番前。「前にならえで、ならわせたことしかない」とやや自虐気味に話していた。スピードを競う競技だが、小さくて軽いほうが有利というわけではない。身体が小さければ、踏み出した1歩の大きさやスピード強化に必要なパワーで負けてしまう。

中学3年生に上がると、少しずつ身体が大きくなり始め、体格によるハンデがなくなって全国大会でも勝てるようになった。すると、戦いの舞台は徐々に国内から世界へと広がっていった。高校1年生で世界ジュニア選手権の日本代表補欠、高校2年生で日本代表になった。結果は1,500m7位入賞。予選では余裕があっても、決勝に出てくるトップクラスの選手とはまだまだ力の差があった。

その後も2年連続で出場したが、結果は下降線。緩やかに成長を続ける横山に対して、世界のレベルはどんどん上がってくる。もう一段、自分のレベルを上げなければ世界で勝つことはできない。

「この時くらいから世界で戦うことを意識し始めて、そこで勝ちたいと思うようになりました。」

大学2年生で出場したユニバーシアード(大学卒業後2年以内の者を含む、学生の国際大会)でのこと。500m1,500mで、国際大会では最高の4位入賞。500mでは自己ベストを、約1秒も更新した。

「大きく何かを変えたというわけではないんですが、レース中に体の使い方をつかめた瞬間がありました。」

その瞬間は500mのレース中、コーナーに入るところで訪れた。トップスピードになると約4050kmでコーナーに突っ込んでいく。小さなミスがコースアウトにつながるため、「スピードに対してまったく恐怖はない」という横山だが、その日のコンディションや氷の状態によっては恐怖を感じることがあるそうだ。

「いつもは少し守りながらコーナーを曲がっていたんです。でも、攻めないと出場した意味がないと思って、思いっきり体を倒し込んだらしっかり氷をつかめて、それが良かったんです。」

その後は、大学2年生で国体 総合優勝、大学3年生で全日本選手権 総合優勝と、成績は登り調子。ナショナルチームにも入り、世界を転戦するワールドカップや世界選手権の日本代表に選ばれるようになった。

一瞬のほんの小さな出来事だったかもしれないが、横山は恐怖心という壁に挑み、一段上のレベルへ自分を高めた。自己実現を目指す上で、人はそれぞれの壁にぶつかるだろう。絶対に超えられないと感じる壁もあるかもしれない。でも、世の中に「絶対」と言えることがどれくらいあるだろうか。「絶対」で自分を縛る前に、小さくてもいいから一歩を踏み出そう。それが次の一歩につながると信じて。

楽しんだもん勝ち

大学4年生の12月、ワールドカップ第4戦 上海大会。他の選手と接触して転倒し、脇腹に軽い打撲を負った。回復のため、練習の負荷を落としたことをきっかけに、突然のスランプに陥ってしまった。翌年1月、前回優勝者として迎えた全日本選手権では、まさかの総合15位。ワールドカップのメンバーからも落選した。

「原因が分からなくて、練習しても練習しても調子が上がらないので、その時に初めてスケートが楽しくないと思いました。」

徐々に調子を取り戻していったものの、万全と言えない状態で大学生としての最後の大会を迎えた。コース上のゴミを踏んでしまうアンラッキーが2回も続き(滅多に起きないことらしい)、この日も得意の1,500mですら5位と結果が振るわなかった。最後に総合順位の上位8人で競う3,000mで、横山は勝負に出た。

「大学の名前を背負って出る最後の大会だったので、『何か残さなあかん』と思いました。」

距離が長いレースの場合、序盤はゆっくりとしたペースで入るのがセオリー。しかし、横山はいきなり集団を飛び出し、他の選手を周回遅れに。もともと長距離が得意な横山は、更にもう1周飛び出した。結局、集団に2周半の差をつけてゴール。ようやく優勝の2文字を手にした。

「その時にやっぱりスケートを楽しまなあかんなって気づきました。勝たなきゃいけないっていう想いが強すぎたんだと思います。」

1月12日、全日本選手権の初日。拳を握り締めて悔しがる横山の姿があった。1,500m準決勝でインコースから抜きにかかったところを、前を滑る選手と接触して転倒。妨害行為とみなされ、失格となってしまった。大会前、横山は「応援してくれるトヨタの皆さんの前で勝ちたい」と話していた。スランプの時と同じように、想いが強すぎたのかもしれない。

しかし、横山はそこで終わらなかった。翌日の3,000mで、2位以下に差をつけて優勝。総合も9位から3位へと大きく順位を上げた。残念ながら2日目は応援に行けなかったが、レースを楽しむことができたのだろう。

アスリートである以上、勝ちたいと思うことは当然だが、自分にかかるプレッシャーやそこまでのプロセスを楽しめるかどうかが結果に大きく影響する。人生と同じで、スポーツも楽しんだもん勝ちなのかもしれない。

