連載
2022.01.06

#09「バッターボックスに立とう」

2022.01.06

自動車産業を取り巻く環境は加速度を増して変化している。そんな中で未来を切り開くために必要な姿勢と、豊田章男の覚悟とは。

2021年5月、水素を燃焼させるエンジンを搭載したカローラが24時間の耐久レースを走り抜いた。そのチャレンジにドライバー「モリゾウ」として参加した豊田章男は駆けつけたメディアに対して、「カーボンニュートラル実現に向けて、世界初の試みをするということを、ぜひともみなさまも心をひとつに応援いただきたい」と呼びかけた。

それは2015年の東京モーターショーだった。そこでは同じ壇上に立つイチロー選手(当時、マーリンズ所属)の姿勢になぞらえ、こう話している。

「今回の東京モーターショーに展示したクルマには、共通点があります。それは『もっといいクルマをつくりたい』という想いを胸に、自分たちの考える『WOW』を形にしようとしたことです。そして、これは『今の非常識を、次の常識にする』チャレンジでもあります。ハイブリッドカー、燃料電池自動車。いずれも、かつては“非常識”でした。“非常識”はやがて“常識”になり、居心地の良い場所となる。しかし、この居心地の良い場所から抜け出さなければ、“未来”を切り拓くことはできません。私たちが生きていく中で、できない、無理だと諦める理由は、いくらでもあります。しかし、ゼロ打数ゼロ安打では、世の中、何も変わらない。ヒットを打てるかどうかなんてわからない。それでも、バッターボックスに立たないと、『WOW』は起こせない」

自動車産業を取り巻く環境は加速度を増してさらに変化している。コロナ禍からのレジリエンス(回復力)、カーボンニュートラルへの取り組み、次世代モビリティ社会への模索など、課題は山積している。そんな時代だからこそ、結果がでない、正解が見えないことは当然だと豊田は言う。だから、あの24時間耐久レースに際し、挑戦をともにする仲間たちには、「失敗してもいいんだよ」と言い聞かせてきた。そして昨年11月の第56回オールトヨタTQM大会で改めて「バッターボックスに立とう」と大会参加者に呼びかけた。

「失敗をしているということは、チャレンジしているということです。失敗がないのは目標値が低く、チャレンジをしていない安全な環境だと思ってください。(中略)たとえ10打数で0安打でも、1安打でも打席に立ってくれる人をみんなで応援する風土をつくり上げて欲しいと思います。そうすれば失敗もします。失敗して理由を考え続けるうちに成果は出ます。チャレンジし続ける、打席に立ち続けることが大切だと思います」


かつて豊田はバッターボックスへと誘いながら、「空振りをしても『ナイススイング!』と声をかけられるコーチでいたい」と話したことがある。それは「責任を自分が背負う」という覚悟の表明だ。そんな豊田は現在、「未来のカーボンニュートラル社会へ多くの選択肢を残す」という失敗の許されないバッターボックスに自ら立ち、その姿をもって仲間を鼓舞している。

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