第11回 災害時のレスキュー活動にもいち早く対応「設備保全の匠」(後編)

2022.09.29

自動車業界を匠の技で支える「職人特集」。第11回は、クルマの生産現場に欠かせない大型原動力設備の補修を自らの手で行う「設備保全の匠」に話を聞く

3DプリンターやAIをはじめとするテクノロジーの進化に注目が集まる現代。だが、クルマづくりの現場では今もなお多数の「手仕事」が生かされている。

トヨタイムズでは、自動車業界を匠の技能で支える「職人」にスポットライトを当て、日本の「モノづくり」の真髄に迫る「日本のクルマづくりを支える職人たち」を特集する。

今回はトヨタの生産インフラを支える「設備保全の匠」である彦田浩俊(ひこた ひろとし)の後編をお送りする。

11回 トヨタの生産インフラを支える「設備保全の匠」 彦田浩俊

トヨタ自動車 プラント・環境技術部 原動力センター 原動力支援課 課長

災害対応というミッション

2006年に現場を監督する役職のGL(グループリーダー)に昇格した3年後に彦田は、高岡、明知、下山の3工場の原動力を担当する第2動力課に異動し、初めて生産現場での原動力設備の運転と保全を担当。さらに2012年には工場の生産現場を束ねるCL(チーフリーダー)に昇格して衣浦や堤、三好工場の原動力を担当する第3、第4動力課に異動。2019年、課長として原動力支援課に戻った。

彦田には現在、原動力支援課の課長として11の工場やオフィスビルの原動力設備を管理保全するという業務に加えて、もうひとつの重要な業務がある。

それが大地震などの重大な災害が起きた際に、できるだけ早くクルマの生産が再開できるように「災害対応」の体制とスキルを整えておくこと。さらに、災害が起きた際にレスキュー活動を行う体制とスキルを整えておくことだ。

彦田

トヨタ社内には、東海地方で大地震が起きた場合「7日後には、工場への電力供給を復活させる」「1カ月後には、工場の生産を再開する」という明確な目標があります。

この目標を実現するために、原動力支援課には4台の電源車や電源車に燃料を供給するためのタンクローリー車や、17メートル、ビルの3、4階の高さで作業が行える高所作業車、発電機などの装備があります。災害が起きたときのために平時の備えが一番大切で、実践的な訓練を定期的に行っています。

原動力支援課が所有する高所作業車。最大高さ17メートルまで届く

彦田と原動力支援課のメンバーは、実際に4台ある電源車の1台を使って、災害時に電力を供給する作業を実演してくれた。スタッフはテキパキと手際良く、安全規定に基づいて電源車に格納されていた電源ケーブルを丁寧に伸ばして配電盤に接続。ここから電力を供給できる体制を目の前で整えてくれた。

彦田

電源車1台で400キロワット、3台で1200キロワットの電力を供給することができます。このディーゼルエンジンの高圧発電機(6600V)を搭載した電源車なら、出力によって時間は変動しますが、燃料200リットルで約2時間、ガスタービンエンジンの電源車なら約1時間、電力を供給することができます。

最新の電源車。このクルマを含め4台の電源車が常時スタンバイしている

スタッフは完璧なチームワークで作業を進めていく。すべての安全確認を終えて電源車のディーゼルエンジンを起動する。力強いエンジン音とともには発電機が作動した。

彦田

訓練を漠然とした形でやっても、技能やスキルは身に付きません。実践的でなければ意味がありませんし、どんな目的で、何を達成するためにやっているのかをはっきりと自覚して行わなければ。

そこで、この災害対応もそうですが、仕事の訓練のやり方を変えました。何年かおきにメニューを変えて第1から第5動力課を含め訓練を行っています。

世間では、有事の際は、「警察・消防・自衛隊」とよく言いますが、社内では「総務・安健・PE(プラント・環境技術部)」と必要とされる組織でありたいと考えます。

見事なチームワークで送電準備がスムースに完了。送電可能な状態が整った


社外への災害レスキュー活動も

さらに彦田の原動力支援課は「原動力レスキュー隊」として、火災や地震などの災害時に救援を求める関連企業のリクエストに応えて、電源車など復旧用の機材を携えて支援する活動を1990年代から積極的に行っている。

