写真家、三橋仁明氏が、ルーキーレーシングの戦いを写真で伝える連載。2021スーパー耐久シリーズ第4戦オートポリス編
グリーン水素の“地産地消”を実現
第3戦富士スピードウェイ24時間レースで「水素エンジンカローラ」こと、ORCルーキー・カローラH2コンセプトをデビューさせたルーキーレーシング。続くスーパー耐久2021年シリーズ第4戦、九州は大分オートポリスでも#32水素エンジンカローラと#28ORCルーキーレーシングGRスープラの2台体制で臨んだ。
常日頃から、ルーキーレーシングの活動のすべてを切り取ることを心がける三橋仁明氏は、オートポリス戦のテーマをこう述べる。
「前回の水素エンジンカローラの参戦は、モリゾウさんのおっしゃる、意志ある情熱と行動として象徴的に受け止められましたね。『もっといいクルマづくり』や『カーボンニュートラル』を目指す上で、確実にチームのスタッフたちも新しい段階に踏み込んでいるし、周囲の人たちにも波紋として確実に伝わり始めているのを感じました」
第3戦富士では福島県の浪江町でつくられたグリーン水素を使用していたが、今回は燃料の半分が“九州産”だ。トヨタ自動車九州から供給されたのは、福岡県宮若市にある同社工場の太陽光発電でつくった水素。
この活動に賛同した大林組からは、同社が大分県九重町に建設した地熱発電の水素製造プラントでつくった水素が提供されるなど、エネルギーの“地産地消”が実現した。
「金曜日の朝一番の走行では#32水素エンジンカローラにインジェクターのトラブルが出て、結局エンジンを載せ替えることになったのですが、実はモリゾウさんの破顔一笑のカットは、そんな時に撮影したんです。不具合が出てから問題解決まで、現場の一人ひとりが自ら考え、即断即決で自然と進むようになったこと、週末への期待を感じさせる表情だったと思います」
さらに、三橋氏はレースを通じて強めた想いをこう述べる。
「決勝の日は朝から雨が降っていたのですが、ルーキーレーシングのスタッフがてるてる坊主をつくってくれたおかげで、レース中盤からは青空が見えるまでの天候に回復しました。ただ、天候が回復しても、ところどころに濡れた路面が残るという難しいコンディション。さらにクールスーツのホースが外れてしまったりと、モリゾウさんにとっては負担の大きいレースでした。だからこそ、ルーキーレーシングから水素エンジンを未来へ向けて力強く進化させるというモリゾウさんの姿勢が、メッセージとして新しい仲間たち、スタッフや協力企業だけでなく一般の人たちにまで、伝わり始めているんだと思います。最後のピットボード越しに水素エンジンカローラを捉えたカットは、そんな水素エンジンの未来を表現したいという思いでシャッターを切りました」
三橋仁明が切り取った、2021年スーパー耐久シリーズ第4戦オートポリス
スーパー耐久第4戦オートポリス、阿蘇山の外輪山中腹に位置する、最大標高差55mの起伏に富んだコースで行われた。
前回の富士24時間レースに続き、ルーキーレーシングはGRスープラ、水素エンジンカローラの2台で挑んだ。今回はエネルギーの選択肢を広げるため、前回の福島県浪江町(FH2R)に加え、大林組、トヨタ自動車九州から地産地消のグリーン水素が供給された。
「カイゼン」のためメカニックが不具合に迅速に対処したフリー走行
金曜日のフリー走行、佐々木雅弘選手がコースインするもマシンの不調を感じピットイン。一定の回転数以上になるとエンジンが噴けない症状に見舞われた。
すぐさまメカニックが原因究明にあたる。ECU、プラグ、インジェクター、不具合の可能性がある部品すべてを確認する。
ST-Qクラスという、メーカー開発車両枠での参戦であるため、マシンの構造は複雑。チームは「エンジン交換」という最も時間がかかる解決策をとった。これは、確実に原因を究明し、次につなげる、さらなる「カイゼン」のためである。
メカニックがエンジン交換を始める傍らで、モリゾウさんはその様子をずっと見守っていた。チームのお父さんとして、温かい目で家族の作業を見守っていた。
「不具合が出ることで、またひとつ強くなれる」「モータースポーツという時間軸で、これまでにないスピードで『カイゼン』が進む」「もっといいクルマになる」 マシンに不具合が出て修復に時間を要し、それを待つ間もモリゾウさんはずっと笑顔だった。
目標としていたタイムを大幅にクリアした予選
土曜日の早朝、モリゾウさんの姿はオートポリスのイベント広場にあった。出展される各ブースを自らの足で歩き、自らの目で見て、自らの耳で聞く。
TOYOTA GAZOO Racing PARKでは、FCEV車両のMIRAIと同じ仕組みで走るキットカー「FC-PIUS」の子ども向け体験試乗が行われていた。嬉しそうにFC-PIUSに乗り込む「カーガイ・モリゾウ」。
イベント広場を後にしようとすると、FC-PIUSを降りたばかりの男の子が「モリゾウさん、サインください!」と元気よく走ってきた。モリゾウさんはその男の子の顔が見えるように身をかがめ、「名前はなんていうの?」「クルマは好き?」と笑顔で会話をしていた。男の子の色紙には「りゅうたくんへ ありがとう 豊田章男 Morizo」と書かれていた...。
