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寺師副社長インタビュー(5完) トヨタが描く"マイナス"エミッションの未来

2019.03.27

【5回連載】池田直渡氏(モータージャーナリスト)×寺師茂樹(最終回)。「マイナスエミッション」という発想。

3月16日、17日、「THE PAGE」にてモータージャーナリストの池田直渡氏による「寺師副社長インタビュー記事」が掲載された。トヨタイムズでは、「THE PAGE」、池田氏の了解のもと、同内容を5日間に渡り連載する。

トヨタ自動車が月面探査プロジェクトに乗り出す。その挑戦は、地上でのクルマ技術を月でも実現する「リアルとバーチャルの融合」だと、豊田章男社長の言葉を借りながら語るのは、副社長の寺師茂樹氏だ。電気自動車(EV)対応が遅れていると揶揄されることの多い同社だが、世界的な潮流である電動化という次世代戦略を、トヨタの技術トップはどう考えているのか。モータージャーナリストの池田直渡氏が余すところなく聞いた。全5回連載の最終回。

トヨタ「MIRAI」の生産工程
トヨタ「MIRAI」の生産工程

「次は●●の時代。××の時代は終わった」と言うようなことをトヨタは言わない。トヨタは理想を押し付けない。クルマを選ぶのはユーザーだ。売れるものを決めるのは作り手ではなく、買い手だということをこれほど理解しているメーカーはないだろう。

実際、これが最適だとただメーカー側が吹聴しても普及はしない。それをトヨタは「エコは普及してこそ」と言う。ユーザーに選ばれるであろうエコカーを時間軸で予測しながら、エリアの事情も踏まえて多様に用意する。たとえ内燃機関(エンジン)の時代がほぼ終わりかける頃になっても、それでないと走れない場所はきっと地球上に存在する。中央値から見て進んでいる地域にも遅れている地域にも通用する商品を用意する。それがトヨタの戦略だ。

そして、まだまだ普及の中央に収まるには時間がかかるであろうMIRAIを主軸とするFCV(燃料電池車)について、トヨタは面白いことを言い出した。FCVは大気の汚れを浄化するのだそうだ。

MIRAIっていうのは空気清浄機です

工場を出る前のMIRAI
世界初の量産FCVとしてデビューしたMIRAIだが、トヨタは今新たに「マイナスエミッション」の訴求を始めた
寺師

ええ。クルマで貢献したいということと、やはり環境(対応車)は普及して初めてお役に立てると。その中で、自分たちがまだちゃんと説明していなかったっていうこともあるんですけど、FCVは空気をきれいにするっていうのをご存じですか。

池田

なるほど。ちょっと教えてください。

寺師

FCVはスタック(発電心臓部)で化学反応を起こして発電するために、空気中の酸素を取り込んでいますよね。で、残ったものを吐き出していますと。その結果、水素と酸素が化合して水が出ますって言っているんですけど、実はMIRAIは、吸い込んだ空気をそのまま使うわけにはいかないんで、フィルターを通して空気をきれいにしてから酸素を取っています。つまりPM2.5はフィルターで濾過(ろか)されるので、吸い込んだときと吐き出すときでは全然レベルが違うんですよ。パーセンテージについてはフィルターの新しさによっていろいろ違うんですけど、どうですかね。8割とか9割ぐらいのいわゆる清浄効果があります。

見方を変えると、MIRAIっていうのは空気清浄機で、大気中のPM2.5をきれいにして出しているんですよ。だから、これからもっとこのフィルター機能を鍛えていくと窒素酸化物とか硫黄酸化物、これも浄化して吐き出すことも技術的にはできるんです。これ実は、次のMIRAIではぜひそこまでやろうと思っています。

ゼロエミッションっていうのは、最近CO2ばかりに目が行きがちなんですけど、大気汚染についても無視できません。今世界中の自動車メーカーが一生懸命、内燃機関の技術開発をして、汚染物質と温室効果ガスをどんどん少なくしているんですけど、内燃機関そのものはそう簡単に廃絶できません。そういう地域は多いのです。MIRAIはその汚染物質をきれいにすることができるんですよね。