東日本大震災では東北地方の関連企業に電源車を派遣して電力供給を行い、熊本地震では仕入先の企業で、電気設備の良否判断や電源供給の準備作業を行った。

2016年4月に起きた熊本地震では、被災した仕入れ先企業への支援活動として、電気設備の良否判断や電源供給の準備作業を行った

彦田

原動力レスキュー隊の支援活動には、原動力支援課のメンバーに加えて第1から第5動力課までのメンバーも一緒になって行います。日頃、培ってきた技能が“誰かの為に”貢献できる事は大変幸せだと思います。

ただ、支援期間は1週間がひとつの目安だと彦田は言う。レスキュー支援活動は、はじめが肝心だが、長期に渡るとメンバーの士気が下がり作業効率も下がり、安全面のリスクが伴うからだ。

実は取材したこの日は東北新幹線が脱線するなど福島県沖地震で東北地方が災害に見舞われた翌日の2022年3月17日、彦田たち原動力支援課と各動力課から選抜されたメンバーは、まさに支援活動に向かうところだった。

彦田

先発隊として向かい、現地の状況を見て必要な機材、人財の準備を整え、その情報に基づいて本隊として向かいます。

資材や機器の収納コンテナ。要請された救援レスキューの内容に応じてコンテナを選択し、現地に運ぶ

リーダーが務まる「自立型人財」の育成

彦田にはもうひとつ、この部署の未来を担う人財育成という大きな仕事がある。

設備保全の考え方やシステムが従来の、「壊れたら直す=ブレイクダウン・メンテナンス」、「壊れないように、期間を決めて設備を止め、予防的に部品の交換や整備を行う=タイムベース・メンテナンス」から、「センサーなどを使って設備の状態を常時監視。その状況をデータに基づいて判断。先回りしてできるだけ設備を止めずに整備し、どうしても止めて整備する必要があるときだけ、できるだけ短時間で効率よく修理する=コンディションベース・メンテナンス(状態監視保全)」へと進化する時代をリードし対応してきたこと。

従来なら外部のメーカーや設備業者に依頼していた大型の原動力設備の補修・修理を、自らが先頭になって技能資格や国家資格を取得して、社内で自らの手で行う(内製化する)体制を確立したこと。

どちらも彦田が中心になって実現した画期的なことだ。原動力設備の部署でこうした体制を整えている企業は日本国内でも少ない。
原動力支援課のメンバーとともに。彦田を筆頭に総勢100名にも及ぶ大所帯だ

この設備保全の体制を維持し、さらに発展させるために最も大切なのが、彦田のように自ら情報を収集し、その情報に基づいて冷静沈着に情報を分析、自ら課題を発見し、周囲のメンバーと適切なコミュニケーションを取りながら、目的と手段を間違えずにスピード感を持って仕事をする「自立型人財」だ。

「将来の目標ですか? 人事異動もありますから、いつまでこの部署にいられるか分かりませんから、何とも言えませんね」と語る彦田。だがこの自立型人財の育成こそ、彦田が今、いちばん力を入れて取り組んでいることだ。

彦田

どんな仕事でもそうですが、最終的には組織は人財だと思うんです。先見性があって、判断力や決断力があって、人間力というのでしょうか、部下からの信頼もある。責任感があって、しかも必要なときにはリスクを恐れずに新しいことに挑戦する。この部署の未来を担う、現場のリーダーになれるそんな人財を育てなければと考えています。

人財育成はまず「何をどうすればいいのか」をゼロから教えるティーチングから始まる。

だが自立型の人財を育てるためには、教える相手の経験値が上がるにつれて、教育の方法は「自ら考え、判断し、行動する」ことを促すコーチングをメインに変えていかなければならない。

そのためには相手と信頼関係を築き、相手を承認し、必要に応じて決定権を与え、自発的に行動する経験を積んでもらうしかない。

原動力支援課の未来を担う人財の育成に取り組んでいる

彦田

以前は、設備ごとに担当者を決めて修理や整備を行う体制をとっていましたが、今はどんな設備にもひとりで対応できる、高度な専門技能と幅広い対応力を兼ね備えた人財が育つよう、垣根を設けない体制に変えました。

「継続は力なり、言い訳は進歩の敵」、一人ひとりが成長すべく努力を続けることができる環境にしようと心がけています。

さまざまな専門技能と技能資格、国家資格を身につけ、最新の状態監視保全に基づいて、大型原動力機器の補修、修理を社内で行える。自らの意志を継ぐ、自立型の人財を育てるために、彦田の取り組みは続く。

(文・渋谷 康人、写真・張 宇麒)

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