予選前にはメディアに向けた記者会見が行われた。「カーボンニュートラル達成に向けて仲間を増やさなければいけない」「カーボンニュートラルを正しく理解しなければいけない」「カーボンニュートラル達成への道のりを間違えないでほしい」「カーボンニュートラルに取り組むに当たっての敵は炭素」「決して敵は内燃機関ではない」 トヨタ自動車の代表取締役社長として、自工会の会長として、カーガイ・モリゾウとしての想いを伝えた。
会見にはルーキーレーシングの監督とドライバーも参加し、プロの立場から水素エンジンで走ることの意義を伝えた。
午後1時35分、公式予選が始まった。Aドライバーを務めるのは、ここ九州が地元の井口卓人選手(福岡県柳川市出身)。
Bドライバーは佐々木選手。抜群の安定感と速さで2分9秒992のタイムをマーク。
Cドライバー、モリゾウ選手。走行直前まで、先に走行した佐々木選手と、路面状況、ライン、マシンコントロールの最終確認を行う。
マスタードライバー・モリゾウの目。
マシンに乗り込み、サムアップ。コースインに向けて、集中力を高めていく。
2分13秒049、目標としていたタイムは大幅にクリアした。ピットに戻ったモリゾウ選手を、チームメイトがハイタッチで迎える。
その先で迎えた豊田大輔選手。「あとちょっと」そう語る2人の指先が、2分12秒台に入れられなかった悔しさを物語る。決して満足することのない、親子が持つ同じ「センサー」。
水素エンジンカローラがノートラブルで85周を走りきった決勝
決勝日、朝からオートポリスは雨と霧に覆われていた。
ルーキーレーシングのテント内につるされた、てるてる坊主。
ルーキーレーシングのスタッフが、安全にレースができることを願ってつくってくれていた。
雨は止んだ。しかし路面はウエットコンディション。グリッドに向かうルーキーレーシングの2台。
スタート直前、GRスープラのグリッドに集まったルーキーレーシングのメンバー。
オートポリスのメインスタンドにはROOKIE Racing ファンシートが用意され、200人のファンが応援に駆けつけてくれた。
午前11時3分、5時間の耐久レースがスタート。
しかし、スタート直後にサーキット全体を雲が覆い、視界が悪化。わずか2周でセーフティカー導入となった。
一度はレース再開されるも、またすぐにセーフティカー先導となる。12周目、主催者はすぐの天候回復は困難と判断。赤旗が掲示され、レースは一時中断。
およそ1時間の中断時間をはさみ、レースは午後0時45分に再開。再開後、すぐに井口選手は最初の給水素を済ませる。
給水素ステーションではたくさんのファンがその姿を見守っていた。
その給水素ステーションに掲げられていた横断幕。
今回のオートポリスに向けて、水素エンジンカローラにはさまざまなカイゼンが行われていた。エンジンは燃焼を見直しトルクは15%アップ、またアクセルレスポンスも向上した。シャシーは40kgの軽量化、水素充填時間も流量を増やしたことにより40%もの時間を短縮することができた。これが、前戦の富士からわずか2カ月というスピードでカイゼンされた、モータースポーツの時間軸である。
井口→モリゾウ→佐々木→松井、とつないだ水素エンジンカローラの襷(たすき)、最後はふたたびモリゾウ選手が乗り込む。
今回のオートポリス、水素エンジンカローラとしての2戦目のレースは全くのノートラブルだった。決勝で周回した85周のうち、26周をモリゾウ選手が走った。これは4人のドライバーのなかで最も多い周回数となる。マスタードライバーとして、水素エンジンカローラに「カイゼン」という鞭を打った26周、その会話の答え合わせは、次戦鈴鹿で行われる。
28号車のGRスープラも決勝は、蒲生→大輔→ヤマケン→小倉、と襷をつなげ、105周回を重ねた。
土曜日の記者会見で、モリゾウさんから「水素エンジンカローラ、GRスープラともST-Qという特別なクラスでの参戦のため、表彰台のチャンスがない。ぜひともお願いします」と主催者に向けての声を上げた。確かにST-Qはメーカー開発車両クラスで、ルーキーレーシングの2台しか走っていないことからライバルがいないため、順位がつかない。それでも脱炭素社会のために、自動車産業の雇用のために、そしていまこの社会のカーボンニュートラルの在り方や常識とされるもの、またモータースポーツの未来のために戦っているのではないかと思う。
決勝後、ルーキーレーシングのメンバー、関係者全員が集まり、終礼が行われた。モリゾウさんは今回のレースに関わってくれたすべての人に向けて感謝の気持ちを伝えた。大きく手を振る視線の先、パドックビルの2階には大林組の蓮輪社長の姿があった。
水素エネルギー社会を築くために必要なことは、水素を「つくる」「はこぶ」「つかう」といった選択肢を広げること。
前戦の富士では、水素エンジンカローラで参戦することで「つかう」ことの選択肢を広げ、今回のオートポリスでは、大林組の地熱発電、トヨタ自動車九州の太陽光発電といったグリーン水素で「つくる」ことの再生可能エネルギー技術の選択肢を広げ、次回の鈴鹿では川崎重工業と連携し「はこぶ」技術の選択肢を広げる活動をする。
当たり前にある「過去」「現在」「未来」の時間軸。
モリゾウさんが考える「未来」は、我々が考える時間軸の、もっともっと先にあるのだと感じさせられた。