第9回 復元でもレストアでもない「新設計」に挑戦!(前編)

2023.05.16

幻のレーシングカーの復元プロジェクトを追う。第9回では、サスペンションなどの足回り部品をゼロからつくり上げたメンバーの奮闘を紹介。

トヨタ社内で復元された幻のレーシングカーが、富士スピードウェイにオープンした「富士モータースポーツミュージアム」に展示されている。それは誰がどんな想いで、どんな目的で開発した、どんなマシンだったのか。その歴史と意味、そして復元の現場をリポートする特集企画。

9回は、クルマの走る・曲がる・止まるという基本性能を担う「足回り」を担当したメンバーの奮闘をお伝えする。前編では、仕様決定までをレポート。

クルマの基本性能を担う「足回り」

サスペンションとブレーキで構成される足回りは、シャシーとタイヤとをつなぎ、「走る・曲がる・止まる」というクルマの基本性能を担う。

そのため、常に大きな負荷が掛かり、クルマの安全性や走行性能に直結する、クルマで最も重要な部品のひとつだ。

この設計と製作を担当したのが、トヨペット・レーサー復元プロジェクト全体を統括する3人のリーダーのひとりでもある杉本大地と丁楠(てい なん)の2人だった。

杉本はクルマ開発センター 制御電子プラットフォーム開発部 車両電源システム開発室に所属。2010年に入社してからクルマの電源関係一筋で、現在はハイブリッドカーやBEVのバッテリーの電力を交流に変換して、電気製品をクルマで使えるようにするアクセサリーコンセントの開発を担当している。

このプロジェクトに関わったきっかけは、部内での公募に応募したことだったという。

杉本

もともとクルマが好きでトヨタに入社しましたし、新しいことに挑戦したいと思っていたので、プロジェクトの公募を知って手を挙げました。

公募は「熱意を100文字以内に収めた文章で」という形式だったので、100文字ピッタリで熱い想いをぶつけました。

応募するまでトヨペット・レーサーの存在は知らなかったのですが、知れば知るほど興味が湧きましたね。

戦後間もない時代に、豊田喜一郎さんがトヨタという会社だけではなく、日本の自動車産業全体のことまで考えてつくられたクルマであることに感銘を受けました。その復元に携われたことをうれしく、また感慨深く思っています。

丁は2018年に入社した、チームの中ではいちばんの若手エンジニア。クルマ開発センター第2シャシー開発部 シャシー制御基盤強化室で、次世代の車両運動統合制御システムの開発を担当していた。

車両運動統合制御システムとは、ドライバーの思い通りにクルマが動くようにブレーキやステアリング、サスペンションなどをコンピュータで統合制御する重要なシステムだ。

上司から復元プロジェクトの告知があって、参加したいと手を挙げました。

私は車両の制御ソフトの開発を担当していますが、ハードとソフトの両方ができる人材になりたいと思っています。車両の運動を扱う以上、車両部品の構造が分からないといけないと考え、理論や知識を勉強しました。

でも実際に部品に触る機会が少ない。そこでこのプロジェクトに参加して一から部品を設計して「現地現物」で車両運動について理解を深めたいと思ったのです。

図面がなく仕様もベース車両と異なるというまさかの展開

杉本と丁は「足回りの復元」に着手するために、まずは残されていたトヨペット・レーサーに関する図面や写真などの資料を確認した。そこで驚きの事実を初めて知った。

残されていた図面はベース車両となった乗用車、194911月に発売された「トヨペットSD型」やその関連車両のものだけで、トヨペット・レーサー自体の足回りの図面はなかったのだ。

杉本

当初は「図面を頼りに復元すればいい」と思っていたんです。ところがあったのはベース車両のトヨペットSD型の図面と当時の写真だけで諸元もない。

写真を見ていくと、トヨペット・レーサーのサスペンションはベース車両とは違う部分もあり、当時の写真を参考にして、ゼロから設計してつくるしかない。これは大変な仕事だとわかりました。

それに、足回りはフレームなどと同様に車両のベースとなる部分だけに真っ先に完成させなければいけません。そうしなければ他のチームに迷惑が掛かります。

大きな壁の前に立ったようで、当初の楽観が吹き飛んで、気持ちがぐっと引き締まりました。

担当したパーツ

杉本は、2人だけではこのミッションを達成できないと判断。プロジェクトのアドバイザー役で、「おやじ」と呼ばれるベテランたちに相談し、社内から部品の強度や材料に精通した人をスカウトして新たにチームに加わってもらうことにした。

