クルマ好きをひきつけてやまないエンジンの音。トヨタの音づくりはいかにして始まったのか。音づくりの変遷をたどる続編。
“いい音”は簡単じゃない
編集部がLCやその源流となるLFAの美しいエンジンサウンドについて、あれやこれや聞いていると、佐野主任がぽろりと「LFAのV10はいわばF1マシンのデチューンでしょう。そりゃあいい音になりますよ」と漏らした。
佐野主任
高回転・高出力に耐える構造を採れば、比較的きれいな次数、つまり、いい音になるというのは事実なんです。
そもそもそういったハイパフォーマンスなものは、回転数の領域が通常僕らで扱っているものとは全然違います。
LFAのエンジンもそうですし、最後のセリカに搭載された2ZZエンジンも、エンジンの各部品の剛性を高くしないとあの回転数で使用することができないのです。
スポーツカーの例とは異なりますが、初代LSのV8エンジンはフルバランスです。そのため素の音がいいから、ある程度ノイズクリーニングすれば静粛で、なおかつ心地よい音が引き立ってくるんです。
やはり素のエンジンがいいほうが、いい音がつくりやすい。そうじゃないとノイズクリーニングにものすごく力を入れなきゃいけなくなって、聴かせたい音まで消えちゃうんですよ…それを言うと困る人がいるんですが(笑)。
そういって佐野主任が、パワートレーン機能・性能開発部 第3機能開発室の峰松孝行主幹をいたずらっぽく見やると、峰松主幹が苦笑いした。
峰松主幹
パワーを出していくと音が増える。燃費を上げるとやはり音が増える。クルマとして欲しいものを追求していくと音が出る理屈になってしまっているので、それらをどう抑えていくのか、非常に苦労しています。
レクサス性能開発部第2パワトレ開発室の浜本嘉明グループ長(GM)と栗山知也主任も、峰松主幹の言葉に大きく頷いた。
浜本GM
燃焼効率を上げるために燃焼速度を早めると、それに伴ってシリンダー内の圧力上昇も速くなり、音の源になる加振力、燃焼衝撃力が大きくなってしまうんです。逆に燃焼速度を遅くすると音は小さくなるけど燃費は悪くなる。
栗山主任
私たちは燃費向上のための仕事をしてきたので悩ましいところですが、音づくりの仕事を一緒にやりだすとやっぱり音も大事だなぁと思うんですよね。
燃費を損なわずに、いかに不快な音を減らしていけばいいのか。一緒にどんどん良くしていけるように頑張っていかなくちゃいけないと思いました。
ノイズと意志の音
2015年、イチロー氏との対談の中で豊田章男社長(当時)はTNGAというクルマづくりの大変革が必要となった背景を説明する冒頭で音について語った。
豊田社長(当時)
すべての音はうち(トヨタ)ではノイズだった。だけど音色っていうものもあるでしょう、と。意志をもってアクセルを踏んでいるときの「ウィーン」という音は自分の意志の音だから、“音色”として分けようじゃないかと。
つまり“意志の音”としてのエンジンサウンドは、“もっといいクルマづくり”のコアのひとつだ。そこで編み出されたひとつのデバイスが、音を強調する「アクティブサウンドコントロール(ASC)」だ。
ASCは車両挙動に合わせて電子音を付加することで必要な音を強調するが、その際にどんな音をどんな状況でどんな風に加えるべきだと判断して開発していくのだろうか。
実際の開発に使用される、エンジン機能や車両挙動を数値化してシミュレートする開発用シミュレータHILS(Hardware-In-the-Loop-Simulation)とMT仕様のGRヤリスのデータを使って解説してもらった。
中山主任
車内音というのは、大枠でいうと「エンジンからの音」「ロードノイズ」「風切り音」ですが、このシステムはASCの音をそれぞれに対して切り分けて付加できるサウンドシミュレータになっています。
もっと細かくいうと、エンジンの音は空気を伝わってくるものとエンジン本体の揺れがいろいろなモノを伝わってくるものに分けられるのですが、実際にはそんなことできないんですけど、もしエンジンを浮かせたら車内音はどれだけ小さくなるのかということもシミュレーションすることもできます。
このシミュレータのASCの音は車載用ECU(Electronic Control Unit電子制御ユニット)を使って出力しているので、ここでシミュレートして設定したものをそのままクルマに差し替えることができます。
ソフトウェア上にエンジンの原音やロードノイズ、風切り音が入っていますので、それらをミキシングしてヘッドフォンから再生するという形です。
まずGRヤリスの原音を聞かせてもらった後、ASCの電子音だけを聞かせてもらうと、電子音という表現からは思いもよらないほどに、はるかに再現性の高い低く太い排気音が聞こえることに驚いた。
そして両方を重ねると、まるで直管マフラーに換えたかのような野太いアイドリング音になり、ソフトウェア上で回転数を上げていくと戦闘力の高い迫力のサウンドが響いた。ヘッドフォンのまま「これでは車検通りませんよ」と笑ってしまったほどだ。
中山主任
エンジン回転数や車速、アクセルペダル踏込量といった信号を使いながらクルマと対話することができる音づくりをしていきます。聞きながら、書き換えながら、もしくは入れている音源を変えながら検討していくという形です。
加減速ひとつとっても、実車ではすごく時間がかかってしまいますので、実車で検討する前にこの環境で検討することで開発スピードを上げる取り組みをしています。
車室内で鳴らすのは、昔はASC専用のスピーカーを搭載してやっていたんですけど、今はオーディオスピーカーと共通化しました。
車両によってスピーカーの位置も違えば、スピーカーから耳への音の飛び方も違いますので、車両ごとにチューニングが必要になります。このチューニングを間違えると、エンジン音のはずなのに「スピーカーから音がしてるな」って気づかれてしまうんです。
鳴るべき場所から音が聞こえてくるように、音像を定位させるチューニングはとても繊細で、そしてASCのキモともいえる大切な仕事だという。
スポーツドライビングの際にはエンジン音は気分を盛り上げるだけでなく、正確な操作のための大切な情報のひとつだから、サーキットでヘルメットをかぶったときには音量を上げて聞き取りやすくできるのもASCのメリットだろう。
そんなGRヤリスの“意志の音”をお届けしよう。ぜひ第1回に掲載したベンチでのG16エンジンそのものの音とも聴き比べていただきたい。