量より質

横山は、昨年から練習拠点をオランダに移し、オランダナショナルチームの練習に参加している。スピードスケートの強豪国だが、ショートトラックでも近年力を付けてきたことから、成長のヒントを得ようということだ。その目線の先には、北京2022オリンピックがある。平昌2018では1,500mで予選敗退。初めての夢の舞台は、苦い経験で終わっていた。

「あれだけ準備してきたのに、たった2分で終わってしまいました。カップラーメンすらつくれない(笑)。でも、あの最高の舞台にもう一度立ちたい、もっと滑りたい、一瞬だからこそ後悔しないようにもっと準備しなければいけないと強く思いました。」

これまでのやり方、そして自分を変えなければオリンピックでは勝てない。これまで以上に横山は貪欲になった。コーチの高御堂もその変化を感じていた。

「最近、特に平昌2018の後は、『自分をもっと変えたい』という思いが強くなって、色んなことを吸収しようとしてくれています。横山は、緩急をつけた滑りが強みですが、世界で勝つにはそれを持続できないといけない。海外の選手に当たり負けしない身体づくりも必要です。」

日本での練習は強度の波をつけて、週によってはかなり身体を追い込んできた。反対にオランダでは、中程度の強度の練習を1カ月半毎日続け、1週間のオフ。それを繰り返す。まったく異なる練習メニューに横山はスタミナ面などでの不安も口にしたが、コーチの高御堂はその中で自分を追い込むべきだと話す。

「オランダのトップ選手は、1周あたりのラップが横山より0.2秒くらい早い。練習の量ではなく、質を高めることを日ごろから意識していくべきだと思います。」

オリンピック2大会連続出場の経験を持つ高御堂コーチ(第1材料技術部)

量より質。限られた時間の中で、自ら考え、工夫し、やり切って最大の成果につなげる。スポーツでもビジネスの世界と同じことを求められていた。監督で自身もオリンピアンの寺尾(スポーツ強化・地域貢献室)は、オランダに拠点を移した目的について、日本全体の競技力の底上げも狙いだと話す。

「練習環境やメニューなど、オランダで得たものを日本にどう取り入れるかも大事だと考えています。更に独自性を加えて、彼らを乗り越えていかなきゃいけない。それが、我々の大きな使命だと思います。」

横山も日本のショートトラック界も、今は将来に向けた種まきの時期。今後の成長と活躍を楽しみにしている。

[編集後記]
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。このAthlete Storiesは、「試合で輝くアスリートたちの裏側にあるものをもっと知ってほしい。そして、同じトヨタの仲間としてもっと身近に感じ、応援してほしい」という想いを持って始めました。取材をする中で、アスリートの皆さんからたくさんの大切なことを教えてもらいました。常に最善を尽くす姿勢、基本を怠らないこと、人と人との繋がりを大切にする心、自分の可能性を信じること・・・このコラムを通じて、それが少しでも皆さんにお伝えできたなら嬉しいです。どんな形になるかは分かりませんが、これからもチャレンジし続けるアスリートの姿をお伝えし続けたいと思います!

プロフィール                                                            

生年月日: 1994218

血液型: A

出身: 香川県丸亀市(2歳になる前に神戸へ引っ越した)

出身校: 関西学院中等部・高等部 ⇒ 関西学院大学

ニックネーム: ヨコ

家族構成: 父、母

競技のこと                                                            

競技成績 
学生時代: ‘11年 世界ジュニアショートトラック選手権大会 1,500m 7

      ‘13年 ユニバーシアード冬季競技大会 500m1,500m 4位/1,000m 8

      ‘13年 国民体育大会 総合優勝

14年 全日本ショートトラック選手権大会 総合優勝

15年 世界ショートトラック選手権大会 総合15位/1,500m 8

社会人: ‘18年 平昌2018オリンピック 5,000mリレー 7

18年 世界ショートトラック選手権大会 5,000mリレー 3

18年 2018-19ワールドカップ ショートトラック1,000m 4

尊敬する人: 父

(仕事をしながら、練習の送迎や夜遅くまで練習のビデオを見て研究してくれた)

試合前に必ずやること:カツ丼を食べる。試合初日は、好きな緑色のTシャツを着る

自分のこと                                                            

性格を一言で表すと: 楽天家(あまり考え過ぎないで、でもやる時はしっかりやる)

趣味: プラモデルをつくる、写真を撮りに出かける

特技: スケート

チャームポイント: 無邪気な笑顔(高御堂コーチ談)

子供の頃の夢: 何かの競技で、オリンピックに出てメダルを獲ること

今の将来の夢: スケートで、オリンピックに出て金メダルを獲ること

生まれ変わったら何になりたい: スケート選手ではなく、普通の生活がしてみたい

好きな食べ物: 肉、お好み焼き

嫌いな食べ物: レバー

好きなアーティスト: B’z

宝物: 初めて買ったスケート靴

異性のタイプ: 気を遣わずに一緒にいられる人

オフの過ごし方: なかなかオフがないけど、あれば旅行をしたい(小笠原諸島とか)

一日で好きな時間: 夜、お風呂に入ってから寝るまでの、1番グダグダできる、好きなことができる時間

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