仕事を楽しく、面白くするための「創意くふう提案制度」。今回は、QCサークル活動から生まれ、創意くふう提案制度でも評価された、休日出勤を減らすための改善のストーリー。
雨がやんだ。空も明るくなってきた。さあ試験開始!…とはいかないのが、自動ブレーキ開発の現場だ。
トヨタ自動車 東富士研究所(静岡県裾野市)の「第3水平直線路」。ここでは、衝突被害軽減ブレーキ「プリクラッシュセーフティシステム(PCS)」の評価試験がおこなわれている。センサーが障害物を検知し、危険と判断した際に警報や自動ブレーキで運転を支援するシステムだ。
休日出勤を減らしたい!
試験では、車や歩行者を模したターゲットを動かし、それに対して自動ブレーキがきちんと作動するかを確認する。評価する車両には計測機器を搭載し、ハンドル、アクセル、ブレーキを正確に動かす装置も取り付ける。もちろん人も乗る。準備だけでもひと仕事だ。
そして、試験にはもう一つ大事な条件がある。
路面が乾いていること。
濡れた路面を想定した試験だと、水を撒くことで状況をつくれるが、濡れた路面を乾かすのは一苦労。たとえ雨がやんでいても、路面が濡れている間は試験ができない。とくに冬場は日照時間が短く、気温も低いため、なかなか乾かない。4時間以上乾燥を待つ日もあった。
第3水平直線路は、自動ブレーキの「先行開発」「号口開発」「認証試験」の3チームが利用する。各チームが、さまざまなクルマで試験をするため、テストコースはほぼ毎日予約でいっぱい。路面が乾くのを待った結果、延期となれば土日を使うこともあり、2023年の休日出勤は他職場に比べて3倍以上に及んだ。
「少しでも試験できる時間を増やして、休日出勤を減らしたかったんです」
そう話すのは、今回の改善のテーマリーダーを務めたモビリティ安全基盤開発部の水谷友哉。号口開発をおこなうチームに属し、QCサークル「Good For You!」のメンバーだ。彼らが取り組んだのは、雨上がりの路面を早く乾かすための“吸水からくり”だった。
水谷たちがつくったのは、クルマで牽引する巨大なスポンジローラー。
ローラーの幅は約2メートル。第3水平直線路の1車線は一般道を想定した3.5メートルなので、往復すれば1車線分の水を吸い取ることができる。スポンジが吸った水は、ローラー上部にある鉄の棒で絞り出され、後方の貯水タンクに溜まっていく。アルミ製のタンクには約320リットル貯めることができ、満杯になったらコースの端で排水する。
仕組みだけを聞くと、とてもシンプルだ。水を吸って、絞って、溜めて、捨てる。
驚くべきは、この装置がほぼ自作だということ。貯水タンクには、試験装置を収納していたアルミケースなどを活用することで、コスト低減もしっかり図っている。
なぜスポンジだったのか? ヒントは球児たちの聖地にあった
開発のきっかけは、サブアドバイザーを務めた武田和年が、大好きな高校野球の中継を見ていた時だった。雨天のグラウンドを整備するため、水を吸い取る様子が映し出された。
「これ、すごいじゃん! と思ったんです」。
試合が行われず、普通ならチャンネルを変えてもおかしくない時間。だが、そこに改善の種があった。
テーマ選定に苦しんでいた水谷に、武田はテストコースの吸水というアイデアを投げかけた。雨の阪神甲子園球場の風景が、東富士のテストコースとつながった瞬間だった。
もちろん、最初からスポンジ一本に決まったわけではない。ロードヒーター、掃除機、ブロワー、ワイパーのようなもの。さまざまな方法を試した。
実験で一番速く乾いたのは掃除機だった。しかし、試験に必要な距離を乾かすには小さく、大型化するには費用がかかりすぎる。ロードヒーターも現場で自作するにはハードルが高く、危険もともなう。
最後に残ったのが、スポンジだった。
「スポンジなら、自分たちの工夫を盛り込めそうだなと思ったんです」(水谷)