そこでチームに合流したのが、構造解析のプロである田代雄大と、材料のプロである大村真也の2人だった。

田代は2002年にトヨタの関連会社(2015年にトヨタ自動車と合併)に入社。入社から2020年まで一貫してコンピュータを用いたシミュレーション解析によるクルマの衝突安全実験を担当してきた。

田代

衝突安全業務に十数年携わらせていただいたのですが、2020年に「もっとクルマに乗れる仕事がしたい」と一念発起して、車両技術開発部の車両運動系の部署に異動しました。

このプロジェクトに参加すれば、仕事としてクルマに乗れることに加えて、サスペンションや車両の運動について実地で学べると思い、手を挙げました。

それまでトヨペット・レーサーのことは知らなかったのですが、もともとスポーツカーが大好きですし、会社の黎明期からこんなクルマがつくられていたと知って驚きました。

大村は2005年の入社。以来、材料技術の開発を一貫して担当してきた。現在は先進技術開発カンパニーのモビリティ材料技術部で、アルミニウムやマグネシウムなどクルマの軽量化に関わる非鉄金属系材料の開発を行っている。

大村

「復元プロジェクトをやっているけれど材料の選定で困っている。誰か助けてくれないか」という相談がプロジェクトチームから所属部署にあったことがチームに参加したきっかけです。

もともとモータースポーツ、特にF1が好きでしたし、普段の仕事では関わることのできない車両開発にダイレクトに関与できるので手を挙げました。

プロジェクトに参加してチームで仕事を進める中で、「モータースポーツを起点にしたクルマづくり」の考え方が、戦後間もない時代から続いてきたのだということを改めて知って驚きました。

当時の映像を頼りに「サスペンションにかかる力」を推定

足回りの設計に取り掛かる前にメンバーがまず取り組んだのは、トヨペット・レーサーが走行していたときに「サスペンションにどんな力が加わっていたのか」を推定して数値化することだった。

これが分かれば、新たに設計するサスペンションに、どのくらいの強度が必要なのかが判明する。

サスペンションを設計するには、何よりもまずこの強度のデータが必要だ。このデータに基づいて設計しなければ、マシンは安全に走ることができない。クルマの構造解析のプロ、田代を中心にこの強度計算に取り組んだ。

田代

サスペンションに求められる強度を計算するためにまず行ったのが、トヨペット・レーサーが走っている映像を探し出すことでした。この映像を解析すれば、当時のマシンのスピードや、サスペンションに加わる力が分かります。

幸いなことに「NHKアーカイブス」には、当時のニュースとしてトヨペット・レーサーが公道を走る20秒程度の映像が唯一残されていました。ただ、トヨペット・レーサーが出走した船橋オートレース場のオーバルコースを走る映像は見つかりませんでした。

そこでエンジン出力と当時のレース場の航空写真からコーナーへの侵入速度は100km/hくらいだったと推定。さらに当時の二輪のレース映像から、路面の凹凸の程度、そこからサスペンションに加わる入力を推定しました。

計算してみると、思っていた以上に足回りへの負荷が大きく、当時の人々がしっかりしたモノづくりを行っていたことが分かりました。「君たちもこれくらいのモノがつくれるかな?」と、先人たちから挑戦状をもらったような気がしましたね。

クルマの構造解析は、現在ではスーパーコンピュータで特別なソフトウエアを使って行う。だがメンバーはサスペンションの強度計算を、当時のエンジニアたちと同じように、紙とペンによる手計算で行ったというから驚く。

手計算で構造検討を実施

強度のほかにも、当時の乗り心地や見た目の車高を再現すべく、リーフスプリング(板バネ)のバネレート(硬さ)や取り付け位置、材質などさまざまな要素を検討。こうした過程を経てサスペンションの仕様が決定し、その構造や部品の設計・製作に取り掛かる準備が整った。

後編では、設計・製作に取り掛かる前に復元プロジェクトのメンバー全体で議論となった、チームのもうひとつの担当部分であるブレーキの仕様決定の経緯、そしてサスペンションとブレーキの設計から組み付け完成までのメンバーの奮闘をお伝えする。

(文・渋谷康人)

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