前編ではトヨタ関係者の発言を中心に取り上げたが、後編ではご参加頂いた各社トップの皆様のご発言を紹介。
通称「タテシナ会議」―。この言葉は、今年の7月17-18日に長野県茅野市の蓼科山聖光寺で開かれた夏季大祭の場で誕生した。聖光寺は交通安全祈願のためにトヨタ自動車とトヨタ販売店が発願して1970年に建立した奈良薬師寺別院。毎年この日に夏季大祭を開いており、今回で49回目を迎えた。豊田章男社長らトヨタ役員のほか、トヨタのグループ会社や販売店などのトップ、地元の参列者らが御霊を供養し、交通安全を祈願するのだが、今年はそこにSUBARU(スバル)やスズキ、マツダなどの自動車業界各社のトップの姿があった。今年の夏季大祭はいつもと様相が異なる。タテシナ会議とは、果たしてどのようなものなのか。その現場をのぞいた。
前編では、トヨタ関係者の発言を中心に取り上げたが、後編では、豊田社長の無茶振りから、会議の様相が大きく展開していくところを紹介したい。
競争と協調
豊田社長がこう切り出した。
スバルの中村知美社長が発言する。
うちの社内では、安心安全というのはブランドの根っこの部分です。社内に「走りを磨くと安全になる」という言葉が昔からあって、今も受け継いでおります。そこと自動運転の接点をどうするのかというのが非常に議論になっていたのですが、今日は頭の中が大分スッキリしました。
スズキの鈴木俊宏社長が続いた。
「スズキの車は、どの車種に乗り換えても同じ運転ができるよね、同じ反応だよね」と安心して運転して頂けるというところをしっかり詰めていかないといけない。そのようなこと一つとっても、安全につながると考えております。
茅野市出身で過去の夏季大祭に参列したことがあるマツダの小飼雅道会長はこう答えた。
その後も豊田社長からのパスを受ける形で、次々と各社トップが答えていく。
ダイハツ工業の三井正則会長
日野自動車の下義生社長
私たちは、これからも先進技術を可能な限り標準化して、コストを下げて、安全なクルマに取り組んでまいります。それからもう一つ。私たちの業界では、安全技術は協調すべきだと考えております。トヨタグループで開発された技術も可能な限り協調して、他のメーカーさんとも一緒やっていきたいと思っております。
安全への想いは小さな行動から生まれる
豊田社長がさらに突っ込んでいく。
自動車メーカーは普段は競争していますが、安全という願いは同じだと思います。ギルさんたちが取り組んでいるガーディアンシステムが、「協調していこうよ」と思われる多くの会社に広がることを希望しますし、普及すること、広がっていくことこそが、一日も早く安全なモビリティ社会を作ることになると思います。今日は、ギルさんのために営業活動をさせていただきました(笑)。
その営業活動をいたしますと、一番メリットを得るのがアイシンやデンソーといったB to Bの会社です。私たちB to Cの会社は市場が価格を決めますから、先進技術開発でコストが積み上がれば、マージンを削ってでもお客様に適正な価格でお売りします。それでもトヨタの価格はまだ少し高いらしいですけど(笑)。ここからは、どんどんどんどん原価を積み上げて、マージンを乗せてOEM(完成車メーカー)に売るというビジネスモデルをやっておられるデンソーさんにも意見をお伺いしてみたいと思います(笑)。
― 一同笑い ―
デンソーの有馬浩二社長
少し余談になりますが、昨日の大雨で昔のことを思い出したんです。運動会の前夜に雨が降ったとき、翌朝、子供たちがみんなでスポンジを持ってグランドの水取りをしたんですね。その時に「やったな。これでできるな」という感じがして、みんなが本当に明るい笑顔になった瞬間を思い出したんです。交通事故についても同じじゃないかなと。「交通事故を減らすぞ。ゼロを目指して頑張るぞ」という想いが小さな行動から生まれてくるような気がしています。そうしたことを昨日の聖光寺の大雨の中で考えさせられました。技術もやりますが、そういった心の部分も何かやらないといけないのではないかと思いました。技術と心を一つにして持ち帰って、明日、デンソーとしてどうするのか議論したいと思います。何とか、みなさんに貢献できるように頑張りたいと思いますので温かくお願いいたします。
