今年に入り「次の世代」の発言が増えた豊田。継承すべき「トヨタらしさ」と理想の後継者など、自身の経営哲学を語った。
社長の豊田章男と中日新聞のインタビュー。前編では、豊田がコロナ禍で実感したトヨタの変化や新たな気づきを取り上げた。後編は6月30日に発表した新しい役員体制に込めた想いや、理想の後継者像など、豊田の経営哲学を紹介する。
「役割」重視の新体制
前編で紹介したこのやり取りから後編はスタートしたい。
――新型コロナウイルスに関わる支援活動を通じて、社員の行動の変化に気付いた
東日本大震災のときは、(社内に対して)大事にしなきゃいけない順番は「一に安全、二に地域の復興、生産の復旧は三番目」と何度も繰り返し言ってきました。今は何も言わなくても、現場のみんなが動いています。それがこの十数年の変化だと思います。
もともとトヨタはそうだったんですよ。現地現物で一番モノに近い、お客様に近い、市場に近い人に発言権があるべきだというのが私にはあるんです。それがいつの間にか、企画部門や肩書きをつけた人の意見を聞くようになっていると感じていました。
上の人には「肩書き」を「役割」として使ってほしいんです。担当者にも、上の人にも「役割」がある。ただ、上の人には「役割」に加えて「肩書き」があるじゃないですか。その「肩書き」を何に使うかですよ。
ここで挙げた「肩書き」と「役割」という言葉が、実はこの日のキーワードだった。次にこの単語を使ったのは、役員体制に話題が移ったとき。機能を超え、社長とともに会社全体を見据えて経営を進めるメンバーを「執行役員」と再定義し、海外のトップである地域CEOやカンパニー・プレジデント、各部門の本部長らは「幹部職」に一本化した。
豊田が社長になった2009年の役員の数は、取締役29名、常務役員50名の合計79名。それを2年後の2011年には、取締役11名、専務役員と常務役員が49名の合計60名とした。その後も「適材適所」の考えに基づき改革を進め、今回の体制変更により、取締役9名、その他の役員が5名の合計14名となった。
――執行役員を大幅に減らした役員体制変更の狙いは?
いろいろ悩んでやってきています。何か決断をしてやり出さないと、課題や問題は出てきません。世の中が変わっている以上、未来永劫変わらない組織というものはないと思うんです。今回の人事変更は「肩書き」より「役割」を重視した変更と思っていただきたいですし、私の想いはそこです。
とかく「肩書き」と言うと、結果として屋上屋になったり、「肩書き」で上の人の意見が通ったりするじゃないですか。だけどトヨタが大切にしているのは、もっと現場にあり、モノに近い、お客様に近いところで、「事件」が起こっているわけです。それを上の立場の人たちが、「肩書き」ではなくて、「役割」をもって対処する。
象を例にすると、トヨタは以前から機能が強かったので、副社長レベルの肩書きを持ったとしても、象の足や鼻を見ていました。
象を動かしていたのが「七人の侍」だった気がします。しかし、そこに肩書きがあると、それだけを見てしまう。私と一緒に象を動かす人は、肩書きを取っ払ってやろうという考えでやったのが、副社長廃止でした。(もともと副社長だった)彼らは主担当みたいなものは置いてありますが、象を動かしている私の相談相手です。それを「経営層」と呼ぶのではないかなと。
経営層というのは、人がやったことであっても、責任を取る立場のことであり、経営というのは、何でもかんでも自分でやることじゃなくて、その場を提供して、プロデュースしてあげること。それから、仕事をしている意味や意義を持たせることです。
トヨタはずっと現場を大切にするわけだから、より現場の近くで自信をもって「足しか見ていません。でも足に関しては誰にも負けません」という層もいないと。経営層と専門家、その2つの役割をより明確にしたのが今回のトライです。
今までは、処遇するために「肩書き」を持たなければいけなかったのが大企業の弱かったところだと思います。これからは、この幹部職の人たちが、適材適所で「役割」に応じて処遇を受けていく。そういう形になったわけだから、チャンスと見てほしいですね。