水谷たちは、まずはミニチュア版を制作。計測器の緩衝材に使われていたスポンジを巻き、端材のフレームやビスを組み合わせた。しかし、最初からうまくいったわけではない。改良は、最終的にバージョン7まで進んだ。そこから、水谷は得意とするCADで設計図を描き、ベテランは若手に溶接や工作機器のカン・コツを伝授し、完成品へと駒を進めた。
大きなポイントは、吸った水をどう絞るか。最初は鉄の棒を固定していたが、それではうまく絞れない。棒自体も回るようにし、スポンジとの間隔も調整できるようにした。
さらに難しかったのが、往路から復路へUターンするときだ。幅2メートルのスポンジをそのまま引きずって曲がると、路面との摩擦ですぐに傷んでしまう。
そこで考えたのが、クルマが曲がる力を利用するからくり。牽引車が曲がるときに、牽引車とローラーをつなぐワイヤーが引っ張られ、その力でローラー部分だけが持ち上がる。電動モーターもギアも使わない。クルマが曲がる動きを、スポンジを浮かせる力に変えた。名付けて「旋回リフト機構」。
「電動化はやりたくないよね。からくりを使ってやりたいね、という話はしていました」と武田。
お金をかけずに知恵を使う。まさにQCサークル活動・創意くふうらしい発想だ。
上司の山本安彦も「お金をかけようと思っても、予算が承認されるまでに1〜2年、規模によっては3年かかることもあります。その頃には、やりたかったことが変わっているかもしれない。だからこそ、まずは自分たちの知恵で解決する。そこがQCサークル活動や創意くふうの面白さなんです」と語る。
ただし、周囲の反応は最初から前向きだったわけではない。
「無理じゃね?」
「(QCサークルの)発表までに間に合わないんじゃない?」
そんな空気が漂っていた。
サークルリーダーの高谷宏司も、当初は「無謀なテーマだ」と感じていた。
高谷
自然が相手なので、人が改善しても負けることが多いのかなと思っていました。予算がない中で、自分たちの技術だけでどれだけ効果が出るのか。出来上がっても、結局使われないものになるんじゃないかと思っていました。
だが、完成品が走り出すと印象は一変した。
「大量の水がタンクに流れていくのを見て、『うわ、できてる』って。予想を遥かに超えていました」(高谷)
水谷にとっても、一番うれしかったのはその瞬間だった。
「みんなの疑念を吹き飛ばして、『ほら、できたでしょ』と言い返せたときが一番嬉しかったです(笑)」
開発は2023年10月に始まり、24年3月末から運用を開始した。現在は月1~2回ほど出動している。
最も使用しているのは号口開発チームだが、認証試験や先行開発チームからも「使わせてほしい」という声が上がるようになったという。とくに、認証試験は認証官を招いておこなう一発勝負の試験。予定通りに進められるかどうかは、その後の開発スケジュールにも大きく影響する。
「一番感謝してくれているのは、認証試験のチームですね」(水谷)
効果は、数字にも表れている。路面の乾燥待ち時間は、冬場だと約4時間かかっていたところが約2時間に半減。夏場でも1~1.5時間ほどに短縮し、年間の工数は約91時間も低減した。そして何より、休日出勤が減った。
水谷は、この装置が完成した頃、現在の奥さまと付き合い始めた時期だったという。
「一緒に出かけられる時間が増えました。旅行に行く時間が取れたり、一緒に過ごす時間が増えたのは良かったです」
雨を止めることはできない。でも、雨上がりの待ち時間は減らせる。
甲子園球場で見た吸水作業をヒントに、端材を集め、ミニチュアをつくり、何度も改良を重ねた。そうして生まれた2メートルのスポンジローラーは、テストコースの水を吸い取り、開発の時間を生み出し、みんなの休日まで取り戻した。
水谷にとって、改善とは「積み重ね」だという。
「改善で使った技能が、また次の改善のためになる。他の人の創意くふうを見ることも、自分のアイデアの引き出しになります。そうやって積み重なっていくことで、より良い改善ができるのかなと思います」