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豊田章男が私財を投じて導く未来【後編】

2020.07.30

豊田章男が個人の資産で資本参加する会社とは!?後編では豊田章男その会社の社員に語った想いに迫る。

1.TRI-AD社員に向けた豊田章男のスピーチ

7月28日、トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント株式会社(通称TRI-AD)の会社組織再編がアナウンスされた。(自動運転の開発やWoven Cityの実現を担うこの会社の内容については前編に記載

ニュースリリースが出る数時間前、TRI-ADでは従業員向けの説明会が開かれた。そこには豊田社長も出席し、この会社に対する想いを自らの言葉で伝えている。

豊田章男は“親会社の社長”ではあるが、TRI-ADでの役職はない。なのに、なぜ?わざわざ出席したのか?そして、何を語ったのか?

後編では、未来に向けて“とてつもなく強い覚悟”を語った豊田社長の発言を解説していきたい。
まずは、約7分間のスピーチを見ていただきたい。

<豊田社長スピーチ(抜粋)>

You are the ones… who will give the world a better future.
みんなは“もっといい未来をつくる力”を持っています

Through all that you imagine, invent and create,
you will be the ones to help others… live their lives… to the fullest.
みんなが、研究し創り出しているものは、この惑星に住む全ての人の幸せに繋がっていきます

It’s why we have created this group of companies we call the Woven Planet.
だから、新しい会社をWoven Planetと名付けました

My great grandfather invented the automatic loom
私のひいおじいちゃんは自動織機を発明しました

because he wanted to do something to help his mother and to help others.
苦しむ母親を助けたいというのが彼の原動力でした

He wanted to make the process of weaving fabric easier.
もっと簡単に織れるようにして人々を助けたかったのです

And he and the company he founded became very successful.
そうして立ち上げた豊田自動織機はとてもうまくいきました

When his son, my grandfather, Kiichiro became a young man…
その息子が豊田喜一郎です

he too, wanted to make an impact on society…
喜一郎も「誰かのために」という想いを強く持っていました

but he wasn’t content just to keep making better looms.
彼の発想はもっと大きかった…

Like any ambitious young man, he wanted to do something completely different…
織機に留まらず、彼はもっと先の未来を見ていました

he wanted to build cars.
“クルマ”をつくろうとしたのです

To him… automobiles were the future…
彼にとって自動車は“未来そのもの”でした

they were a way to make people’s lives dramatically better.
自動車は当時の生活を飛躍的に便利にするものです

But when he started what we now know as Toyota…
しかし、喜一郎が自分たちの手で車を作ろうとすると

people thought he would never succeed.
「絶対に成功しないだろう」と皆から止められました

And I can tell you, people have thought the same thing about me
でも、実は、今、僕がやろうとしていることも…

more than once!
それと同じだと思っています

Back then, Kiichiro had to beg the banks for the money…
当時の車づくりはとてもお金がかかるものでした

and he invested everything he had personally into Toyota.
喜一郎はそこに自分の私財を投じていたのです

He faced many challenges and difficulties along the way.
彼は幾多の困難を乗り越えてクルマを完成させました

As did Toyota.
しかし、会社はすぐには好転しませんでした…

And unfortunately, my grandfather never got to see his vision fully realized…
残念ながら彼はその後の好転したトヨタを見ることなく、この世を去ります

But if he were here today, I think he would be pleased with what Toyota became…
もし、今、彼がこの世に甦ったら…社会の役に立っているトヨタを見て

and with what Toyota has been able to contribute to society.
ようやく“ホッとした顔”をしてくれるんじゃないかと思います

But I also think he would be asking what more can we do?
しかし、すぐさま、まじめな顔をして「我々はもっとできる!」とも言ったでしょう…

I think the opportunity to reinvent the way people live, work and play from the ground up…
人々の生活がガラッと変わろうとしている“この世”を見て

would have made him very excited to say the least.
絶対に興奮しながら、そう言うはずです

It would have appealed to the entrepreneur in him as it certainly does to me.
喜一郎のそんな起業家精神に私自身、心を大きく動かされ