池田

自動車の普及がどんどん進んでいるような国ではだいたい大気汚染が問題になっているわけじゃないですか。PM2.5だったり窒素酸化物だったり。中国もしかり、インドもしかり。そういうところで、もしそういう機能が使えるようになると、帳消しにはできないでしょうけれど面白いかもしれませんね。そういう国々ではFCVは価格的になかなか難しいでしょうけど。

寺師

空気全部をきれいにできるかっていうと、それはさすがにクルマですからあれなんですけど、少なくとも部分的にはきれいにしていきます。ガソリンを代表とするコンベンショナル(伝統的)なエンジンはまだしばらく残りますので、これらは排気ガスをできるだけきれいにする、それに加えてMIRAIが一緒に走ると、ちょっとだけ空気を清浄してくれる。ゼロエミッションから“マイナスエミッション”というふうにも水素のクルマは考えられるんですよね。

やっぱり、どうしてもコスト的にガソリンのクルマが欲しいっていう人が、お客さんがいる。通常そこは規制をかけて環境性能を高くしてもらうけれども、仕組み上ゼロにはならない。じゃあMIRAIでもっとそれをきれいにしようっていう、吐き出すのがエミッションで、吐き出さないことがゼロエミッションだったら、吸い込むのはマイナスエミッションですよね。

池田

マイナスエミッションですか。

寺師

ええ。だから次に出す第2世代からは、そこまで含めた「マイナス・エミッション・カー」に僕はしたいなっていうことで、今開発しているんですよ。その言葉が適切なのかどうかよく分からないんですけど、もっともっと環境を良くするために多くの人たちで知恵を出せば、まだまだアイデアは出てくるよねっていうことだと思うんですよね。

寺師副社長
「MIRAIは空気清浄機になる」と語る寺師副社長(撮影:志和浩司)
池田

トヨタのそういう仲間づくりを見ていると、パソコンOSのWindowsを思い起こします。サードパーティーを引き込んでオープンにして、いろんなアプリケーションを勝手に作ってくれってオープン化したことで、いろんな発展をしたように、電動化のフルラインナップを用意して、それが最先端のFCVであろうとも、これをバンとオープンにすることでいろんな人がその使い方を考えるっていうことなんですよね。

寺師

ええ。もうすでに、サードパーティーが、例えばバスの屋根の上にタンクとセルを2台分載っけてFCVバスに改造しています。いわゆる制御も含めて。そういう前例があると、ほかのバス会社がFCをやりたいって言ったら、たぶん普通に載っけられる。少し一緒にやらせてもらえれば、バスは割と簡単です。今回やった大型トラックのカリフォルニアでの実証も、1回やれば次は割と簡単ですし。

池田

ラダーフレーム(トラックなどに多く用いられるハシゴ型フレーム)のほうが楽ですよね。モノコック(外皮に強度を持たせる構造方式で乗用車に広く用いられる)と違ってスペースがいくらでもありますから。

寺師

もうここに置いてくださいっていうスペースがありますからね。長期的にもやっぱりトラック、バスは重要です。走行距離が圧倒的に多いんです、乗用車と比べると。そうすると水素の使用量がどんどん増えて、そうなってきたら徐々にスタンドの数も増えていくと。

池田

スペース自由度が高いってことは、ある程度汎用のシステムをつくったら、それをいろんなトラックメーカーに提供して、各社がFCVのトラックのバリエーションをつくっていかれることになりますもんね。

寺師

ええ。そういうフィッティングは、他メーカーの新車ベースの話もあるんですけれども、国だとか市だとか地域だとか、そういうところが運用中の車両を使ってやりたいという声もあるんです。自分たちもこういう町づくりしたいっていうのが、これからどんどん出てくると思うんですよね。エネルギープランはその中でも重要です。そういうときに、じゃあトヨタが全部お手伝いして回れるかっていうと無理です。その地域地域、例えばその国だとかのやっぱりエンジニアリング会社と一緒になって、ノウハウも含めてお使いいただくと。いろんなお話をいただくと結構うれしくて、うちのエンジニアは真面目なもんですから全部対応しようとするんですけど、最後に問題になるのはそんな時間、誰が持っているんだみたいな話になって、いつもそこのとこで尻すぼみになってしまうんで。