トヨタは「エンジニアリング会社」ですから、ほとんどの人が専門職であるべき。専門職が報われずに、肩書きを付けた人たちだけが偉そうなのはどうなのかと思います。肩書きが一番上の私が言うのはおかしいかもしれませんけど、それも「トヨタらしさ」を取り戻す一つの手じゃないかと思います。
番頭・おやじは鏡
話題は執行役員の小林耕士についた「番頭」、同じく執行役員の河合満についた「おやじ」という役割にも及んだ。
――「番頭」「おやじ」といった新しい役割ができた
私も社長を11年やってきて、64歳です。そうなると、私に意見する人もだんだん減ってきます。(こちらが)「聞くよ」と言ったところで、年も上、肩書きも上、経験も上。
ところが、私がちょっと気になる2人が社長の(下の肩書きの)副社長じゃだめでしょう。肩書きの世界ではランク付けがあるじゃないですか。まず、ランク付けを取っ払うことが必要ではないかと。それが「番頭」と「おやじ」。
「おやじ」なんて言ったら、どう見ても息子より(立場も)、歳も、経験も上。自然な感覚で物を言える関係を大事にする気持ちの表れですね。
小林は71歳、河合は72歳。年齢が上であるだけでなく、小林は豊田と30年以上ともに歩んできた若き日の元上司。河合は50年以上、モノづくり・現場一筋で豊田が大切にするトヨタの現場を誰より知り尽くしている。そんな2人に与えた役割が「番頭」と「おやじ」だった。
ただ、自分で言うのは非常に恥ずかしいですが、「番頭」と「おやじ」にも社長を選ぶ権利があると思います。そして、「番頭」と「おやじ」は自分(社長)の鏡です。2人には失礼かもしれないですけど、自分がこうだからそういう人がついてきてくれている。
誰彼構わず「番頭」と「おやじ」をつくればいいということではありません。一方的じゃなく、双方向の関係です。何の説明もなくみんながわかってくれると、ちょっとおもしろい大企業になるのではないかと思いますね。
「嘘がつくれる」数字の怖さ
――コロナ危機でも2021年3月期の営業利益は5000億円の黒字を見込む
それは37万人の従業員とその家族の努力ですよ。私自身は、歴史上、創業期を除いて、初めて税金を納められなかった社長なんです。トヨタのトップには、代々必ず伝達されることがあります。「一番の社会貢献は、雇用をつくり、利益を出して、税金を納めることだぞ」ということです。それができなかった悔しさがありました。
当時、V字回復的な手法もあったと思います。でもV字回復をしても、また(落ち込むときが)くるのではないかと思いました。でも、当時の社内では共感者が少なかったと思います。そのときもずっと我慢の連続でしたが、その間努力してきたみんなに感謝しています。こういうことが起こらなければ、こんな体質になっているかどうか分からなかったと思います。
それと、なぜ数字を言わないか。それは「数字は目標として簡単だから」。そうすると、数字をつくり出す。私はあくまで「やってきた結果が、数字に出る」「数字は嘘つかない」という考え方ですが、数字だけを追うと、「嘘をつくれる」という怖さがあると思います。なので、トップが数字だけ引っ張ると、間違えた方に行くのではないか。
ただ、メディアからは「数字を言わない社長」と散々けなされましたけど、それにもめげずにやってきた結果が、今税金を納められる会社として続いているということだと思います。
豊田は社長就任以来、具体的な「数値目標」を語ってこなかった。その代わり、社内外に一貫して訴えてきたのが「もっといいクルマをつくろうよ」だった。社長就任から約3年の2012年4月、「もっといいクルマづくり」について豊田はこのように語っている。
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私は、「台数」や「収益」の拡大を否定しているわけではありません。営業担当は販売台数やシェアを伸ばすことに必死になり、経理担当は収益の確保・拡大を目指せば良いと思っております。ただ、私が、「台数」や「収益」といった数字で会社を引っ張ると、技術や生産技術、工場などの、本来、もっといいクルマをつくることに必死になるべき人たちまで、数字にしばられるようになってしまいます。それだけは、あってはならないことだと思います。