And so, I too, am personally investing a significant amount of my own money in this company…
私も新しい会社に豊田章男個人として大きな投資することを決めました

because that’s how much I believe in what we’re doing here…
この会社がやろうとしていることが

and what we can accomplish together.
人々の未来の役に立っていくと信じているからです

I want the values we honor at Toyota…
トヨタが大切にしてきた

Integrity ,respect and compassion for others, to live at the heart of this new company.
誠実さ…人を尊重する心…人を思いやる心…これらを、この新しい会社でも大切にしていってほしいと思います

But I also want us to find our own path our own way of making a difference.
一方で、大切にしてきたものに新しい考えを織り込んでいくことも必要です

In fact, I no longer want to think of ourselves as a mass producer of cars…
実際、台数だけを追い求めた過去は間違いだったと思っています

but a mass producer of happiness.
私たちが量産したいのは「幸せ」なんです

Ladies and gentlemen! All of you here today stand among the best and the brightest.
みなさん!ここから見ているとみんなは最高に輝いて見えます

I believe we can do great things. I believe we can change the world.
みんなとならば、きっと世界を変えていけると思います

You will be the ones to make my dream a reality.
みんなと一緒に私が描いた夢を実現していきたい

And I for one can’t wait.
みんなと一緒にやるのが私の夢への一番の近道だと思っています!

2.豊田章男という個人が新会社に投資する意味

みんなを驚かせたのはスピーチ中盤にあった「And so, I too, am personally investing a significant amount of my own money in this company(私も新しい会社に豊田章男個人として大きな投資することを決めました)」のフレーズであった。

そもそもTRI-ADはトヨタ自動車の出資でできた会社である。しかし、今回それとは別に豊田章男は個人として投資をしたという。それも“a significant amount of my own money(かなりの額の私財)”であると語っていた。

スピーチの後にはQAセッションが行われた。そこで最初に手をあげた社員は、素直にその驚きを語り、ズバリそのことを聞いている。

TRI-AD社員の質問】

多分、私だけじゃなく、みんなが今日の発表に驚いています。
中でも一番の驚きは豊田章男が個人で我々の会社に投資すると言ったことです。
トヨタ自動車としてではなく“豊田章男として投資をする”ということに、どんな意味があるのでしょうか?

【豊田社長の回答】

その理由は「新しい未来に対しては答えがないから」 です

会社には組織があって、それぞれが論理的に「これだけ投資したら、これだけリターンがある」と議論して回っていきます。ですが「答えのない世界」には、そんな論理的なメカニズムだけでは進んでいけません。

私自身、11年間、トヨタの社長をやってきましたが、ずっと大組織との闘いでした。大組織というのは「過去の成功体験を、いかに論理的に組み付けるか」ということをします。

ところが私個人は「こんな世界があったら、より多くの人々の笑顔がもらえるんじゃないか」という考えで動きます。

トヨタは自動織機から自動車へという会社自体のモデルチェンジを経験したことがあります。
今もモデルチェンジが必要な時です。そんな時に、私は“会社の社長”というよりも「こんな世界があったら面白いよね、笑顔になれるよね」という“私個人”の意思を入れ込めるようにしたいと思い、“個人の出資”という手段を選びました。

喜一郎から数えて自分は3代目になります。日本の税制下では、初代が築いた資産は3代目にはほとんど残りません。

喜一郎は佐吉から継承したものをモデルチェンジしてトヨタ自動車をつくりました。トヨタ自動車を継承した3代目として、今、トヨタという会社にバリューがあるからといって、それだけに頼って自分の今を楽しんでいていいのか?と思いました。

自分のファミリーの資産をも未来に向けて投資しなおす、そして資産をモデルチェンジしていくことで、自分自身のコミットメントを示していこうと思いました。

おじいさん、父親が、時代に合わせて、この企業群をモデルチェンジしてきてくれたことに対して、やはり自分にも、それを継承していく役割があるんだろうと思います。それには、やはり、 トヨタの社長という肩書きだけでは、そのコミットメントを示せない…と、私は思っています。