売る側の立場になると、仕入れ先さんがトヨタに対してどう思ってるかよく分かります

仲間づくりの重要さを訴える寺師副社長
仲間づくりの重要さを訴えた寺師副社長は「売る側の立場になると仕入れ先がトヨタに対してどう思っているかよく分かる」とも語った(撮影:志和浩司)
池田

だからいろんなジョイントの中でいろんな人がそれを代行できる形にすると。

寺師

システムといっても、トヨタは部品を「B to B」で売ったことがないので、苦手なんですよね。売る側の立場になってみると、仕入れ先さんがトヨタに対してどう思っているかっていうのがよく分かりますよ。「こいつらまたわがまま言っとるな」っていうのが鏡に映った自分たちの姿なんですよね。だから僕はシステムサプライヤーになるっていうのも、トヨタ自動車が今度は「B to C」から「B to B」のビジネスを経験するということで、やっぱり仕入れ先さんの困りごととかそういうことも自分で認識するチャンスだと。

池田

トヨタの強靱化につながるわけですね。

寺師

なんだかんだっていっても、仕入れ先さんから持ち上げられて、勘違いして、全部自分たちがやってるんだって思っている人がたくさんいると思うんですよね。そうではないんですよね。やっぱり一緒にやっていただいてるところの技術で、僕たちは助かっているっていうのが、B to Bの部品販売を僕らは「他社販」って呼んでいるんですけど、他社販をやってみると、いかにわがままなメーカーが多いかがよく分かります(笑)。

これからどんどん重要度が増して行くのですが、アライアンスは難しいですよね。仲間を増やすために契約、MOU(了解覚書)を結んでやっていくんですけど、どんどん増やしていこうとすると、パートナー同士の了解がなかなか取れないとか、一番いいのはコンソーシアムみたいにして、もう来たい人は皆さん来てくださいよっていうのが一番やりやすいんですけど、トヨタがそれをやると、まだ信頼がないので「あいつら絶対なんか企んでやがる」みたいな感じでしょうね。

池田

インタビューを終えて、正直トヨタの意識の高さと準備の周到さに圧倒された。トヨタはいつからこういう会社になったのだろうと思った。ホンの10年ちょっと前までトヨタはもっと傍若無人だった。こんな会社ではなかったと思う。最新の決算でも2兆4000億円と言う国家予算級の利益を上げているにも関わらず、おそらくは世界の自動車メーカーの中で最も強い危機意識を持ち続けている。それは本当に不思議なことだ。変な言い方だがこれで調子に乗らないというのもむしろ人間味に欠けているのではないかとすら思う。

不思議だと言いつつ、実は筆者はその理由を大体知っている。ただそれだけで本当にここまで変わるものかと腹落ちしないだけだ。2010年に北米の大規模リコールで公聴会が開かれた時、トヨタは何をどう説明しても全く信じてもらえないと言う恐怖を味わった。そして日本の多くの人は知らないが、あの時、一歩間違えばトヨタは潰れていた。日頃から社会に貢献し、良き企業市民である姿勢を見せておかねばならない理由を、多分あの時トヨタは思い知ったのだ。だからトヨタは必死に、「生きるか死ぬか」という思いで変わろうとしているのだと思う。

何よりも一人で全部できるわけではないという思想をあらゆる面から感じる。「世界のトヨタだ」と大見得を切っても、人が動いてくれなければ結果は出ない。お客様、仲間づくり、チームジャパン。そういう言葉はあの北米の公聴会が起点になっているのだと筆者は思っている。

そういう意味ではスズキ自動車の鈴木修会長の嗅覚はさすがでしたよね。あのタイミングでポンと飛んでくるっていうのは。びっくりしましたよ。

インタビューを終えて

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