社長の引き際
今年に入って、豊田の発言に「次の世代」を意識したものが増えた。
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「トヨタらしさ」を取り戻すことは、過去に時間を使うことだと思います。過去に時間を使うのは、私で最後にしたい。次の世代には、未来に時間を使わせてあげたい。
春の労使協議会の回答で口にしたこの言葉を、5月の決算説明会でも繰り返している。そして、次の世代が前だけを向いて進めるように、「自分の代で『トヨタらしさ』を取り戻す」「未来に向けた種まきだけはしておきたい」と社長としての決意を語っている。株主総会でも株主からの質問に対して、次世代へのたすき渡しの想いを口にしていた。
――最近、後継者について話すようになった
社長というのは自分で任期を決めるものじゃないと思います。私自身、ある程度行動できますし、アイデアがある。だから「相談にいらっしゃいよ」と言っている。今までの知識だけで、決裁という工程だけに関わっているわけじゃなくて、「こういうアイデアがおもしろいんじゃない?」と提案しています。そのアイデアがあんまり出なくなったときは、ちょっと考えもんですね。
でも、すぐにはこないと思います。「このアイデアは良かったな」とか、(自分では思いつかなかった)アイデアを見て悔しいと思うか。悔しいと思わない自分に気付いたときは、引き際だと思います。
豊田の理想の後継者
質問は理想の後継者像にも及んだ。これまでも、後継者について聞かれることはあり、昨年の株主総会では、次のように述べている。
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豊田という姓があろうがなかろうが、誰が社長になったとしても、大切なことは、創業の原点を見失わず、未来の笑顔につながることを、年齢を刻むかのごとく積み重ねていくということだと思っています。私は、創業の原点を次の世代に伝えていくということにおいては、ここにいる全員、全社員が、継承者であると思っております。
そして今回、豊田はさらに踏み込んで具体的な人物像を挙げた。
――理想の後継者像は?
それは、自分では考えつかなかったことを進言してきても、「なるほど」と思う人です。
こちらもいろいろ考えてやってきたものだから、「これは変えてほしくない」ということもあるかもしれない。でも、それは私の傲慢さ。ただ、「創業のときに苦労しながら築いてきた『トヨタらしさ』は変えるな」と言いたい。
私も創業ファミリーの出かもしれないが、一人の継承者。その時々の悩み抜いた一つの決断をしているだけの話で、環境が変われば変わるんですよ。
私が考えたアイデアと全然反対の方向に行ったとしても、「なるほど。自分ではできなかったな」と思えるアイデアを出せる人が私の後継者になったら、すべてのステークホルダーに対して絶対ハッピーだと思います。
私は今(すぐに)でも(後継者にたすきを)渡したいですよ。結果として11年なっているだけの話で、1年目のリコール問題で公聴会に出席したとき「(社長としては)終わったな」と思ったわけですから。
今はいろいろとアイデアを出していますが、「これは考えなかったな」っていうものが、出てくるようになったら…。かっこいい言い方をすれば、「私を抜かなきゃダメ」なんですよ。大変なんだけど、我々が預かるステークホルダーのことを考えたら。
「自分はできる」と思ってこのポジションに就きたいとか、うらやましいと思っている人には絶対に譲りたくないし、引き継いでもらいたくない。できれば「私ですか? 社長、最後に決断を間違えましたね」と言う人がいい。
それで「負け嫌い」の気持ちだけは持っていてほしい。自分に負けてたまるかと。でも、負け続けることもある。それでも、負けてたまるかという気持ちを、折れさせない人が良いと思います。