アメリカで1500万頭の馬が自動車に置き換わっていった時代、豊田喜一郎は、先代が築いたビジネスを自動車屋にモデルチェンジしようとした。当時、喜一郎は「絶対に成功しない」と指差されながらも、私財をも投じて、共感してくれた少数の仲間たちと、それをやり遂げた。

100年に一度の変革期と言われる今、自動車は、その価値自体が大きく変わろうとしている。そんな時代の中で“創業家の継承者”である豊田社長は、トヨタ自動車を、このカタチのままで未来に渡してはいけないと考えている。

今の時代に合わせた“トヨタのモデルチェンジ”をやり遂げるため、創業ファミリーとして引き継いだ個人資産をも投じて、自ら大きなリスクを背負った。その強い覚悟を示しながら、自分自身の信じる「こんな世界があったら、より多くの人々の笑顔がもらえるんじゃないか」という道に、トヨタ全体をリードしようとしている。

今回“Reスタート”を切るWoven3社は、巨大な親会社であるトヨタ自動車を巻き込みながら“トヨタのモデルチェンジ”を推進する存在になっていく。だからこそ、豊田社長は、株主というステークホルダーの一人としてWoven社に参画したということである。そして、一緒に歩んでくれるだろう仲間たちに、その強い覚悟を、誰よりも先に伝えに行った。

3.個人として投資をするもうひとつの理由

個人投資の理由についての回答には続きがあった。

日本には、以前、資本家という存在がいました。ところが、いま、ほとんどの大企業の株主構成はどうなっているでしょうか。

昔の資本家は想いをもって自身のお金を投じ、なにかしらの使命を持った新しい企業を興していました。しかし、多くの企業において、今は、創業時の資本家の存在感はなくなってきています。結果、“資本家が創業に込めた想い”は薄れ、企業としての“人格”や“志”のようなものが、どんどん見えなくなってきているように、私は思います。

“答えのない世界”にチャレンジするためには、そうした個人の意思が必要なんじゃないかなと思っています。

TRI-ADにはシリコンバレーから転職してきた人も少なくない。CEOのジェームス・カフナーもGoogleからトヨタに転職してきた一人だ。そんなシリコンバレーでは“資本家”は当たり前の存在かもしれない。

しかし、今の日本には、そう呼べる存在が少なくなってきている。それにより“志を持った事業”が育っていかない…というのが、豊田社長が日本に対して憂いていることでもあった。
そこに一石を投じたいという想いも、今回の豊田章男の決断につながっている。

QAセッションでは、社員からも「自分達も個人的にこの会社に出資できるのか?」という質問が飛び出してきた。自分達もオーナーシップを持って、豊田章男と一緒になって未来を作っていきたいという気持ちの表れであった。

4.Woven Planetの10年後

社内説明会後、豊田社長はあるインタビューに応じ、「この会社の10年後」について聞かれ、こう答えている。

10年後…、確かなことは、自分が74歳になっているということだけ。
それ以外のことは何もわからない。ただ、今やっていることによって“10年後の景色”は変わっていく。
歳は積み重ねていくが、決断・行動によって未来は変わっていく。
多くの方々に幸せを量産できる会社として頑張るので、温かく、素直に、やさしく、正直に応援してほしい。

5.編集後記 「キーワードは持続的」

豊田章男の判断や行動には“持続的”というキーワードがあるように思う。

東日本大震災の時、豊田章男のとった行動は「東北に工場をつくる」ことだった。その工場を中心に“ものづくり”が根付き、雇用や納税が生まれ、一過性で終わらない持続的な復興支援となっている。

今回、豊田が取った行動にも同じ想いがあるように思える。

コロナ禍の中「そんなお金があるなら寄付すればいいのでは?」という声もあるかもしれない。しかし、豊田は、一過性の寄付という選択はせず、“未来への投資”に自分の財産を投じた。

「今の決断によって10年後の景色は変わっていく」と豊田は言っている。10年後か、何十年後になるかわからないが、今みたいに“みんなが困った”状況になった時「あの時、あの“お金の使い方”をしてよかった…」と思える日が来ると豊田は信じているのだと思う。

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