タイヤに込めた安全への想い
豊田社長のパス回しは続く。
ブリヂストンの津谷正明CEO兼会長
住友ゴム工業の池田育嗣会長
ひとつお願いがあります。タイヤの空気圧をチェックすると、空気圧の低いお客さまはお年寄りが多いんです。お年寄りの乗られることが多い軽自動車や一般の車に自動運転システムを早く取り入れてあげたいと思います。コストの関係で「高級車から」というのも分かるのですが、軽自動車や一般の車の安全のレベルをあげるようスピードアップをお願いいたします。
タテシナ会議を皮切りに業界を超えた取り組みを
続いて、トヨタ自動車販売店協会の横田衛理事長(群馬トヨタ自動車社長)が感想を述べた。
(世界経済フォーラムの年次総会)「ダボス会議」で環境に対しての議論がスタートいたしました。今日は「タテシナ会議」ということで交通安全に対して、業界の垣根を超えて取り組んでいけたら嬉しいと思いました。ぜひ普及できるように、良品を適正な価格で、早く、お客様にご提供できるよう、よろしくお願いいたします。
タイムマシーンを提供したい
会議が終わりに近づいてきた。ギル・プラットCEOがこう述べた。
例えば、電話ですが、押しやすいように大きなボタンを配置した電話がありますね。高齢者はそれを渡されると、本当に歳をとったと思ってしまいます。なぜなら、普通の電話を使えず、大きなボタンの電話が必要になってしまったと感じるからです。私たちのチャレンジはガーディアンテクノロジーで高齢者を若くなった気持ちにさせることです。それはできると思いますし、とても魅力的なことだと思います。Fun to Drive、 Love Carと安全運転を一緒に実現することですから。
日本の社会のユニークなところは助け合いの精神だと思います。それは世界的に見てもとても珍しいものです。私が日本を好きなのは、みんなが本当に周囲に心を配っているところです。車の安全も同じ考え方です。日本がもつこの特性は大きなアドバンテージになると思います。
安全は皆で一緒につくるもの
最後に、豊田社長が締めくくった。
警察庁の資料によると、国内の交通事故の死者数は聖光寺が建立された1970年がピークで1万6765人。1959年から死者数は年間1万人を超え、「交通戦争」と呼ばれる時期があった。その後、交通安全へのさまざまな取り組みにより、2018年には統計開始以降で最少の3532人まで減少しているが、いまだに尊い命が失われている。
聖光寺建立の次の年から住職を務める松久保秀胤住職は「祈りだけで、そんなこと(死者数が減少すること)が実現するのか」と提起。その上で、クリスチャンであるギル・プラットCEOの「祈りというのは、自分の誓ったことを改めて確認すること」という発言を引用し、「宗教が違っても安全のために何をすべきかということを、ちゃんとプラットさんは分かっている」と説いた。
今年の夏季大祭は17日に約400人、18日に約450人が参列した。17日19時に始まった萬燈供養会の際には大雨が降り、お経の声がさえぎられる場面もあった。聖光寺の関係者によると、ここまで大降りになるのは49回目で初めてという。
すべての式が終わり、豊田社長はこう語った。
聖光寺は来年50周年を迎える。その1年前に、豊田社長の呼び掛けに応える形で始まった「タテシナ会議」。
トヨタだけではなく、多くの仲間と一緒に踏み出した一歩。 これによって、来年の50周年の意味合いが大きく変わることになる。 それは決して小さな一歩ではないと思った。
【蓼科山聖光寺】
1970年に長野県茅野市で建立。奈良県にある薬師寺の別院。当時のトヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)の神谷正太郎社長が発願した。建立発願の心は、「交通者すべての安全を願う」「交通遭難物故者の慰霊を願う」「交通負傷者の早期回復を願う」。建立された1970年は国内の交通事故死者数が1万6765人でピークだった。毎年7月17日と18日に夏季大祭を開いている。